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うそでもいいから



分岐2その後


「好きって言って」
「……ん、ん?」
「だって俺、弁当に好きって言ってもらったこと、ないし」
 だから、嘘でもいいし冗談でもいいし違う話の一環でもいいから、好きって言ってほしい。温かいココアの入ったマグカップ両手で持ったまま、困った顔して固まってしまった弁当の手の辺りを見ながら、ぼそぼそとそう告げる。顔は上げられなかった、何となく心象悪くて。
 実はちゃんと、俺だって知ってるんだ。ただ恥ずかしいから言いたくないわけじゃなくて、好きじゃないわけでもなくて、ただ弁当は俺を縛るのが嫌なだけで、だから好きだって言わないんだ。全部俺のためだなんて見てりゃ分かる、俺はあんまり頭良くないけど、それでもそれくらい察する。だって、言葉にして伝えたが最後、それは酷く重たい鎖になるから。たった一言の、好きだって言葉の重みの差は、俺と弁当の間で大きすぎる。弁当は、もし自分から俺に好きだって伝えたとして、そのせいで有馬はるかのこれからを自分に縛り付けることになるんじゃないかって思ってて、しかもそれが怖いんだ。俺がいつか弁当から離れて行くだろうってことを信じて疑わないから、俺の居場所を自分の隣に作ることは恐怖であって、同時に自分に対する嫌悪の塊でもあって、それをしないことこそが俺に向ける優しさであって、愛情であって、弁当が無意識に行う唯一の、逃避だ。
 弁当はきっといつまでも、俺のことを信じてくれない。俺が同情で、もしくは気の迷いで、今の関係を築いてるんだって思ってる。弁当のことを好きだって思う俺の気持ちを、何かの間違いに違いないって、そう決めつけてる。一度思い込むとなかなか曲げないんだ、そういう変なとこ頑固なんだよな、それは悪いことじゃないし、信じてもらえないのは俺に何かが足りないからだし、責めるつもりはない。でも、さあ。
「なんかさあ」
「うん」
「別にね、分かってんだよ。お前俺のこと好きじゃん、そんなん知ってんの」
「……うん」
「それでも俺馬鹿だから、分かんないし。ちゃんと聞きたい、お前の言葉で教えてほしくて」
「……………」
「不安にならないわけじゃ、ないし」
 冗談でいい、笑いながらでいい。真面目な話にしてくれなくても構わない、なんならお前が言った直後に俺馬鹿やるから、それで笑ってよ。こないだなんて俺、冬限定の抹茶のチョコ見ながらお前がこれ好きだなあとか言ったから、チョコに嫉妬しちゃったんだよ。俺に好きって言ってくれないなら他に向かって好きって言わないでよ、頭で分かってても聞きたくなっちゃうんだよ、俺だってお前のこと困らせたいわけじゃないんだよ。
 言葉が出なくて黙り込む俺に向けられる弁当の視線が分かって、それが痛くて、だんだん顔が俯いていく。ああ、言わなきゃ良かったな、こんなこと。なんだって考え無しに何でもかんでも口に出しちゃうんだかな、ほんと馬鹿だよな。ちゃんと分かってるなら、俺が我慢すりゃいい話じゃないか。
「ごめ、っ」
「あの」
「あ」
「さ、あのさ、俺、その」
 ごめんな、さっきの話無かったことにしよう、と言いかけた俺の言葉を遮って口を開いた弁当に、ほっぺたを挟まれて顔を上げる。潰れてタコみたいになってる、力強すぎ。一生懸命になり過ぎだ、加減考えろ、この馬鹿野郎。あのさ、その、ともごもご言ってる弁当にむぐむぐ声にならない声を上げる、顔縦長になる、潰れちゃったらどうすんだ。
「んぶぶ」
「あの、俺、有馬、その、す、あ、えっと」
「む、むぐ、んぐっ」
「やっ、やっぱ言えな、無理、でもその、そういう気持ちは、あの」
「っぶはあ!苦しいわ!こら!」
「うわ、あっ、ごめん」
 待ってみてもどうしようもなさそうだったので、申し訳ないが弁当を突き飛ばして力づくで解放してもらった。しかしそれが功を奏して逆に冷静になったのか、まだおろおろしてはいるものの、纏まらない言葉を吐くことは無くなったようで。
 別にそんな無理させたいわけじゃないし、そのせいで変な距離が開く方が嫌だし、そもそも俺があんなことを言わなければお互い見ないふりで楽しく過ごせてたわけだし。やっぱりなんでもないよ、と弁当に告げようとして顔を上げれば、大真面目な表情を浮かべた弁当が床に片手を付いて、あのね、とか言いながら話を始めようとしていた。いやいや、なんだよその妙なポーズ。
「ここが最初、なんか、布団とか、そういうの」
「……はあ」
「それで、ここがゲームとか、この辺になんか甘い物全般が」
「は、え?なに、えっ?」
 徐々に床から上がっていく手に、なにそれ、なんなのそれ、と聞いたものの弁当は答えてくれなかった。自分で考えろってことか、なんだろう。布団、ゲーム、甘い物全般って、なんの統一性があるんだ。
 ここがお団子、この辺がハーゲンダッツ、そのもうちょっと上が本とか、と少しずつ手が上がっていって、ようやく分かってきた。これ、弁当の好きなものか。食い物率高いな、ていうか甘い物全般入った後に和菓子やらアイスやら、被っちゃってるじゃんか。一つ一つ重ねて、顔の前辺りまで来た手が、もう一段上がった。
「ここがうちの犬」
「実家の?」
「そう。写真見せたっけ」
「うん。その上は?」
「ここんとこに、伏見とか、小野寺とか、みんな」
「犬と一緒かよ」
「……家族だし」
「はいはい」
 あ、れ。そういえばさ、ねえ、俺は。名前呼ばれてないんだけど、もう目の上まで来てるのに、言っちゃ悪いけど数少ない友達も出てるのに、俺いないよね。
 衝撃的な事実に気付いて、終わりましたと言わんばかりに手を下ろそうとした弁当の手を掴んで止める。俺のポジションしっかりさせとこ、じゃないと今日帰れない。
「俺は」
「えっ」
「有馬くんはどこにいますか」
「……え、っと」
「いないの、もしかしてその枠の中に俺いなかったりすんの」
「そういうわけじゃ、ないんだけど」
「じゃあどこにいるの」
「……どこっていうか」
言えないとは言ってほしくない。小声でもいいよ、とかなんとかしつこく言い寄る俺は傍から見たらきっとすごく格好悪いけど、だって不安なんだから、聞きたいんだから、仕方ないじゃないか。いつも優しくて、自分のことより俺のことで、俺に好き勝手やらせてくれて、繋ぎたいはずの手を後ろで組んだまま、ただ笑って俺のこと見てる弁当が、やっとこっちに来ようとしてくれて。恐怖から逃げるのをやめて、自分が傷つくのも厭わずに、一歩ずつ。だったら俺はそれを受け止めたくて、俺はいなくなったりしないからねって伝えてあげたくて、それが俺の役目だと思うから。
「ねえ」
「ち、近っ、もうちょっと離れても、いいんじゃないのっ」
「離れたら言わないもん、お前。こしょこしょ話でもいいから教えて」
「う、え……」
「……頼むから」
 お願いだから、俺が嫉妬で死にそうになる前に、今の内に教えてよ。弁当の肩に額押し付けて、なんだかもう泣きそうだ。服の裾掴んでた指先に、温かい弁当の指が絡んで、ぼそぼそと恥ずかしげに潜められた声。
「……っみ、え、っと、あの」
「み?みみずくらい?」
「ちが、そんなんじゃなくて」
「うん」
「み、……見えなく、なっちゃう、から」
「……は」
「見えないくらい、その、上の、あの、あのさあ、俺」
 しんじゃう、と告げられた声はほんとに死にそうにか細くて、額を上げて目を向ければ、耳から火が出そうなくらい真っ赤だった。ああ、こりゃ死んじゃうわ、恥ずかしくて。だって、他は手で表せる範囲内なのに、俺だけ見えなくなっちゃうんだもんな。俺だけ特別に、天井も雲も大気圏も突き抜けて、星の彼方まで飛んでっちゃうんだ。
 絡めている指も熱くて、さっきから妙に温かかったのはマグカップを持っていたからかと思っていたけどこのせいだったのか、とようやく思い至る。一気に脱力してしまって、空いている手で顔を隠した弁当にもたれかかるように、ずるずると体勢を崩す。なんだろう、なんというか、言葉にし辛いんだけど、分かりやすく一言で言うならば。
「あー……べんと、おいこら、聞けよ」
「う、はい」
「俺やっぱりお前のこと好きだわ」
「……ありがとう、ございます?」
「だからお前、俺のことこんなにした責任取れよ」
「んぐっ、げほっ、なに言って、はあ?」
「うっせえ、俺のこと好きなんだろ、幸せにしてやるから幸せにしろ」
「えっ、え、なにそれ……」
「俺ロフト付きの家がいい」
「……ロフトあんまり便利じゃないらしいよ」
「えー、じゃあ却下で」
「はあ」
「はあじゃねえよ、好きになるぞ」
「なんの脅しだよ」
「いいのか、もっと好きになったら取り返しつかないぞ。嘘だとか言わせねえから」
「嘘だなんて、俺」
「うっせ!観念しろ、いちゃいちゃしてやる!」
 もう諦めて好きって言え、馬鹿。

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