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おはなし



「卵」
「はいこれ」
「牛乳」
「はいこっち」
「砂糖」
「二種類買ってきたけど」
「……これだけでいいんだけど」
「えっ」
「固まんねえじゃん、これじゃ」
「弁当だって間違えることくらいあるよ、次頑張ってこ」
「間違ってないから、いらないから、この辺全部いらないから」
 ゼラチンはまだ分かる。小麦粉と蜂蜜もぎりぎりで分かる。使うと思ったんだろう、まあ確かにもお菓子作りの材料ですって感じの見た目っていうか、お菓子作る時の定番ではあるし。この辺、と指していた指先をそのまま横にスライドさせる。
 コーヒー牛乳、抹茶の粉末、果物の缶詰、クッキー、マシュマロ、ガムシロップ、お酢、香辛調味料、生ハム。ずらっと並べられたそれらを見て、どういうことだと顔を上げれば、買い物に行った本人である伏見が首を傾げていた。
「いらないの?」
「いらないな」
「美味しいのに?」
「伏見家のプリンにはハム入ってんの?」
「んなわけないじゃん」
 これは俺が食うの、と生ハムを横に分けた伏見に、これもどう考えても使わねえだろ、とお酢と香辛調味料を渡した有馬が怒られていたので、後ろからそっと背中を引っ張って援護しておいた。お前が正しいよ、と言うことは出来ずに内心で推すと、弁当もそっちにつきやがったなんて不平の言葉が聞こえてきた。実を言えば他のものもみんないらないんだけど、ゼラチンがあるからゼリーでも適当に作れば消費は出来るだろう。
 いつの間にかリビングを出てがちゃがちゃとゲームを出している小野寺の方へ、余計なことしかしない料理下手を追いやる。するとぎゃんぎゃんと文句を言っていたけれど、プリンの材料に塩胡椒とハーブが混ざったみたいな妙な調味料を買ってくるような奴を台所に置いておきたくはないのは当然のことだと思う。
 そもそも何故こんなことになったのかと言えば、いつも通りに伏見の我儘が原因なのだ。昨日、金曜日の昼休みを思い返しながらそう思う。
「……どうしたの、これ」
「伏見?お姉さんになんか食われたんだって」
「プリン!すげえ高いの!俺の!一口も食ってなかったのに!」
「そうなんだ」
 机に突っ伏して珍しく落ち込んでいる様子から、数少ない好物だったのだろう。だんだんと音を立てて机を叩き悔しがる伏見に、うっかり言ってしまった俺にも責任は一部ある。安っちいので良ければ買ってきてやろうか、なんて声を掛けている小野寺が理不尽に殴られているのを見て、つい口をついて出てしまった。
「プリンぐらいなら作れるけど」
「……作れる……?」
「え?うん」
「すげえ、お前ほんと器用な」
「作って」
「は?」
「作って、プリン、俺に作って」
「え、いや、そんな高級品と比べられても」
「出来たてが食べたい、味が濃いやつ、茶色いの入ってるの」
「だから、あの」
「いいなあ、俺も食いたい」
「えっ……」
「え?でもプリン俺も好きだし」
 勝手にその気になって目が据わっている伏見と、全くブレーキにならない小野寺に乗せられるままに、半ば無理やり約束を取り付けられ。どこで聞きつけたか、俺になんで言わないのみんなして秘密で楽しいことすんの酷い、とわあわあ一通り騒いだ有馬が、俺が誘うより早く来ることになってて。じゃあせめて材料くらいは買ってこい、と伏見に言ったのが間違いだったか、いらないものが多すぎる。材料を教えなかった俺が悪かったのか、でも教えようとしたら突っぱねられたから俺のせいではないのか。そんくらい分かるって、俺のことをあんまり舐めるんじゃないよ、とか自信満々で抜かしやがったからな、この料理下手。
「……どうすんだよこれ」
「ハムは今食うから寄越して」
「お酢とこれ、なんか色々混ざったやつ、なんで買ってきたの」
「使うと思ったんだってば、弁当が買うもん教えてくんないから」
「分かるから大丈夫っつったの伏見じゃん……」
「俺も手伝う、かなたに教えてやろっと」
 腕捲りして台所に入ってきた有馬に場所を開ければ、それはちょっと不公平なんじゃありませんかね、そういうことしていいんですかね、と伏見が妙な敬語で騒ぎ立ててきて、非常にうるさい。今日はやけにしつこいな、と思ったが、普段あれだけ馬鹿にしてる奴は許されて自分が放り出されたことがプライドを傷付けたのだろう、めんどくさい奴め。
 ゲーム片手に、俺も手伝った方が良かった?と問い掛けてきた小野寺に待っててもらって構わないと伝えれば、俺を睨んだ伏見が勢いよく生ハムの包装を開けながら声を荒げた。
「みんなで仲良く作ったらいいんじゃないですか、俺はどうせ使えねえですから」
「どうすんだあれ、拗ねたぞ」
「でもちゃんと自分が使えないことは分かってるみたいだから」
「伏見は料理出来なくても誰かしらに寄生できるから良いだろ」
「とっとと作んなよ!失敗しやがったら油性で顔に落書きするから!」
「めんどくせえ拗ね方」
「慣れると可愛いもんだよ」
「素直に入れてなんて言えないんだ」
「女の子だったら可愛いかもしれないけど、あいつじゃ駄目だな」
「幼稚園くらいにああいう子いるよね」
「入れてって言えないでじーっと見てんだよな」
「うるっさい!」
 もそもそと行儀悪く手掴みで肉食ってる伏見に、じゃあ手伝ってやるから試しにやってみるかと聞けば、一人だって出来ますからと突っぱねられてしまった。そこへ有馬が、じゃあ俺も一人で作ってみたい、なんて余計なことを言いやがって。ああもう、嫌な予感しかしない、面倒事は勘弁してくれ、うちの台所をどうしてくれるつもりだ。
「え?自分でやっていいの?」
「やってとらい?」
「待って、おい、待て、ちょっと」
「どうせなら調べんの禁止にしようぜ」
「出来るかなあ」
「そんな難しくもないんじゃねえの」
「俺抹茶プリン食いたいから抹茶買ってきたんだった、抹茶のやつ作る」
「えっ、じゃあ俺コーヒーのプリン食いたいなあ。コーヒー牛乳使っていい?」
「当たり前だろ、そのために買ってきたんだよ」
「嘘吐け伏見この野郎」
「わか、ちょ、全部作るから、俺がやるから全員あっち行ってて」
「え?いいよ、自分の食いたいやつは自分で作るよ」
「どうすんの?」
「牛乳とお酢って混ぜると固まるじゃん。緩かったらゼラチン入れたら?」
「それ合ってんの?酸っぱくなんねえ?」
「馬鹿だなあ小野寺、何のために砂糖があるんだよ」
「そっか」
「違う!それ違う!」
「弁当が卵と牛乳と砂糖で出来るっつったんだからそれで出来るんだろ」
「固まる要素が一つもないじゃん、それ」
「んー、いや、それは……」
「蒸して冷やすと固まるのっ、俺やる、からっ、出てけよっ」
「蒸して冷やすんだって、良いこと聞いたね」
「ゼラチンは冷やして使うんだって聞いたことあるよ、俺」
「引っ、込め、ってばあ……!」
 珍しく有馬が俺側に立って諫めてくれようとしたものの、流石に乗り気になった伏見と小野寺二人を押しとどめることは出来なかった。ぐいぐいと押して物理的に台所から追い出そうとしたけれど、まあ当然の如く無駄だった。壁のように全く動かない小野寺から伏見に標的を変えてみたところ、手を叩き落とされにっこりと笑われて、動きを止める。もう諦めろって、と有馬に肩を叩かれ、そのままテレビ側へずるずる引っ張られた。
「じゃあまず俺が作ってみるわ、卵と牛乳と、お酢?あと何がいんの?」
「やめろ!俺がやるっつってんだろ、伏見台所に入んな!」
「弁当の答え合わせは最後な」
「もう諦めろよ、片付けまで責任持ってもらえば大丈夫だって」
「そういう問題じゃないっ」
「うん、そうだな」
 何となく分かる、と頷いた有馬に慰められながら、台所に背中を向ける。せめて目を逸らしていたい、直視したくない。小野寺が出しっぱなしにしていたゲームのコントローラーを握らされて、気晴らしに俺のことぼっこぼこにしていいよ、と笑顔を向けられ、苦笑いを返した。

「本気でやる奴があるかよ……なんで一回も勝てないんだよ……」
「ごめん……」
「くっそ、もう一回!ステージ変える!」
「じゃあ初っ端に三回ぐらい全力で殴っていいよ、溜めで」
「ふざけんな、絶対やんねえ」
 有馬が地団太を踏みながら本日四回目のステージ選択をしているのを隣で見ながら、ソフトを変えるという選択肢はないんだろうか、なんてぼんやり考えていると、伏見がもそもそとこっちに寄って来た。てっきり満足気なしてやったり顔を浮かべているものだと思って振り向けば、ほぼ真顔だった。妙ににこにこしてる時よりはマシだけど、普通に怖い。
「ど、したの……」
「……なんでもない」
「いや……なんでもなくは……」
「今小野寺と交代したけど、あいつは俺のやってるの後ろでずっと見てたから」
「……から?」
「多分食える」
 見た目が悪いとか、ちょっと緩くなりそうとかではなく、食えるか食えないかが問題だという時点で確実に失敗だ。冷蔵庫に入っている緑のやつが伏見作です、と正直に述べられて、一応頷く。緑のやつってなんだ、すごく見たくない。精神的ショックが大きそうだから後にしよう、心の準備がいる。
「お?やる?伏見」
「……やる」
「これ使えよ、はい」
「弁当相手は嫌だ」
「大丈夫だって、ちゃんと負けるから」
「ふざけんなよてめえ」
 台所から聞こえるがちゃがちゃと鳴る音を意図的にシャットダウンしながらテレビに向かう。そういえばさっき伏見が得体の知れない何かを作ってた時はめちゃくちゃ静かでほとんど何も聞こえなかったけど、ほんとに何してたんだ、こいつ。いよいよ見るのが本格的に恐ろしい。
 後ろで見ていただけあってか何なのか、異様に早く台所から出てきた小野寺と有馬が交代する。コンロ使わなかったよ、と聞こえてきた声に、じゃあお前は一体何を作ったんだと問い詰めたくなった。確かにゼラチン使えば蒸さないで作ることは出来るけれど、製作者本人がうっかりガチの真顔になるくらいの失敗作が出来上がるような間違った作り方を参考にしているんだから、確実にプリンじゃないものが出来上がっている。異様に終わるの早かったし、牛乳ゼリーでも作ったんだろうか。
 牛乳と卵と砂糖を混ぜて蒸して冷やしたら出来るんだろ、と最初に俺が言った言葉を繰り返した有馬が台所に立っている間、することもないので台所を決して見ないようにしながらゲームして待つことにした。なんだろう、普段だったら不安しか与えないような人間に一番の希望が掛かっている辺り、最初から全部間違っていたとしか思えない。
 伏見が小野寺を物理的に攻撃して勝ちをもぎ取り始めた辺りで、有馬がふらふらと台所から出てきた。首を傾げているところを見る限り、きちんと成功した奴はいないんだろうか。
「でーきた」
「じゃあ弁当答え合わせだ」
「……ちなみに、誰がどれなの」
「俺のは緑のやつ、多分抹茶」
「これ、コーヒー牛乳の俺」
「普通の!」
「そう、うん、そっか」
 とりあえず、案の定伏見のが一番酷い。それを見なかったことにしてそっと横に退ければ、食えとは言わないから何が悪かったか教えて、と戻された。
 何が悪いもクソも、これがプリンだなんて俺は認めない。泡がたくさん入っちゃったのは仕方ない、若干斑になっちゃったのにも目を瞑ろう。けど、なにやら得体の知れない黒い塊が混ざっているように見える、これは何だろう。全体的に見て、よくぞ無理やり固めたな、というところは評価したいが、妙に固形なせいで余計に得体が知れない。あと、なんか変な匂いがする。甘い匂いだけではないっていうか、正直に言うなら、これ食い物じゃねえだろ。
 一口、と勢いよくスプーンをぶっ指した小野寺が、口にそれを放り込んで、静かに膝を抱えて動かなくなった。よく食うな、こんな物体X。黒い塊をプリン擬きから発掘して、固いんだけど、と突ついていた有馬が顔を上げた。
「なに?これ」
「ていうかまず、何を混ぜたらこうなるわけ」
「抹茶と、卵と、お酢と、ゼラチンと、ガムシロ」
「砂糖は!?」
「え?ガムシロップって砂糖水じゃないの?」
「うーん……間違っちゃ……」
「で、あんだけ言ってたのに、牛乳とお酢を混ぜんのは忘れたのな」
「あっ」
「それで?この塊はなに?」
「抹茶プリンだからさあ、黒蜜?みたいなの入れたくて」
「ちなみに黒蜜ってどうやって作るか知ってる?」
「知らない。焦がすんじゃないの、水を」
「蒸発するな」
「無くなるね」
「そうだね」
「じゃあなんなの?これ。何を焦がしたの」
「マシュマロを焼いたの、フライパンで。そしたらこびり付いたから剥がした」
「……俺思うんだけどさあ、これ絶対フライパンも剥がれてるよな」
「うん……」
「引っ付かない加工とかされてるんじゃないの?フライパンって」
「されてるはずなんだけど……」
「本人様ご実食のお時間です」
「俺に死ねって?」
 有馬が片手で押しやった緑の何かは、製作者本人直々に、食ったら死ぬと言い放たれた。緑班が浮かび、黒い焦げと泡が混ざる謎の物体は、仮称として抹茶プリンと呼ぶことになった。半死半生状態からぎりぎり息を吹き返した小野寺が、あれはやばい、伏見が今まで作ってきたどの殺戮兵器よりやばい、と目を白黒させながら言うので、まず何より先に、お前はこれ以前に殺戮兵器を作ったことがあるのかと問い掛けざるを得なかった。
「なんの話?」
「忘れたとは言わせねえぞ、これビーフストロガノフとエビチリに匹敵する酷さだよ」
「なんでいちいちそんな難しいのばっか作るの?」
「食べたかったんだもん」
「どっか適当に飯食いに行けばいいだろ」
「作ってみたかったの」
「でも今ので確実に小野寺一機減ったぞ」
「あと何機?」
「えー……五機」
「めっちゃあんじゃん、もっと食えよ」
「嘘!一機!死ぬ!無理!」
 まずそのゲーム脳をやめた方がいいと思うんだけど。スプーンを押しつけられて後ずさっている小野寺のため、伏見の腰元を掴んで元の位置に戻すと心底驚いた顔をされた。なんでだ。
「え?今俺のこと引っ張ったの弁当?」
「そうだよ」
「有馬じゃなくて?」
「俺の座ってるとこからお前まで手が届いたら怖いだろ」
「弁当が俺のこと引っ張ったの?」
「しつこいな!そうだってば!なんか文句あるの!」
「うわあ、俺、今年入ってから一番びっくりした」
「助けてもらって言うのもなんだけど、俺もびっくりした」
「あのなあ、黙ってずっと見てた俺だってものすごく驚いたんだからな」
「俺のことなんだと思ってるの」
 口々に失礼なことを言う奴らに見えるように抹茶プリン(仮)にスプーンを突っ込むと、やめろやめとけと騒がれたのでやめた。自殺行為とみるか攻撃手段とみるかは人それぞれ分かれたみたいだったけれど、どっちにしろ黙らせられたからいい。
 次はこれ、と小野寺に皿を突き出されて、若干茶色いそれを受けとる。別に食えなさそうな見た目じゃないし突っ込みどころも特にない、だけど何というかこれは、プリンじゃなくて。
「……ゼリーだね」
「何入れた?」
「コーヒー牛乳にゼラチン入れて固めた」
「えっ、小野寺、他のもん入れなかったの?」
「お前があの化け物作るの見てたら躊躇しちゃって」
「化け物!?抹茶プリンだっつってんだろうが!」
「どっちかっていうとスライムだよ」
「食い物よりは化け物に近い」
「……………」
「……こいつこの顔でずっと黙ってれば無害なのにな」
「可哀想になってきた」
 散々責められて流石に傷付いたらしい伏見が、困っているような泣きそうな微妙な顔をしているのを、珍しいからか何なのか、小野寺と有馬が囲んでぐるぐると回りながら見ている。その図がもう既に何かの怪しい儀式のようで、相当面白いんだけど。
 儀式中の三人は放っておいて、混ざっている中身からして安心して食べられそうな、冷やし固めただけのコーヒー牛乳にスプーンを入れる。うん、普通に食べれる。というか、コーヒー牛乳の味しかしない。
「あっ勝手に食ってる」
「これは食える、普通に」
「伏見可哀想だから口に物入れてやろう、ほれ美味いぞ」
「……そうやって甘やかすのが駄目だって毎回言うのは誰だっけ」
「だって黙ってる伏見、なんかペットみたいで」
「あんまり近づくと噛まれるぞ」
「おっかねえな……」
「……固めたコーヒー牛乳」
「喋った」
「化け物プリンのショックから帰ってきた」
 ようやく口を開いた伏見が、でもあんまり美味しくない、と零してまた不貞寝してしまったので、ごろごろと転がして端に除けて、コーヒー牛乳プリンらしきものをみんなで突つく。ていうか一切の抵抗も無しだったけど、後でキレたりしないだろうな、この爆弾。それとも思っているよりショックが大きかったんだろうか。そしたらちょっと可哀想だ。
 本人も分かっているようだが、これはただ単純にコーヒー牛乳を固めただけのものなので、別にすごく不味いわけでもないし、市販のコーヒー牛乳の味しかしない。安心と言えば安心の出来栄えである。
「プリンではないけど」
「でも食えるよ」
「まあこんなもんだって」
 もそもそとコーヒー牛乳を固めたものを食べる。プリンではない、という有馬の主張が激しかったので、名前を付けるなら、固形コーヒー牛乳、ということで。
 じゃあ次これ、と冷蔵庫から最後に出された有馬作のそれは、見た目だけなら今までのどれより真っ当なプリンだった。けれど、なんというか、案の定と言えば案の定。
「緩い」
「プリン液だろ、これ」
「まあ食ってみろよ」
「うわ、なに、掬いづらい!」
「……あ、プリンだ」
「味はな……」
どろどろとしたそれは、味的には確かにプリンなのだけれど、如何せん緩すぎる。固形の要素がほぼ無い。あれだけ繰り返していたから、作り方だけ見ればおそらく手順通りにやったんだろう。ただ、分量が間違っていただけで。
 ほぼ液体のそれをなんとか掬いながら食べていたものの、怠いから飲んじまえよと皿ごと押し付けられた。流石にこれを一気する勇気はないから、ちまちまと傾けながら消費していくしかない。もう一週間は甘い物を食べたくないと小野寺がギブアップしてしまったので、もう片方のプリン液は有馬が飲むことになった。
「……これ、どうすんだよ」
「小野寺のは食えるけど伏見のは無理だよ。死ぬもん」
「弁当ちゃんとしたプリン作ってよお」
「こっちが片付かないと何も出来ないんだけど」
 こっち、と言いながら手の中にあるプリン液と固めコーヒー牛乳を指せば、無理しないで最初っから弁当に任せてたら今頃美味しい普通のプリンが食べられていたのに、と有馬の恨みがましげな声がして、伏見がゆっくり起き上がった。言い返す言葉は思いつかないものの腹が立ったらしい伏見が、ばちんと痛そうな音を立てて、座り込んでいた有馬の向こう脛を引っ叩いた。叩く前になんか言えよ、と顔を覗き込まれてまたずるずると寝転がった伏見を見て、小野寺が目を細める。もごもごと咥えていたスプーンから口を離して、小声で投げかけられた声に耳を澄ませた。
「……俺、こんなに弱った伏見、あんま見たことないよ」
「レアだね」
「根本的にナルシだから、自己評価にそぐわない結果だとこうなるんだけど」
「あー……なんか分かるかも」
「料理ばっかりはなあ。出来ると本気で思ってたんかな、こいつ」
「負けず嫌いだから、他の奴に出来ることが自分に出来ないことも精神的に来るんじゃない」
「それもあるし、あと落ち込んでればみんな優しくしてくれるからってのもある」
「あー……」
「なに?なんの話?」
 転がって動かなくなった伏見を突ついたり揺すったりとしばらく構っていた有馬が四つん這いでこっちに寄って来たので、今の有馬は相当レアらしいよ、とざっと説明すれば、聞こえていたのかごろりと仰向けになって睨まれる。その様子を見て、半分以上なくなったプリン液と固めコーヒー牛乳を見て、ほぼ手付かずの緑の化け物を見て、と視線を巡らせた有馬が、あっけらかんと言い放った。
「他のことがなんでも出来るんだから、料理くらいクソでも可愛いもんじゃね」
「……まあ、全部出来たら気持ち悪いけどね」
「どうせそれも狙ってんだろ?って見せかけてマジで出来ないからなあ」
「俺個人的にはすっげえ笑えるんだけど」
「……お、もしろく、なんか」
 一番最後にぽつりと伏見が零した声がして、なにか言いたげに数度口を開閉した挙句、珍しく耳まで真っ赤になって蹲った。恥ずかしいんだなー、出来ると思ったんだよなー、次はみんなで頑張ろうなー、なんて二人に両脇からからかい交じりに慰められている伏見がぴくりともしなくなって、それでも腕の隙間から覗く恨みがましい目に、つい笑ってしまった。
「次はちゃんと教えるから、またやればいいよ」
「……どうせまた失敗するし」
「お前混ぜる係とかになれば大丈夫だろ、他に三人もいるんだし」
「落ち込んでるふりしてたら優しくしてもらえると思ってこうしてると思ってるんだろ」
「そうやってぐちぐち言う伏見はほんとに落ち込んでるんだって俺知ってるよ」
「……そんなんじゃない」
「はいはい」
「お前めんどくさいなあ」
「うるっさい、じゃあ構うな」
「よーしよしよし、お兄ちゃんが撫でてあげよう」
「俺よりお前誕生日遅いだろうが!死ね!やめろ!やめろっつってんだろ!」
「じゃあ弁当に撫でてもらえよ、そんなら文句ないだろ」
「うん?いいけど、よしよし」
「もうやだ……帰る……」



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