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おはなし



「あっ」
「ん?」
「取れた」
「なにが?」
「ピアス。一昨日開けたとこ」
「どこ」
「ここ」
 ほれ、と髪を上げた小野寺に耳を見せられて、無意識に痛い痛いと声を上げてしまった。鞄に引っかかって取れてしまったらしいピアスを拾いながら、そんなにぐろいの、なんて不安そうな顔で問い掛けられて、別にそういうわけではないんだけどと答える。ただ、恐らくまだ外れてはいけなかったものが無理やり気味に取れてしまったので、ちょっと血が出ているっていうか血じゃないものも出てるっていうか。
「弁当入れて」
「は?」
「これを、ここに、入れて」
 ピアス、耳の穴、の順に指さしてこっちに小さな金属を渡してきた小野寺に、ふと周りを見回す。まさか俺に言ってるわけじゃないだろうと思ったんだけど、残念ながら俺しかいない。
 一応受け取ったものの、躊躇する。だってこれ、この見えるか見えないかの微妙なとこに、こんな細いもの、もとい穴に対しては太いもの、入るわけなくない。しかもなんでこいつこんなに耳に穴開いてんの、耳朶ならまだしもなんでこんな上の方にも開いてんの、怖っ。
 開けたばっかだから早くしないと塞がる、と急かされてキャッチを外す。耳を引っ張ると血だか何だか分からない微妙なものが出てきて、ちょっと目を逸らした。これでもっとどばどば出てきてたら、小野寺なんか見捨てて一目散に逃げて、落ち着いてから病院に連絡する。
「弁当?」
「うん」
「あの、ちょ、当也さん、せめて見ながら入れてくれませんか」
「うん」
「だから見ろって!お前顔どっち向きながら刺してんだよ!」
「うるさいな!動くなよ!」
「そんなとこに穴開けてねえんだよ!痛いの!刺さってんの!耳に!」
 恐らくここだろうと思っていた場所はどうやら違ったらしい。一旦抜いてもう一度確認すると、確かにちょっとずれていた。入れる側からしたら自分の耳じゃないから痛いとか分かんないし、だからと言って本人がやろうとしても耳の上側なんて自分じゃ見れないし、じゃあそもそもなんでこんなとこに穴開けんだよ、いらないじゃん。
 ちゃんと入れてくださいなんて注文付けられて、頷く。でもこれ、ずっと見てると気持ち悪くなってきそうで嫌だ。もういっそ塞いじゃえよ、他にも穴ならたくさんあるじゃないか。
「やだって、せっかく開けたんだから」
「そうかよ。あれ、入んない、ここのはずなんだけど」
「あっ痛っ、ぐりぐりすんな!回すな!広がる!」
「うわっ血出てきたよ、血、これどうすんの」
「いいから最後までちゃんと入れろよ!」
「あー駄目だちょっと待って、見てらんない」
「うん、え、おま……お前ピアスどこやった!」
「刺さってるよ?耳に」
「え?なんだ、もう貫通してんの?」
「ううん」
「えっ」
「だから刺さってるって」
「えっ!?」
「ちょっとこのまま押してみてもいい?そしたら通るかも」
「駄目だよ!やめろ!穴が二股になっちゃうだろ!」
「でももう元のやつがどれだか分かんなくなっちゃったし」
「弁当しっかりして!」
 頼りにしてたのに!と悲鳴じみた声を上げられ、でも多分ここだから大丈夫、と思い切ってピアスを差し込んだ。ちょっと引っかかるような感覚を無視して力を込めれば、前から小野寺の手が伸びてきて掴まれる。どうしたのかを問う前に、さっきまでと比べ物にならないくらい低い声でぼそりと呟かれて、手を下ろした。
「ぶつんって、いった」
「え?」
「耳からぶつんって変な音した」
「……ごめん」
「ぬるぬるするんだけどこれ血出てるよね?見えないけど確実に出てるよね」
「さっきからちょっとずつ出てたけど、今はもう流れてるね」
「俺ちゃんと見てやってって言ったよね」
「……あの、謝るので、俺が悪かったんで」
「弁当も開ける?」
「いい、嫌だやめ、てっ、ちょっと待って、ほんとにやだって!」
 いいから開けてみりゃいいじゃん、どうせ髪で見えないんだろ、と詰め寄られ結構必死で逃げた。なにしやがるか分からないのは伏見だけで、小野寺は馬鹿だけど割かし理性的なのかと思っていたけど、全然そんなことはなかった。人間誰でも怒らせてはいけないのだと学習し直した一日だった。



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