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おはなし



 さっきの講義で出たあのスピーチのやつ、と小野寺が机に突っ伏したままもごもごと話し始めたのでそっちを向く。伏見と弁当の授業が終わるまであと三十分、そしたら昼休みだからコンビニは混むかもしれない。俺はいつも朝来る途中で買っちゃうんだけど、小野寺は毎日この時間に買いに行くんだから、学習して早めに行っちゃえばいいのに。それにこいつ伏見の分も買いに行くときあるだろ、喋ってねえで今の内に行っちゃえよ。
「その伏見が何食いたいか言ってないから買いに行けない」
「自分の分だけ買ってくれば?」
「そんなことしたら俺どうなっちゃうわけ……」
「そっか……ごめん……」
 そうじゃなくて、と仕切り青して小野寺が口を開く。さっきの講義のスピーチ、ってあの三分だか五分だかスライド使いながら発表する、ってやつだろ。普段の課題と比べたら全然楽なはずだ。レポートや自己考察は苦手で仕方ない。
「三分も喋れるもんかな」
「出来るだろ、多分普段気にしてないだけで三分くらい余裕で喋ってるよ」
「ちょっと有馬やってみて」
「俺出来るもん、お前先にやれば」
「えっ、えーと、内容なんでもいい?」
「いいよ」
 じゃあやってみる、と言うので携帯のストップウォッチ画面を出して構えた。困ったようなしかめっ面で指先をぐるぐると回しているので、多分こいつ相当困ってる。それを見てる時点で大分面白かったが、よーいどん、と見切り発車で号令をかけた。
「ええと、キリンって一日に二十分しか寝ないんだって。あと、シロクマの毛ってほんとは透明なんだけど集まって光の加減で白く見えてるだけなんだって。あと、ラッコって気に入った石とかがあると仲間に自慢するんだって。あと、三毛猫はほとんどが雌なんだって。あと」
「ちょっ、え?え?それ三分間続けんの!?」
「あっ、駄目?これは駄目?」
「いやだってそれ雑学じゃん、お前の話じゃないじゃん」
驚いて思わず止めてしまった。三分喋るっていうから、こないだこういうことがあって誰と誰がいたんだけど最終的にはこうなったんだよね、ってのを三分間続けるもんだと思った。そうじゃなくても、まさか動物についての雑学が出てくるとは思わなかった。いや、まあ、賢くなれたけどさ。
じゃあどんな話をしたらいいんだと眉を八の字にする小野寺に、とりあえず最近あった面白い話でもしてよ、と言ってみる。見えてるとそっちに意識が行くかもしれないからストップウォッチの画面は机の下に回して、もう一度。
「よーい、どん」
「こないだ、久しぶりに電車乗って学校来たんだよ。いつもは自転車じゃん、でもその日はほんとに何となくで、でも電車で来ちゃったら帰りもそうしなきゃいけないだろ。それに気付かなくってさあ、金掛かるの嫌だから帰りは歩こうかなあとか思ったんだけど。ああ、それは別に全然どうでもよくて、電車の中で見た人の話。座ってる女の人がいたんだ。そしたらその人疲れちゃってんのか分かんないけどすげえ寝てんの、家かよってくらい寝てんの。電車の中は空いてたからお姉さんが座って寝てても誰もなにも言わないけど、ほんとにものすごい寝てんの。そしたら途中の駅で近所の私立の小学生が一人で乗ってきて、男の子だったんだけど、お姉さんの隣に座ったわけ。男の子は多分なんにも気付いてなくて、隣のお姉さんは相変わらずめっちゃ寝てて、次の駅に着いた時に結構な勢いで電車が揺れて、お姉さんが男の子に寄っかかっちゃって。男の子びっくりしたみたいだったけど、あんまりにお姉さん爆睡だったから横にずらすことも出来なかったんじゃねえのかなあ。その後当分の間ずっとお姉さんに潰されたままで、ちょっと面白かったんだよな。助けてあげたかったけど、俺みたいなのがお姉さんのこと持ち上げたら犯罪じゃん、だからどうしようもなくてさあ。声くらいはかけても良いのかなーって思ってたら、近くに座ってた女子高生がお姉さん起こしてくれたんだけど、その女子高生も戸惑いまくりで。しかもその間男の子もずっと潰されたままおろおろしてんの、お前苦しくないのかよ、お姉さんに恥かかせないように頑張っててちっちぇえのにかっけえなって感じ。笑っちゃいけないの分かるけど、すっごい面白かったんだよね」
「……終わり?」
「終わり」
「今ので一分半くらいかな」
「ええ!?」
 意外と一分間話し続けるっていうのは難しいらしい。俺は多分出来るとか言ったけど、出来ない気がしてきた。話の内容を一つで終わらせないようにしたら、三分持つだろうか。色々考えながら、小野寺に携帯を渡して計ってもらうように頼んだ。
「内容は適当でいいんだよな」
「自分が見たこととか体験したことならいいことにするか」
「そっか、分かった、よし」
「じゃあ行くぞ」
「俺の友達に叶橋って奴がいて、男なんだけど可愛いものとかが好きで、とにかく変わった奴なんだけど。そいつとは小学校が同じで中学校からは違うんだ、でもなんか知んねえけど連絡取り合ってて。最近久しぶりに駅前で会ってその時思い出したんだけど、あいつ小学生の時にジャングルジムから落ちて骨折ってるんだよ、俺の目の前で。それもさあ、なんで折ったかって、てっぺんのとこにキーホルダーが引っ掛かってて、それ取ろうとして落ちたんだよ。そのジャングルジムも普通の公園にあるちっちゃいのじゃなくて、でかいやつでさあ。あいつほんと馬鹿だから、あの、夏になると盆踊りやる小学校分かる?あそこの横の公園のアスレチックって全部でかいじゃん、あれあれ。そしたら叶橋そのキーホルダー取ろうとして、ウサギのちっちゃいぬいぐるみのやつだったんだけど、それ別に叶橋のでも何でもねえから、あいつ落し物ぱくろうとしてただけだから。なのにあいつ無理してすげえ高いとこまで行って、てっぺんまで行って、取れたーって両手離してそのまま落ちて来たんだよ。小学生って言っても二年?三年?くらいの頃で、周りの大人がすぐ救急車呼んでさあ、俺なにがなんだか全然分かんなくて、叶橋がすっげえ痛がってるから、あそこから落ちると痛いんだなってことしか分かんなくて。家帰ってすぐかなたに、ああ妹なんだけど、今高校生の。で、かなたにジャングルジムは危ないからお前は絶対登るなよって言ったの覚えてるんだけどさあ、最近かなたに聞いたらあいつほんとに結構長いことジャングルジム登ったこと無かったんだって。俺が言ったの覚えてたからかどうかは知らねえけど。じゃあ何で遊んでたんだろうな、あいつ。ちっちゃい時は俺が遊びに行くのにいっつも連れてってたから分かるけど、小学生の時とか。外には出かけてたみたいだったからてっきり俺と同じようなもんだと思ってたんだけど、女の子だし友達んちとか行ってたのかもな。じゃなくて、かなたはいいんだよ、そんでさあ。叶橋と最近ばったり会った時に、あいつなんかすごい年下の女の子連れてんの。確か妹とかいなかったんじゃないかなーって思ったら、彼女なんだって。可愛いものが好きとかいうレベルじゃねえよ、あれ。拗らせたら絶対ロリコンになるって、もう犯罪者だよ。だって割と年下だったし、あの子高校生くらいなんじゃねえのってくらいの見た目の、つうか普通に制服着てたもん、多分そうだって。そんでその子ともちょっと仲良くなったし叶橋と会うのも久しぶりだったから、みんなでスタバ入って話したの。そしたら案の定高校生で、ていうかなんかお前と伏見の行ってたとこの後輩みたいで。兄ちゃんか誰かが弓道部だって言ってたんだよな、俺らの一つ上だって話だったからお前知ってる人なんじゃないの?倉科さんって人なんだけど」
「えっ!?」
 途中からぼーっと在らぬところを見つめ始めた小野寺は、絶対こいつ話聞いてねえだろ、って丸分かりの態度だったから、急に話を終わりにしたし最後も疑問形にしてみた。すると、いきなり現実に戻ってきたようで目を真ん丸くして驚いていたので、それより今ので何分だったの、と問い掛ける。
「え、あ、三分は経ってる」
「だろ」
「でも中身ねえじゃん、すっかすかじゃん」
 そんなこと言われても困る。だって内容はなんだっていいっていったじゃないか。小野寺の先輩らしき人の妹の話だってしてやったのに、何が不満なんだ。
内容が無かったから無駄な三分だったけどすごいんじゃないの、と褒めたいんだか貶したいんだか微妙なラインの言葉を吐いた小野寺がの携帯が机の上で振動して、それとほぼ同時にチャイムが鳴る。もしもし伏見なあ知ってた?倉科先輩って妹いたんだって、と矢継ぎ早に捲し立てた声は、シカトされたかどうだっていいと切り捨てられたか、その後に続いた声のトーンがオクターブ下がっていたからそのどちらかだろう。
「はあい……サンドイッチ?新しいのって、ああ、そう、分かった」
「弁当と伏見いつものとこにいるって?」
「うん。今日は弁当も買いに行くんだって、コンビニの前で会えるかな」
「早く行かねえと、混んでてそれどころじゃないだろ」
「そっか」
 ばたばたと忙しなく出て行った小野寺に、じゃあ後でな、と手を振って自分も次の教室に向かった。他の奴等にもやらせてみようかな、なんてぼんやり考えながら。

「弁当、三分喋って、自分のことなら何でもいいから」
「ここが分かんないの、これどういう意味?」
「うん、伏見ちょっと待って、三分がなんだって?」
「あのスライド使って何たらって課題のさあ」
「でもあれって、調べた内容について三分だろ。自分の話したって」
「俺あの課題、有馬の写真使いたいんだけどいい?」
「なんで?いいけど」
「画像合成ソフトあんじゃん、あれでお前を別人にする過程を発表したい」
「なにそれ、そんなこと出来んの?」
「伏見機械強いからなあ」
「小野寺が弱いの間違いじゃなくて……?」
「ていうか多分誰でも出来るよ、最近のモデルとかはみんな使ってんでしょ?」
「具体的になにすんの?」
「まずお前に女の体をくっつけるじゃん」
「伏見やっぱりやめて、使わないで」
「俺それ知ってる、テレビで見たことある」
「アイコラじゃねえか!やめろ!」
「え?面白くない?」
「やめろったらやめろ!やったらお前、お前なんかアレだからな」
「語彙力どうにかなんないの」
「そうだ、弁当三分喋んのやってよ」
「ええ……なんで」
「そっちのがどっちかっていうと面白いだろ」
「ていうか俺の勉強見てる途中なんじゃないの、ねえ弁当」
「伏見なんかほっといていいから、やってみて」
「弁当がそんな長く喋ってんのなんて見たことねえし」
「なあってば、ここの問題ってこの文の引用でいいの?繋がらないんだけど」
「うん?ああ、これで合ってるよ」
「伏見邪魔すんな!もうお前余計な事ばっかして!」
「あーはいはいすいませんっした黙りますよ」
 ちゃんと間違えずに買ってきた新発売のサンドイッチを口に入れ、お座なりな返事をしながらどうしても苦手らしい次の授業の教科書開いて唸ってる伏見を横に退けて、弁当にも三分間喋るやつをやってもらおうと思った。弁当だったら有馬みたいに中身のない話にはならなさそうだし、お手本が見たい。伏見は今のところ論外だ、この状態でそんなんやってなんて言ったら、恐らく爪の一枚や二枚じゃ済まない。ぎりぎりまで白いところを剥いてから、指先の柔らかいところにシャーペンの芯とか針とかそういう尖ったもの刺される。
 所在無げに箸を振りながら迷っているらしい弁当に、やってよお、と頼めば有馬が自分のおにぎりを半分割って渡していた。いりませんけど、と遠ざけられたおにぎりに、じゃあこれならどうだろうと親子丼を差し出せば、嫌そうな顔をされた。嫌いなわけではないだろうが、俺の親子丼じゃ弁当の買った鶏そぼろ丼と被るからなあ。
「んー……そんなこと急に言われても……」
「いいからやって」
「いっぱい喋ってみて」
「はいスタート!今から三分な!喋れたらハーゲンダッツ!」
 流石にいきなりが過ぎるだろうと有馬を笑い掛けたものの、えっほんと、と声を漏らした弁当が思ったよりも本気の顔だったので止めるのをやめた。よくよく思い返してみればこいつしょっちゅう有馬と伏見に物やら何やらで買収されてるけど、実は人のこと注意出来ないくらい釣られやすいんじゃないのかと思う。ちょっと普段よりも金出して、なかなか食べられないような物を手土産にしたら、出来る範囲のことは何でもしてくれるんじゃなかろうか。
「なんでもいいんだよね、なんでも。ええと、じゃあ、ついこの前の話なんだけど。俺の住んでるアパート分かるよね、あそこってすごく壁が薄くて、静かな時間だとすぐ外で誰かが歩いてるのとか足音で分かるんだ。それで、賃貸だから人の入れ替わりもそれなりに激しくて。お隣さんと俺はほぼ同時期に入ってきたんだけど、他の部屋の人で俺が住みだしてから来た人も勿論いるし、抜けてって今のところ空いてる部屋もあるし、そのくらいには入れ替わりあってさ。そしたら二週間くらい前かな、夜八時過ぎくらいになると必ず玄関扉がこんこんって鳴るようになったんだ。最初はだれかが来たもんだと思って、返事して出てたんだけど、外見ても毎回誰もいなくて。誰か来てたら足音で分かるって言っただろ、でもその足音がしないんだよ。来る時にはゆっくり静かにしてたら聞こえないように出来るかもしれないけど、俺が返事して出るまでの間に扉の前からいなくなってるんだから、帰りはゆっくり歩いてたら見つかっちゃうじゃん。どういうことなんだろうなって思って玉城さん、あ、お隣さんに聞いてみたんだ。そしたら、八時過ぎなら明日はいるから見ててやるって言ってくれて、隣の部屋から上手く監視しててくれたみたいなんだよ。それでその後話聞いたら、知らない男の人がふらふらって歩いてきて、俺の部屋ノックしてすぐ消えたんだって。消えたっていうのは勿論比喩なんだけど、俺の部屋と玉城さんの部屋の間に壁っていうか、室外機みたいなのがあるんだよね。その上に、誰が置いたか知らないけど、プランターとかもたくさんあって。その陰にすごい速さで隠れたんだって、男の人。だからそれで、悪戯だろうなあって二人で話して、その次の日くらいに男の人がノックするの待ってすぐ外出て、悪戯するのやめてくださいってちゃんと言おうと思ったんだ。それで次の日、今日からは一週間、いや五日?くらい前かなあ、詳しくは覚えてないんだけど。いつも通りにこんこんって音が聞こえて、それからすぐ外出て、室外機の裏に隠れてたの見付けて声掛けたの、俺。お隣さんも出てきてくれて、そしたら男の人がなんかよく分かんないこと言いながら掴みかかってきて」
「わああああ待ってもう無理!俺もう無理!それ絶対頭やばい人じゃん!」
「有馬うるせえ!」
「続きは?」
 もう無理だ怖い一人でなんて暮らせない、と震える有馬の携帯の画面はちゃっかりストップウォッチになっていて、ちょうど三分を超えたところだった。いつの間にやら教科書ほっぽって普通に話に混ざっている伏見に場所を開けながら続きを促せば、ちらりと有馬を見た弁当が気を遣ったのかこっちにもそもそと寄りながら口を開いた。
「なんでもその人、俺の前に住んでた人の彼氏みたいで。でも連絡も無しにいなくなったからずっと部屋だけ見張ってたんだって。そしたら俺が出入りしてるの知って、恋人は一度も出てこなくて、つい勢い余って俺に突っかかって来ちゃったっていうか、ノックしたら恋人が出てくるんじゃねえのかな、みたいな。何とかをどこにやったんだ、って怒鳴られたけど意味分かんなかったから、ほんとに何が何だか、って説明して、お隣さんもちょっと前からここはこいつの部屋ですよって言ってくれて、それ聞いたら呆然とした感じだった。名前もよく聞き取れなかったし、ていうか俺ここに来て随分経つのに今こんこんって音が聞こえ始めるのはタイミング的におかしいよな?だから有馬が言うみたいに、ちょっと頭がおかしいって言っちゃ語弊があるけど、精神の病気とかなのかなあとは思ったよ。だからって言っちゃなんだけど、警察には連絡しなかったんだ。その人悪い人には見えなかったし、俺たちの説明はちゃんと聞いてくれたし、もうしないって謝ってくれたし。でもその後大家さんにお隣さんが、こういうことがあったんですって報告してくれたんだって。そしたら、俺の前に住んでたのって女の人なんだけど、ストーカーみたいなのがいるかもしれないって大家さんに相談してたらしくて。遠距離恋愛してた彼氏の方に引っ越してったはずだから、あの男の人もしかしたらストーカーの方だったんじゃないかって話が出て来たんだってさ。俺にはどっちがほんとか分からないし、あの男の人ももう来ないから良いんだけど。室外機とプランターは退けてもらった方がいいのかな、って思ってる」
「それは退けてもらわないとだなあ」
「いるんだね、そういう人」
「俺も初めてだよ、こんなの」
 平然とご飯を口に入れ始めた弁当は二週間くらい前にそんな素振りも見せなかったので、すごいなこいつ、と思う。ちょっとくらい動揺したり、不安になったりしてもおかしくはないのに、やっぱり感覚が死んでるんだろうか。
 世の中怖いねえ、と他人事のように、まあ実際他人事なんだけど、そうぼそりと漏らして教科書に再び目を落とした伏見に、でもお前も変質者にはよく会うじゃねえか、と言えば机に突っ伏したままだった有馬がびくりと震えた。こいつホラーとかは平気じゃなかったっけ、実は生きてる人間が一番怖いんですよ系の話は駄目なのか。
「でも子どもの頃の話だし」
「最近露出狂にあったって言ってたのは?」
「うん?あったっけ、そんなこと」
「言ってたよ、写真撮ってやったけど暗くて見えないから警察に突き出せないって」
「家に連れ込まれかけたのは小学生の時?」
「その話詳しくしたっけ」
「もういい!もういいって!」
「二、三回あるからどれだか分かんねえや」
「誘拐されたこととかないの」
「車に押し込められて発車されたことならある」
「未遂じゃん」
「やめろ!もうやめろ!怖い!」
「中学生の時にさあ、帰り道一人で歩いてたらすぐ隣に車停まって、普通のワンボックス。あっ有馬、ちゃんと時間計れよ」
「嫌だ!」
「そんでその車の中に三人くらい乗ってて、目え合ったからこれはやばいやつなんじゃないかと思って逃げたんだけど、二秒で捕まって口塞がれて、鞄ごと車の中にぶち込まれて、もう怖くてめっちゃ泣いた」
「嘘吐け」
「その時点では絶対まだ泣いてない」
「うん、ごめん、盛った。口塞がれてた手すっげえ噛んでたら布みたいなのに変わったから、もう死んでもいいやと思って近くにいた奴みんな蹴って殴って、運転席にいた奴の頭も無理やり蹴っ飛ばした。そしたら車が勝手に事故った」
「命を大事にしろよ……」
「だってえ」
「……有馬、ハーゲンダッツ買いに行こう」
「うん……」
 見るに見兼ねたのか弁当が有馬を連れ出して、それを見た伏見がにたにた笑っていた。こいつ嫌がらせしたかっただけか。下手したら今の話が本当なのかどうかも微妙になってきた。
事故った車から俺はダッシュで逃げてきたけど他の奴らは警察に捕まったらしいですよ新聞に載ってましたはいこの話おしまい、と一息で吐き切って教科書を捲っている伏見に、今までの話ってほんとに全部ほんとなの、と聞いてみた。嘘なら嘘でいいけど。
「ん? 小学生の時のやつはほんとだよ、家に連れ込まれたやつ」
「それ近所でも有名な変態だっただろ?じゃなくて、今の話」
「俺の行ってた中学から大通りに出る途中の道、まだガードレールへこんでると思うよ」
「えっ」
「車突っ込んだのそこだし。今度案内してやるよ」
 後々兄ちゃんに聞いたところ、公にはならなかったものの誘拐未遂犯は警察で自白したため近隣の学校には緊急警戒令が出ていたんだとか、事故車から制服着た子がばたばたと走り出てきた目撃証言があったから事件性を鑑みて警察や学校がその子を探したものの見つからなくてちょっとした騒ぎになったとか、子どもが見つからないって聞いた犯人達が異様に怯えた挙句もしかしたら本当に人間じゃなかったのかもしれないと怪談騒ぎに拍車をかけ一斉に全部白状し始めたんだとか。近隣警察と何故か仲良しな兄ちゃんが言うんだから間違いないだろう。
 ちなみに、ガードレールはきちんとへこんだままだった。



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