このサイトは1ヶ月 (30日) 以上ログインされていません。 サイト管理者の方はこちらからログインすると、この広告を消すことができます。

おはなし



 課題もちゃんと進めたしテストも近くないしバイトもない、暇な日曜日。普段だったら伏見と二人対戦するゲームを一人でやってみたものの、すぐに飽きてしまってやめた。もともと大人数用だし、ストーリーモードなんて名ばかりだ。コントローラーほっぽり投げて床に寝転がると、勢いが付きすぎて後頭部から鈍い音がした。当たり前だけど、痛い。
 いっそ伏見を呼んじゃおうかな、と思ったけど、奴は自分から動くのならまだしも俺の呼び掛けには基本的に応えようとしないので、きっと無駄足だ。こっちが忙しい時には、こっち向け俺に構え放っといたらどっか行くからな良いのか、って言外にうるさい癖に、いざこっちが暇になると予定入れやがるんだから、天邪鬼というかなんというか。五年分の贔屓目込みで見た限りであいつは、相当世話がめんどくさいけどそこが可愛いと大人気のペットみたいな、そういうイメージが多分一番正しい。根本は猫で、その上に狐の皮を被って、兎のふりをしている、狡猾な肉食獣。多分正確には、そんな感じ。
他に誰か誘えないかな、ってちょっと考えたけど、有馬はバイトだって言ってたし、わざわざ日曜日に弁当呼ぶのも気が引ける。他にも遊びに付き合ってくれそうな知り合いはいるが、如何せん何と言っても急だ。時計を見ればまだ昼過ぎだったから、無理すれば何とか、なんて考えを頭を振って打ち消す。仕方がない、一人で暇を潰すことにするとしよう。
ごろごろとベッドに横になりながら漫画を読んだりしていたら、頭の上で携帯が鳴った。着信は珍しくもなく伏見からで、けれども首を傾げる。あいつ、今日は親戚がなんたらかんたらって言ってなかったっけ。
「もしもし、どうかした?」
『駅前のでかい公園、ダッシュ』
「はい?」
『いいから走ってこい、五分以内、来れなかったら死ね』
 言うだけ言って切れた通話に、なんだそれ、と思わず声が漏れた。かわいこぶりっ子してる声色じゃなかったから、まあとりあえず行ってみようとは思うけれど。
 でもまあ流石に、五分以内は無理だ。

「……………」
「……だ、え、あの……」
「昴、自己紹介」
「ふしみすばる!」
「……随分大きなお子さんが……?」
「殺すぞ」
 苛立ち百パーセントの顔を隠しもせずに思いっきり舌打ちかました伏見の鞄をばしばし殴って遊んでいる子どもは、ふしみすばる、と言うらしい。真っ黒で若干ふわふわした髪、上下共にばっしばしの睫毛、服装と髪型によっちゃ性別不詳の整った顔。おい、誰の子だよ、お前に顔面がそっくりじゃねえか。
そんな冗談は置いておいて、どういう経緯を辿ったら子ども嫌いの伏見が日曜日の公園に小さい子を連れて存在することになるんだ。伏見の親戚筋だろうということは苗字と顔で丸分かりだけど、まさかお姉ちゃんの子どもとかではないだろうし。
「おい殴んな昴、鞄殴んなって馬鹿、殴るぞ」
「ねえ、こいつだれ」
「わんわんだ」
「んなわけねーじゃん!」
「ほんとにわんわんだよ、上手におすわりするから見てな」
「えっ」
「えっ!?」
「おすわりだって言ってんだろ、分かんねえならその穴だらけの耳切っちまえよ」
「あ、はい、すいません」
「ほら、座った」
「ほんとだ!!わんわんだ!」
 伏見が今までにないくらい荒んでいるので詳しい話が全く聞けない。言われたままにとりあえずその場でしゃがんでいると、昴くんが背中によじ登ってきて、しゅっぱつしんこう!とか言い出したので、困って伏見を見上げる。すると、そのクソガキどうにかして、と唇だけが動き、指先は木陰のベンチを指さしたので、俺はあっちにいるからお前面倒見てやれ、ということなのだろう。この消耗具合からして、午前中は昴くんに付き合ってやったんだと思う。子どもも苦手だし暑いのも苦手だし外で遊ぶのも苦手なくせに、よく頑張ったよ。
 背中に引っ掛けてきたすっからかんの鞄だけ渡して、俺は公園の中にいるから自販でもコンビニでも行ってきていいよ、と告げた。鞄の中には勿論俺の財布が入っているわけだけど、それを使うかどうかは伏見次第だ。どっちだとしても何も言わないので、判断に任せる。
昴くんを背負ったまま、なにしたい?と聞けば、背中にしがみ付いていた手がさっき家でぶつけた辺りの髪の毛を思いきり引っ張った。
「いって!」
「いぬがしゃべってんじゃねえよ」
「……はい……」
駄目だ、いくら子どもでもやっぱり伏見家の人間であることに変わりはなかった。

「なにが飲みたい?」
「かるぴす!」
「どれ?こっち?」
「かるぴすそーだ!」
「これね、はい」
「ちがう!おっきいの!」
「はいはい」
 昴くんに付き合って割と広い公園の中を駆けずり回って、夕焼け小焼けがスピーカーから流れ出した頃ようやく伏見が寄ってきて、帰るぞ、とだけ昴くんに告げた。まだあそぶ、と駄々を捏ねるのは年相応で可愛いが、わんわんが飲み物買ってくれるってよ、とこっちを顎でしゃくって指した伏見にまんまと釣られてしまった。
そこで、そんなんいいから遊ぶ、と言ってくれたらあともうちょっと付き合えたのに。
「服汚れちゃってるや。ごめんな」
「これおさがりだからいいよ」
「誰の?」
「それは俺の。下は太陽の」
「じゃあもうあれじゃん、ちっちゃい伏見じゃん、昴くん」
「あけらんないー」
「自分でやれよ」
「子どもにくらい優しく出来ねえのかよ……」
 ペットボトルの蓋に奮闘していた昴くんが伏見を頼ったものの、ざっくり切り捨てられて膨れていた。それを受け取って開けてやりながら歩くと、飲みながら歩くことはまだ出来ないらしく、それでもよろよろとついてこようとするので、おいで、と手招きする。片手で支えるようにして抱き上げれば、あんまり甘やかすな、と伏見が文句をつけてきた。良いじゃないか、ちょっとくらい。
「何でもしてあげると何にも出来なくなるんだからな」
「え?それ自分のこと?」
「あ?」
「いえなんでもないです」
「わんわんうちでごはんたべる?」
「んー?俺は帰るよ、昴くんのお家まで抱っこしてあげるけど」
「なんでかえるの?」
「わんわんの家は犬小屋だからだよ」
 伏見がぼそりと付け足した言葉に後ろ手で腰元をぶっ叩きながら、ちょっと用事があるんだよ、と適当な理由を被せておく。大人しく抱えられながら、ふうん、と声を上げた昴くんが分かっているのか納得したのかは微妙だ。隣でしかめっ面を浮かべながら、痛みに眉根寄せてる伏見のことは無視する。今のはお前が悪い、子どもの前でなんてこと言うんだ。
 徐々に辺りがオレンジ色に染まり始めて、向かい日が眩しい。昴くんを庇うように後ろを向かせれば、伏見の舌打ちが聞こえた。なんだか今日は、上機嫌寄りの不機嫌だ。どうしたんだか知らないけど、あんまりかりかりしてたら背が伸びないからやめた方が良いと思う。
「あしたもあそぶ?」
「明日かあ、明日は学校なんだよなあ」
「太陽兄ちゃんも彩星姉ちゃんも学校だろ、お前は留守番」
「やだあ!」
「やだじゃない」
「つまんない!」
「うるせえ」
 伏見が携帯の画面をこっちに向けて、それを覗き込む。するとそこには、昴くんは父親の弟の子どもで母親がちょっとした事情で短期入院中だから子どもがみんな家にいる、と端的な説明がされていて、分かったような分からないような。後から聞いた話によれば、そういう止む無き事情があると学校やらなんやらの融通は利くようになるらしい。さっきの何とか兄ちゃん姉ちゃんっていうのは、昴くんの兄弟のことだろう。学校というからには学生なんだろうな、それも伏見の生き写しだったらいっそ笑う。
伏見に強く言い含められ、やだよお、どぐずりながらべそべそと俺の肩に顔を埋めて泣き出した昴くんに、明日の夜にでもちょっとだけ遊びに行くよ、と告げれば今の今まで泣いていたのが嘘のように顔を輝かせながら上げ、それと同時にすげえ怖い顔した伏見と目が合った。
だって、このまま放ってはおけないじゃないか。いくら親戚とはいえ、慣れない家で過ごして、お母さんもいなくて不安で、今日がちょっとした気分転換になったのなら、明日もきっと喜んでくれると思うのだ。
「あしたくる?ぜったい?」
「うん、行く行く。公園とかには行けないかもしれないけど」
「甘やかすなっつってんだろ」
「伏見もどきなのに甘やかさないわけないだろ」
「もどきじゃなくて、昴だって正真正銘の伏見なんだよ」
「だからだろ!生き写しみたいなのにお前」
「わんわんうるさい」
「はい」
 ふわふわと眠たげに欠伸をした昴くんに、寝ててもいいよ、と告げれば恒例行事のように伏見が睨み付けてきた。なんでこいつはこんなにも子どもに冷たいんだ。嫌いとか苦手とか、最早そういう次元じゃない。自分が甘やかされきって育った結果こうなってしまったことを、それなりに悔いているんだろうか。
「伏見、子ども欲しい」
「いらない」
「俺の子ども産んでよ」
「無理」
「俺も頑張るから伏見も頑張ろうよ」
「辛いから無理とかじゃなくて単純に無理だから、物理的な問題だから」
「子ども欲しいなあ」
「昴貸してやるよ」
「だって俺のこと犬としか認識してないよ」
「仮に俺がお前の子どもを産んだとしても、そうしつけるよ」
「じゃあ駄目だな……」
「人間になろうなんて烏滸がましいんだよ」
「そっか」
「そうだよ」
出来る限りぼそぼそと会話したものの、切れ目を見計らったように、うるさいんだけど、と言われてしまい誠心誠意謝っておいた。伏見家の人間には強く出られないの、どうにかならないかな。


51/69ページ