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おはなし



 例えばの話、弁当がこっちの大学を選ばなかったとしよう。それだって現実として有り得た話で、その場合俺は勿論その他全員、今現在あいつの周りにいる人間との繋がりは全てにおいてぶった切られる。有馬だって千晶ちゃんだって芽衣子ちゃんだって有馬の妹ちゃんだってお隣のお姉さんだって、当然俺だって小野寺だって、それ以外もまとめてみんな、ここにいるから弁当とのかかわりが生まれているわけで。まず第一条件としてあいつが実家暮らしを続けていたら、もしくは別の大学を選んでいたら、そもそも会うことなんてないのだ。
 同じく例えばの話、小野寺が俺のことを好きにならなかったとして。それは至極普通のことで、あいつは当たり前に何処かの誰かと幸せになるんだろう。相手が女か男か年上か年下か同い年か、そんな些末なことはどうだっていい。肝心なのは、隣にいるのが俺以外の誰かであるということだ。高校入学当初から今まで通って来た道と同じ筋を辿って弓道部に入れば、俺やら渚兄弟やらとは出会うかもしれないが、それは今を作り出すこととイコールではない。
 当たり前のように存在する今は、偶然の積み重ねと自分以外の誰かによる選択の結果であって。俺の選択が誰かを動かすかもしれないし、反対に誰かの選択が俺に影響していることだってあるわけで、そんな簡単なことがみんな分かっていないのだ。
「だから、今お前は俺のために何をしたらいいと思うよ」
「……ちょっと、話が難しい」
「あ?」
「いえ……なんでしょうか……」
「さっき俺がお前に何を言ったか思い出せ」
「さっきも何も、俺たった五秒前に伏見に引っ叩かれて起きたんだけど」
「はあ?返事したじゃん、ぶつよって言ったらやめろよおって言ったじゃん、はっきりと」
「……俺ね、ほんの一時間前までバイトしてたの。それは知ってるよな、伏見」
「うん」
「人手が足りないから、ここ最近ずっとバイト続きだったのも覚えてるよな」
「うん」
「明日は久しぶりに休みなんだってこないだ話したはずなんだけど、間違ってるかな」
「合ってる」
「俺の記憶違いじゃなければ伏見は確か、じゃあ明日はゆっくり休めよって言ってたんだ」
「言ったよ」
「ならなんでお前は、俺の部屋の、俺のベットの上で、寝ていた俺を殴っていたのかな」
「ピンポンしたら、お前の兄ちゃんが入れてくれた」
「違う……欲しい答えはそれじゃない……」
「どうしたのこんな夜遅くにって心配してもらった」
「まずそれだよ、今何時だと思ってんだよ」
「夜」
「夜ってかもう深夜だよ!バイト無くても下手したら寝てるわ!」
「俺が来たかったから来た、その結果お前の睡眠時間と休息は無くなったんだ」
「なにもう……なんで久々にめんどくさいモード入ってんの、よりによって今」
「お前が俺のことを二週間もほっとくから、有馬が生傷だらけになった」
「なにしてくれちゃってんのお前」
「ほら!お前の行動が無関係の誰かを傷つけたんだ!」
「百パー原因伏見じゃん、ていうかさっき長ったらしく喋ってたのそれ?」
「有馬が生傷だらけになったから弁当は最近ずっと困ってるし……」
「だからそれお前のせいだろ、八つ当たりって言うんだよ」
「この負のスパイラルを断ち切れるのはお前なんじゃないのかって俺は思うよ」
「構ってほしいの?」
「は?なに上から目線で優越感たっぷりに俺のこと見下しちゃってんの?うっざ、死んで」
「めんどくっせ!おら降りろ!二週間分構ってやるよ!それでいいんだろ!」
「お前が寂しがってるだろうと思って来てやったのに、構ってやるとか何様のつもりなわけ、馬鹿なんじゃないの?頭まで犬なの?構ってくださいお願いしますと間違えてるよ馬鹿」
「素面じゃねえだろお前!どこで飲みやがった!浮気してないだろうな!」
「やってない」
「や、そっ、どっちの意味で!?」
「おのでらあ」
「答えろよ!かま、ちょっ、構うとか、重っ、あっ酒くさ、近づくと半端ない!」

「……………」
「おはよ」
「……はよ、ざいます」
「気分悪くない?飲み物いる?」
「……どこ、ここ」
「俺ん家」
「なんで……」
「こっちが聞きてえよ。覚えてないんだろどうせ、半年ぶりくらいに見たもんあんなの」
「……なにしたの俺」
「思い出さなくていいよ、死にたくなるよお前」
「ごめんなさい……」
「いいですよ別に」
「すいませんでした」
「悪いと思うなら次からはどんなに寂しくても記憶飛ぶまで飲まないでください」
「はい……?」


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