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土曜日の夜



「……なんか、鳴ったけど」
「……うん……」
「俺出たげよっか」
「いい、いいです、座ってて、いいから」
 非常に嫌な予感がするので出来ることなら居留守を使いたいんだけど、こんなにうるさい癖に留守なわけがない。泣きながら笑ってる伏見とそれを押さえ付けてる小野寺の足元を跨いで、急かすようにもう一度鳴ったチャイムに玄関を開けた。相手が見えたら即謝ろう、なんて考えながらゆっくり扉を開ける。隙間から見えたのはやっぱりお隣さんだった。
「……もう二度としないので今日だけは許してください……」
「は?なに?どうしたの眼鏡くん」
「あっ、お隣さんの人」
「あー、うるせえの」
 先んじて頭を下げた俺につられるように、どうもどうもなんて言いながら若干の面識がある二人が頭を下げ合ってしまったので、狭い玄関口で額付き合わせる羽目になった。ていうか座っててって言ったんだからついてくんなよ、ちょっとは俺の言うことも聞いてくれないかな。
 顔を上げれば、どうやらお隣さんはうちの騒がしさを聞きつけて食べ物の御裾分けをしに来てくれたようだった。今日は食料に恵まれた日だといっそ感心しながら有難く受け取ると、今からこれ持って友達ん家行って来る、ともう片手に下げられていた渡されたものと同じ袋を見せられて、こんな時間にですか、と思わず聞いてしまった。
「そお。なんか家に食べ物が無いとか言ってさ、料理出来ない子なんだよね」
「彼氏っすか!」
「残念ながら女友達だよ!余計な事言ってんじゃねえぞ!」
「お隣さん、さん?っていくつなの、弁当」
「本人に聞けよ……」
「だって俺今キレられたとこだし」
「お隣さんつーか、玉城です。お前らの二個上です」
「玉城さん彼氏いないんすか?」
「なんなのお前、眼鏡くんから積極性全部吸い取って生きてんの?」
「お前じゃないれす、有馬です!玉城さんの二つ下です!年下は好きですか!」
「……真面目になんなの、こいつもう舌回ってねえよ」
「酔ってるんで……」
 酔っていなければもうちょっとマシなはず、と一応フォローはしておいたけれど、明らかに信じていない目をしているので、もう何を言っても無駄だ。俺は黒髪ストレートが好きです、とお隣さんを思いっきり見ながら言う有馬を当然のように無視しながら、中にあと何人いるの、なんて聞かれたので答えれば、タッパーをもう一つ追加された。
「え、いやこんなには」
「海老だー!海老めっちゃ入ってるー!」
「いいの、どうせあの女そんなに食べないし。実家から大量に届いて腐らせるとこだったし」
「じゃあ今度なんか、仕送り来たら届けます」
「なら野菜よろしく。足が速いもんから回してくれて構わないけどさ」
「弁当海老!なに?なにこれ、海老のなに?」
「こっち、揚げてあるんじゃない。これは、えー……?」
「アボカド。嫌いだったら両方揚げてあるのに変えたげてもいいよ」
「あ、いえ、大丈夫です。ありがとうございます」
「あっ伏見海老好きじゃん!見られたら全部食われるから、もっかい擽って黙らせとこ」
「もうやめてやれって」
「そういや、中なんか妙に静かになったけど。平気なの?」
「ああ、別に、へい……」
「……………」
「……ほんとに平気なの?」
「……今、あの」
「平気です」
 気付けば妙に静まり返っている部屋の中へ三人揃って目を向けて、何となく黙り込む。じゃあそろそろ行こうかな、なんて言葉にふと我に返って手を振り、玄関を閉めた。
 微妙な顔をしている有馬の背中を押して先に行かせながら、最悪かつ有り得る想像が頭を過ぎる。例えば、擽りに対する抵抗のあまり思いっきり殴られるか蹴られるかして小野寺が身動きできない状態に陥り、しかも伏見も息が続かなくて共倒れの大惨事、とか。一段落してテレビかなんか見てるんならそれでいいんだけど、そんな音しないし。ありったけの力で有馬の背を押していると、小野寺が頭から血ぃ流して倒れてたりして、とか洒落にならないことを言うので、歩みの遅い足を急かすように蹴った。
「小野寺殺人事件で伏見は窓から逃げたに一票だわ……」
「……警察呼んどく?」
「お前ら俺のことなんだと思ってんの?」
 突然の声にタッパー落としそうになりながら振り向けば、玄関口からは見えない位置に伏見がしゃがみ込んでいて、なにしてんのこんなとこで、と口を開こうと、した。
「うっわ」
「いってえ!」
「かっる、何こいつ軽っ」
「やっちまえ小野寺ー」
 背中からかかった重みに首を捻れば、物陰に潜んでいたらしい小野寺が半ば持ち上げるように俺の脇腹辺りから手を差し入れていて、その反動で壁際に追いやられたらしい有馬が痛そうな音を立てて頭をぶつけていた。何回も言うようにこの家はそれほど広くないんだから、男四人でふらふらしてたらそりゃあこうなる。何だか知らないけど俺に纏わりついてくる小野寺を特に気にせず背中に引っ付けたまま、取り合えず重ねたタッパーを台所に置いて、有馬の後頭部と壁を一応確認して、お隣さんからおかずもらったよなんて報告して。
そんなことをしている内に、釈然としない顔の小野寺が離れ、首を傾げた伏見が口を開いた。
「……弁当は、擽り平気なの」
「別に、そんなに。……今の、擽ってたの?」
「んー、伏見は死にそうなくらいやばかったのになあ」
「まず謝れよ!俺に!いてえよ!なんなんだよ!」
 小野寺に詰め寄る有馬を退かしながら、適当な皿に今さっきもらったおかず類を出す。せっかくもらったのに取っておくのもなんだし、出せばすぐに無くなるだろう。海老だし。
 横から伸びてきたつまみ食いの手を叩いて追い払い、座って待ってろと告げれば、好物には従順な伏見は大人しく机の方へと戻って行った。どうせ口じゃ勝てないし、これからは食べ物で釣ればいいのか、とか何となく思ったり。
「小野寺くすぐんの下手じゃね」
「んん……伏見には効いたのになあ……」
「こうやんだよー」
 廊下というほどのスペースでもないけれど、ただでさえ狭っ苦しい部屋の入り口で立ち止まられると非常に邪魔だ。まあどっか行けとも言えないし、机の周りでばたばたされるよりは良いんだけど。皿に出したおかずをもそもそと平らげていく伏見を横目に、お手本だの何だのと言いながら小野寺を擽って笑かせている有馬を呼んだ。
「ねえ、なくなるよ」
「弁当、俺めっちゃくすぐんの上手いかもしれない、やばい」
「あっ弁当だけやられてない!ずりい!」
「やられたじゃん、くすぐったくなかっただけで」
「じゃあさあ、弁当も有馬にやられてみたらいいじゃん、平等に」
 ぼそりと言った伏見の前から皿を取り上げると、不感の弁当が笑ったらお前の勝ちだよ、とか有馬を煽り始めたので、机の下で蹴っ飛ばしておいた。まだ少し残ってるからよそってくる、なんて適当な理由で台所へ引っ込もうとした俺の足首が何かに引っかかる。誰だろうが今引き止められると面倒なのは確かだと見もせずに振り払い、話題が移るまで冷蔵庫の辺りにでも避難してようと思う。あそこなら狭いし、流石に押しかけてこないだろう。
「べんとー」
「冷蔵庫にもまだ残ってるよ、これここに置いてかれても迷惑なんだけど」
「こっち向けって」
「うるさい、向かない。一日一本飲んでも一か月分はあるんだけど」
「一日三本ぐらい飲めば良いじゃん、どうせ強いんだし」
「くすぐんないからこっち来て」
「嘘吐け、自分の元いた場所に戻れよ」
「あっ。俺それ好き。その黄色いの、それそれ、取って」
「うん、はい……有馬どいて」
「ちょっとでいいから」
「どけっつってんだろ」
「小野寺押さえててあげなよ」
「弁当には嫌われたくないからなあ」
「大丈夫だよ、友達少ないから」
「伏見」
「なんでもないです」
 言いっぱなしで小野寺の背に隠れた伏見を短く呼べば、目だけ出してこちらを窺ってきたので、冷蔵庫から取り出したばかりの缶を投げつけた。小野寺が受け取るだろうと思って投げたんだけど、濡れていた缶は手から滑って角度を変えて落ち、門番よろしく立って俺を待ち構えていた有馬の足元に転がって、なんというか、後は一瞬だった。
 いっそ狙ってるのかってくらい綺麗に缶を踏み抜いた有馬が机にぎりぎりで手を付き、引っ繰り返るのを阻止したと同時、梃の原理で手を付いた側と反対の辺が持ち上がって、そこから浮き上がった缶やらカップやらお菓子の袋やらが部屋中にばらばらと降り注ぎ、もろに引っ被ったらしい伏見の悲鳴が響いて。咄嗟に机を押した小野寺の頭にも勿論細かいお菓子のかすが付いてて、それでも小野寺のおかげて倒れかけた机はなんとか元に戻って、代償として有馬の足を思いっきり下敷きにした。
「うあ……これ、もったいねえ」
「つめった……」
「っ!た、い!」
「……どうすんの、これ……」
 傍から見ている分には、某教育テレビのあのドミノ倒しの進化系みたいな、からくり装置みたいな感じでとても面白かったんだけれど。足を押さえて蹲る有馬と、服をばたばたと揺らしてお菓子を落としている小野寺と、髪の毛が酒で濡れてる伏見と、足の踏み場もなくなった床をもう一度見回した上で面白いかどうかと聞かれると、答えは断然いいえだ。
 辺りを見回した上で、有馬を蹴り転がしながら服でがしがしと頭を拭き始めた伏見をとりあえず風呂に送り届けて、ついでに小野寺にも一旦脱いだ方が早いと脱衣所を指す。適当な着替えを伏見に渡して、ありったけのタオルを持って机の傍へ戻ると有馬が体育座りをしていた。
「……あの」
「……伏見には指折られるし、小野寺は壁に押しつけてくるし、弁当は転ばせてくるし」
「うん……なんかごめん……」
「みんな俺のこと嫌いなんだ……」
「……………」
 事故と自業自得の連続じゃないのか、とは言わずに黙っておいた。机をずらしながら片付けがてら床を拭いて行くと、仮にもいじけているふりをしているくせにこっちの様子はちゃっかり横目で窺っているらしい有馬が、邪魔にならないようになのか手伝いたくないのかこそこそ動いているのが見えて、ついうっかり床を拭いていたタオルを投げつけてしまった。べしゃべしゃのタオルを握りしめて恨みがましい目で見てくる有馬に背中を向けて、そこにまだ綺麗なのあるよ、と指だけ戻せば、ぶつくさ文句を言いながらも大人しく手伝いだしたようだったけれど。自分にも少なからず責任がある事は分かっているらしい。
そういえば、とお風呂場の方に目を向ける。小野寺がまだ出てきていないのに、シャワーの音がしているような気がして。というか、している。確実にしている。
ざっと拭き終わったところでタオルもほとんど底を尽きてしまったので、有馬に窓を開けるように言って、脱衣所の洗濯機に汚れ物を放り込みに行く。片手でタオルを抱えたまま扉を開けると、洗面台に向かって服を絞っている上半身裸の小野寺がいた。
「なにしてんの」
「伏見がお湯ぶっかけてきたから」
「はあ?」
「だって小野寺が出てかないから!」
「……詳しい話は服着てから聞く」
 がたりと音がして振り返れば、扉に細く隙間を開けて伏見が口を挟んできている所で、静かに扉を閉めた。タオルを洗濯機に入れて、ついでに伏見の服も入れて、小野寺に濡れた服を着せるわけにも行かないので俺の服を貸して、そこまでしてようやく一段落着いた。
「ちっちゃい」
「でかい」
「うるさいな、脱いでも良いよ」
「良くないだろ」
「脱げってよ、心が冷たい奴だ」
「なんで俺には無いの!ねえ!」
「服が無事だからだよ!」
 騒ぐ有馬に枕を投げつけると、もごもごと何か口走りながら丸くなった。布団は数が無いから貸せないけどそれ一つくらいなら構わないから、そのまま黙って寝てしまえ。というかなんで家に泊まりに来る奴はみんな服を汚すんだ。こないだ有馬が一人で来た時もそうだったし、なんか悪い物でも憑いているんじゃなかろうかと思いすらする。
さっき時計を見た時にはもう軽く終電ギリギリだった、今更帰れと言ったところで誰も出て行かないだろう。有馬は床拭いてる時点で目がやばかったし、小野寺一人なら帰るかもしれないけど今日は伏見がいる。誰かに連れて帰られるならまだしも自主的に出ていく訳がない、あれこれ理由付けちゃ面倒がって帰らないに決まってる。本当だったら連れて帰る役割を有馬に任せたかったんだけど、もう後の祭りだ。小野寺相手じゃ我儘言い放題だから火に油だろうし。
こっちが諦めたのを察したのか無意識にか、いつの間に見つけたのかテレビのリモコン片手に腹這いで寄って来た伏見が、にやにやしながら隣に座った。
「べんとー」
「なに、お前も寝れば」
「俺ら帰った方が良い?」
「は?まだ急げばなんとか」
「邪魔?」
「……別に」
 細められた目に何となく察して顔を背けると、別に遠慮しなくていいんだよ俺と小野寺適当にどっか行くし邪魔者にはなりたくないしていうかさっきも俺らいなかったら抵抗なんてしなかったんでしょごめんなもっと空気読んだらよかったよねえ!と捲し立てる声が割とでかく響いたので、リモコンを奪い取って電源を入れた。背中に変な汗かきながら、一気に跳ね上がった心拍数を落ちつけようと努力する。こいつ実は爆弾かなにかの仲間なんじゃないのか、普段あれだけ暗黙の了解で不可侵貫いてんだからちょっとは気を使うとか、酒入ってる奴にそんなことを求めても無駄かもしれないけど。
黙って何やらごそごそしていた小野寺が机とテレビの隙間から出てきて、その手に握られていたのはゲームのコントローラーだった。どこから引っ張り出したんだ、それ。
「あった」
「なに?PS3とか?」
「ろくよん」
「ろ……」
「キューブじゃなくて……?」
「キューブは押し入れ。64現役だよ、普通に動く」
「プレステなら家にあるから今度持ってきてやるよ……」
「いいよ別に……やったことないわけじゃないし」
「俺んちにあんのPS2と3、4も買うつもりだけど」
「うち兄ちゃんのスーファミあるよ。あとプレステ系と、あのぶん回すやつ」
「いいな、スーファミ」
「弁当レトロゲー好きなの?」
「別に、あれとか欲しいよ。Wii」
「ぶん回すやつ!」
「ああ、それのことだったんだ……」
「なにあんの?マリカ?ドンキ?時オカ?」
「カービィとスマブラもある」
「ムジュラは?」
「友達の家でやった」
「キューブはなに、ピクミン?」
「うん、あとエアライドと動物番長とドシンとどう森とサンシャインと」
「案外量持ってんのな……ねえ、小野寺何で頭抱えてんの」
「だってふしみん」
「あ?」
「電源つけねえと、何でもないから忘れていいから」
「あ、うん、どっち?」
「64やりたい、てか今度から暇な時ここ来よっと」
「やめて、溜まり場にしないで」
「スマブラ入れるぞー」
 枕を抱いて微動だにしなくなった有馬をほっぽって、久しぶりに64の電源を入れる。コントローラーが二つあったのが奇跡だ。実家にあっても邪魔だしどうせ俺しかやらないんだからと暇つぶし用に持ってきておいて良かった。
 懐かしい音楽がテレビから流れ出すのをぼんやりと聞きながら、このまま俺も寝てしまおうかと思う。伏見と小野寺もどうせゲームやりながら潰れるだろうし、元々布団も数ないし、さっきの騒動のおかげで幸か不幸か机の上はある程度片付いてるし。
適当に冷蔵庫から見繕ってきた缶を開けながら、欠伸を漏らした。このまま寝よう。
「はい、コントローラー」
「弁当やんないの?」
「いつでもできるし、先やっていいよ」
「すげえ、全クリデータ残ってる」
「俺ピカチュウもらい」
「うわ、ひっど……」
「いいじゃん、強かったよね確か」
「弁当何なら勝てると思う?カービィ?」
「……ファルコン?ピカチュウ相手だし」
「やっぱ先やって、伏見がボコられんの見て操作覚える」
「いいよ、貸して」
「え、ちょっ、やだ、隠しキャラまで出してる奴に勝てるわけないじゃん、やだ」
「がんばれえ」
「んー」



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