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おはなし


 飯でも食いに行くべ、なんて普段通りの言葉を発端に大学を出て、万年金欠の弁当のためにも財布に優しい中華料理のチェーン店に入る。時間の関係もあってか中で順番待ちをしている客は何人かいて、お名前を書いてお待ちください、なんて紙が置いてある状態だった。こういうのに弁当は名前を書きたがらないことはもう知っているので、俺が適当に名前を書いて時間を潰していると、外で聞き覚えのある声がして入ってきたのは伏見と小野寺で。せっかくだから、なんて伏見が言いながらちゃっかり人数欄を書き換えたので一緒に飯を食うことになった。
 何せ男ばかり四人集まっている訳で、各自自分の食いたいものを食いたいだけ注文するだけでも手間取った。麺類のページを見ていたら弁当の棘のような視線が突き刺さって痛かったので、大人しく野菜と肉の炒め物のセットを頼むことにする。練習したら上手くなるかもしれねえのに、自分は五目焼きそばなんて頼みやがって。後で一口盗んでやろう。
 小野寺が注文した料理に、何故か伏見が自分の好みで文句を言っているのを見ながら、そういえばと口を開く。小野寺がこっちを向いた隙に伏見がメニューを掻っ攫ったけれど、注文後だから別に構わないだろう。弁当もさっきからデザートのとこずっと見てるし。
「お前らって高校の時からの同級生なんでしょ?」
「ああ、部活が一緒だったんだっけ」
「弓道部の同期ー」
「袴だ!」
「袴だけど?」
 メニューから顔を上げない伏見に一言で切られて、乗り出した体を静かに戻した。小野寺は笑っているけど、よくお前こいつと三年も過ごせたなと思わざるを得ない。弁当も伏見も顔に似合わず口が悪いタイプではあるけれど、伏見の方が何となく悪質な感じがする。いつも笑ってる辺りとか、底が見えない辺りとか。伏見だけは怒らせるなよ、と弁当が前に真顔で言っていたけれど、あの言葉の意味が最近分かりはじめてきた。
 料理が届き始めたのは良いけど、このままだとテーブルに乗り切るかすら怪しい。とりあえず来たものから食べ始めると、酢豚とエビチリを交互に突いていた小野寺が話し出した。
「弁当と有馬はさあ、大学より前に付き合いなかったの?」
「ない」
「ていうか俺家出てるから、もともとここの人間じゃないし」
「弁当お前、そんなにこっち来たかったの?」
「いや別に。何か一人暮らししたくて」
「小野寺」
黙って中華丼を食っていた伏見が小野寺に声を掛けると同時に、机の下から何かを打ち付けた音がしたので覗き込む。何もない様子なので、誰か足ぶつけなかった?と聞けば全員首を横に振って、俺まで首を傾げた。伏見がやたら笑顔なのが気になるから、きっとまあそういうことなんだろう。弁当じゃないってことは被害者は小野寺だろう、あえて顔は見ないことにする。
「……何でこれ頼んだの伏見」
「いいから食って」
「はあ……」
「……伏見、それ嫌いなの?」
 弁当が指差した先、伏見が小野寺の皿に投げ入れるように移しているのは緑の葉っぱ系の野菜で、何て名前なんだかは俺は知らないんだけど。よく見ればご飯の上にかかった餡にしこたま入ってるし、好きじゃないなら最初から頼まなければいいのにってつい思うレベルだ。嫌いっていうか、と零す伏見の言葉を遮るように、小野寺が話し出した。
「こいつめちゃくちゃ好き嫌い多いんだぜ、野菜は基本食べたがらないし」
「えっ」
「そうなん?」
「……言っとくけど、別に食べられないわけじゃないから」
「だからこいつ高一から身長止まっ」
「小野寺酸っぱいの好きだろ?なあ?」
「うわ……」
 本人は否定するけど確実に甘党の弁当が引いた声を上げる。伏見は至って普通の顔のままに小野寺の酢豚にお酢を流し込んでいて、当の小野寺は狭いテーブルの隙間に突っ伏していた。
 机の下を覗き込めば、伏見は片足だけ靴を引っ掛けた状態で、小野寺の手は脛を押さえていたので、さっき蹴られたのもあそこだろうなと思う。一発目で思ったより音が出たから靴を脱いだんだろうけど、気を遣う場所を間違えている。
 体を起こして弁当に顔を向ければ、何にも知りませんけど、とでも言いたげな顔で箸を口に運んでいた。ちゃっかりエビチリを平らげながら、どうかしたの?と伏見に聞かれ、黙って首を振る。これでも高校の時より良くなったんだ……とうわ言のように呟いた小野寺が、お酢に浸かり切った酢豚を見て止めを刺されていたけれど、もう何も言わない。何が良くなったんだか、高校時代の伏見について聞きたいところだけど、二の舞はごめんだ。
「……で、弓道部だったんだっけ」
「うん、そう。俺はまだ続けてるけどね」
「続けてる?」
「近所に弓道場あってさ。時々引きに行くの」
「ほぼ週一だろ、嘘吐くなよ……」
 ようやく口を開いた小野寺は、伏見の手元に今度は醤油がセットされているのを見て黙り込んだ。こうやって虐げられ続けてきたのだろうか、だとしたら俺は小野寺を尊敬する。
 それから数分もすると、結局エビチリを食い切ってにこにこしながら、海老は好きだから食ったけどいいよね?と話す伏見に、そうだったなあと笑顔で頷く小野寺、という普段の光景が戻ってきて。伏見がやりたい放題なのは小野寺の甘やかしも問題なのではないか、なんて後で弁当と話す羽目になるのだけれど。


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