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人畜無害




「あーね。聞いたよお」
「かっこいくない?」
「かっこいい」
ギターくんとボーカルくんがスマホを見ながら楽しそうに喋っている。今は練習途中の休憩時間で、それも別に、この時間まで休憩にしようってなったわけじゃなくて、ドラムくんが汗だくでぐったりしながら「もう一回」って言うのを見たボーカルくんが「あれやばくない?」と若干引き、自分も喉が渇いていることに気づいて一旦打ち切っただけである。ライブが近いから、やりたいこととやらなきゃならないことが多すぎて、休んでいる暇を挟めるような隙間がないのだ。頭をフル回転させながら全力疾走し続けるのは疲れる。けど、休んでいる時間が勿体無いと一瞬でも思ってしまうと、足を止めるきっかけがなくなる。
息を止めていたことを忘れていたみたいに、休憩になるとどっと疲れが襲ってきた。虚ろな目のドラムくんにペットボトルを渡したら、無言で受け取られる。よかった。
「サビ終わりのギターがかっこいい」
「うん」
「ぎたちゃんやってよ」
「ん?うん」
適当に力を抜くのが上手いギターくんと、ただ純粋に歌っている間は何故か疲れないボーカルくんは、まだ余力があるようで。ぜえぜえして喋れないこっちのことは気にせず、のんびりしている。うーん、うん、あー、と独り言ちながらギターを弄っていたギターくんが、なるほどね、と立ち上がった。
「できるできる。見て」
「ヒュー」
「……あいつらなに聞いてると思う」
「えっ?」
「なにをかっこいいっつってなにやろうとしてると思う」
「えっ……な、なにって……」
「昨日配信された岸とか日野とかの新曲」
「そ……そうなの?」
「そう。声がそうだった」
ぼそぼそとドラムくんに話しかけられて、耳いいなあ、と思った。そう捉えておきたい。でもギターくんも耳良いんだっけ。結構ちっちゃい音でも聞き分けるし、そもそも感覚でどうにかできるってことは音感のレベルが高いんだと思う。ボーカルくんも五感鋭い方だし、てことは俺が鈍いだけなのかな。もしかしたらそうかもしれない。それはそれでちょっと落ち込む。年齢の差だろうか。でもギターくんと同い年だったとしても同じような聴覚では絶対なかったわけだしな。俺が鈍いんだろう。そんなことをぼんやり考えている間にギターくんがソロらしきところをコピーしはじめて、途中で無理やり終わらせてボーカルくんに笑われてた。
「ちょっと待ってもっかい。もっかい聞いたら分かんの、今自分のと混ざっちゃった」
「できるっつったじゃん!あはははっ」
「もっかい!」
「……残酷すぎると思わないか」
「ざ……はい?」
「それなりに高いレベルでそれなりのことを、曲に合わせて練習した上で一番出来がいい状態で売りに出してる。そのはずなのに、ああやって適当に真似されて、しかも二回目には完璧に演奏される。ほら」
「……………」
「……、はい!」
「おー!すげーぎたちゃん!」
「……そうだね……」
「才能がないんだよ。ああいう、ギターくんみたいなのにどう足掻いても勝てないってことはそういうことだろ」
「……………」
肯定を求めないでほしい。無言を貫いていたら目が合って、なあ?と首を傾げられたので、無理やり笑って誤魔化した。かなり厳しい。頷くのもきついし、否定してドラムくんに睨まれるのも嫌だ。俺は、俺個人としては岸くんのことすごいと思うけど、ドラムくんがものすごく下に見ている手前、そう大声で言えるわけでもないのが現状なわけで。だって揉めたくないし。は?なんで?って言われても、そんなん説明できないし。だってすごい練習してるのは分かるし、諦めないのも、頑張ってるのも、それだけですごいじゃないか。ただドラムくんはそういう根性論的なの大っ嫌いなんだよなあ。努力が才能に勝つとかそういうのは信じていないし、唯一無二の才能に勝てるのは計算だと思っている。もしくはその才能を自分の手の中に入れてしまうか。計算で勝ってるのが今現在の人気に現れていて、後者はそのまんまボーカルくんやギターくんを使っていることだと俺は思う。ドラムくんの考え方は、曲がりくねっていて難解な割に、出力されるととてもわかりやすい。作る曲にもそれは出ていて、ものすごく色んなことを詰め込んで理屈で基盤を組み立てているのに、ボーカルくんにぽんと渡した後はメッセージ性が一直線に噛み砕かれるのだ。隣で一緒にやっているから分かることであって、外から見ていても気付けないかもしれないけれど。
「おい。聞いてんのか」
「ひっ、き、聞いてます」
「嘘こけ、現実逃避してたろ」
「してなっ、あの、俺もそれだったら、才能とかないからなって、思っただけで……」
「ベースくんにはあるだろ。才能」
「えっ」
「努力の才能」
「……えっ……」
「ん?」
絶対、良い意味で、言われてない。それが分かるように愛想の良い笑顔をわざわざ作って向けられて、ありがとう、と震えて強張った声で無理やり返せば、突然突き飛ばされたように笑い出した。ひどい、ドラムくんが思ってるよりめちゃくちゃ、ほんとに傷ついたのに。ひいひい言いながら泣くほど笑ってるドラムくんに何も言えずに固まっていると、ボーカルくんとギターくんが、どしたの、と寄ってきた。助けてくれ。
「あはっ、あー、いや、冗談、嘘だって。ふ、はっ、腹痛い……」
「どらちゃんまたべーやんのこといじめて遊んでたでしょ」
「人聞きが悪いな。そんなことしたことない」
「なにゆってんの……」
「べーやんどしたの。どらちゃんにいじめられたの」
「い、いじめ、や、ドラムくんは、あの、事実を言っただけで……」
「んんふっ」
「りっちゃんがクソ笑ってる時ってだいたい誰かのこと馬鹿にしてるときじゃんかさ」
「そうだぞ!性格悪い!」
「そんなことないしベースくんも悪い」
「そ……そうだよね……俺も、うまく、こう、ノリ良くないから……」
「あ!ほらまた!そうやって!べーやんかわいそう!」
「よくないぞー」
「や、本当に。ほんとに冗談だって、さっきのは。最初のは嘘じゃあないけど」
「はあ?」
「日本語しゃべれー」
「喋ってんだろうが。今後全ての指示を英語で出されたくなかったら黙れ」
「はい」
「ごめんなさい」
「ひとっつも分かんない自信ある」
へこへこと平伏した二人に満足げな息を吐いたドラムくんが、じゃあ再開、と散らした。それからまたしばらく練習をして、へとへとになって、解散して。
冗談で、嘘ではない。しばらくその言葉の真意を考えたけれど、ドラムくんの考えることは俺には分からなかった。何らかの形で出力されるのを、待つしかないのだろう。


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