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人畜無害






「先輩なに見てるんですか?」
「……………」
「先輩?」
「……………」
「せーんぱいっ」
「ギャア!死ね!悪霊退散!」
「だって返事しないから」
「絡みつくなデブ!」
「でっ……」
気を取り直して。自分を守るために言うが、絡み付いてはいないしデブでもない。そりゃ先輩よりは体重あるかもしれないけど、身長が高いからだと思います。なんならバイト先とかでは「よく食べるのに太らないよねー!」って言われるし。
「なに見てるんですか?」
「ホラー」
「……なんで?先輩ホラー好きでしたっけ」
「別に。好き好んでは見ない」
「ふうん?」
おどろおどろしい効果音が鳴る暗い画面をぼおっと見ている先輩を見たのだが、理由はいまいち分からなかった。別に好きじゃないなら、なんでわざわざ。
その次の日も先輩はホラー映画を見てた。昨日のとは違うやつ、なんだと思う。多分。俺も一緒に見てるわけじゃないし、なんならホラーは好きじゃないので、あんまり目に入れないようにしてた。ヒノキさんも先輩が延々映画見てるのほっとくし、特に触れないし、じゃあ俺も何も言わない方がいいのかな?と思って突っ込まないようにしてた。ら、三日後ぐらいに、先輩に話しかけても返事一つしなくなったので、ヒノキさんと話し合って、しばらく行くのやめよっかってなった。そうなってる時の先輩にしつこくして良いことは万が一にもない。絶対にない。ヒノキさんは「ギャーギャー言うだけの余裕もないんだろう」と軽く流すが、心配していろいろしてたら鍵も開けてもらえなくなったことを俺は忘れていない。しばらくすると復活するし、ほっとくしかないのだ。多分行き詰まってるんだろうし。
それから二日後。
「死ねーッ!」
「うるさい」
「……おじゃまします……?」
「遅えバカ飯!」
「えっ!?なんで俺より先にヒノキさんがいるんですか!?」
「先に聞かせたかったから呼んだ」
「先に聞きたかったから来た」
「んんん……」
もやもやする!毎度のことながら、ヒノキさんよりも俺の方が先輩のことまともに心配してたのに!別にいいけど!
先輩の家の近所の牛丼屋さんの期間限定メニューの画像と「これ買ってこい」という指示だけで動ける自分は心底偉いと思うし、下僕と言われればそれまでだなとも思う。ちゃんとお昼ご飯に間に合うように到着したら、ヒノキさんと先輩がテレビに向かって対戦ゲームで白熱していたので、一瞬意識が遠のきかけた。が、すぐ気を取り直して。
「なんか出来上がったんですか?」
「うん。言ってなかったっけ」
「なんにも」
「聞いて驚け。俺は天才かもしれん」
「はあ。あいたあ!」
先輩が踏ん反り返ってるのもナルシストなのもいつものことなので、あまり芳しい反応を返せなかったのがムカつかれたのか、頭を引っ叩かれた。ひどい。しかしヒノキさんの反論がないのが気になる。いつもなら大体の場合「そうでもない」「直すべき点がまだある」って言うのに。言わない時はヒノキさんも納得している時なので、侃侃諤諤の言い争いと永遠に終わらないリテイクを繰り返している先輩は疲弊しているはずなのだ。でも今回はそうでもなさそう。なんでだろ。
「まあ聞け。ナナセ絶対好きだから。賭けてもいい」
「お前の作るものでななせにハマらないもの無いだろ」
「うるさいバカメガネ。話戻るけどさっきのハメ技反則だからな」
「なんでだ。異常なく動作していれば反則じゃない」
「抜けれないハメは無しだっつってんだろコンピューターヒノキマン!あっち行け空気悪くなる!」
「嫌だ」
「あっそじゃあそうやって俺の健康を害しながら生きて行くんだな他人に迷惑をかけちゃいけませんって親に習わなかったのかクソ野郎、でも多分ヒノキのお母さんはちゃんとしてるから俺と違ってお前への教育もまともに行われていてヒノキが人の心を理解しないから勝手にその項目を削除しただけ。ナナセ早くヘッドホンつけろや」
「なんですか?怖い」
「まあまあ。うふふ」
「怖い!」
ヘッドホンを渡されて装着したはいいが、怖すぎる。これ耳のところからなんか、脳に侵入されて洗脳されたりしない?最近そういうSF漫画見た。先輩がうきうきしながら音源を流してくれて、かっこいい、いやそりゃもう、自分でも思うけど先輩が作るもので俺に刺さらないものがあるわけがないのだ。先輩が好きだからとかそういう話ではなく、先輩と俺の趣味趣向傾向がだだ被りしているというだけの理由。先輩が好きな曲は大体俺も好きだし、俺が好きで聞いてるものは先輩も割と気に入る。だからそりゃかっこいいし好きなのだが、途中で、あれ、ってなった。
「……アレンジカバー?です?」
「そう」
「……あの……」
「そう。あの有名な、みーんなが大好きなドラマの主題歌の、偉そうなイキリ散らし野郎が作った曲」
にんまり笑われて、若干引いた。だから機嫌良かったのか。
先輩がぺらぺらと話してくれたので事情は大体分かった。イルアちゃんって、同じ事務所の最近売れて来た女の子がいるんだけど、その子がカバーアルバムを出すことになって、彼女が選んだ曲をアレンジしてくれる人を探してて、探してるんですよね〜ってぼやいてたマネージャーを先輩が無視してたら、まあ岸さんに無理して欲しいわけじゃないので!と悪気なく除外されて一人でブチ切れて挙手したら残ってた曲が先輩が心の底から憎んでいるバンドの有名なやつだったわけだ。断ればいいのに、負けず嫌いを拗らせているからそうはできなかった。なんならヒノキさんも「おもしろそうだから」と発破をかけたらしい。ヒノキさんにはもう少し先輩の感情とか情緒とかの一面を大事にしてもらいたい。そんでどうしようか迷って悩んで、何故か延々ホラー映画を見ていた、と。最後の結論だけ意味がわからない。現実逃避ってことだろうか。
「どういうことですか……?」
「人を嫌な気持ちにさせたかったから。ホラージャンルは基本そのために作られてるだろ」
「……勉強?」
「大まかに分けたらそう」
「それで出力されたのがあの曲です?」
「そう。ちゃんとボーカルの声質と歌い方も考えたしそれに合わせてテンポもいじってー、バンドサウンドじゃなくして、あんまやんないけどかっこいいなーって思ってたやつに近くしたくて、あとは意図的に入れてただろうギターを別の嫌がりそうな音にいっぱい変えて入れた。破綻させないようにすんのが大変だったけど」
「……嫌がらせで……煮詰まってたんですか……?」
「は?違ぇ、任せられたからにはちゃんと仕事したかっただけだし。わざと音抜いて声が映えるようにした、だからこれは俺が入れてる仮音源。本人が歌ったら別物になると思う」
「あ、そっか、えー、それは気になります」
「だろお」
「もっかい聞かしてください」
「いいぞ」
「ヒノキさんもいいと思ったからなんも言わないんですよね?」
「ん?ああ。いづるらしい原曲の崩し方だと思う。アレンジに正解はないけど、あの声に合わせた曲の作り方ならこれが近いんじゃないか」
「ってヒノキも珍しく最初から言うんだよ。だからもう俺は天才だなって……自分の才能が怖いなって……」
先輩が自分の身を抱いている。ヒノキさんからノーが出ないことが無さすぎて壊れているのだな、多分。ヒノキさんは基本なんでも「ここをもうちょっと」って入るから。

それからしばらくして。カバーアルバムは無事に先日リリースされたらしい。本人からもめちゃくちゃ喜ばれて、レコーディング後に先輩もうきうきしてたので、思った通りに上手くはまったんだろうなと思った。先輩が持ってた最終版の音源を聞かせてもらったけれど、確かにめっちゃ良かった。世間の評判も良いみたいで、ちやほやされるの大好きな先輩はもう止まらない感じだった。
「あっきしくん」
「こんにちは〜」
「……こんにちは……」
だからむしろ、いつもみたいに突っかかっていかないだろうから、ギスらないかなとすら思っていたのだ。だってこんなに穏やかだし。我妻さんに廊下で発見されて、邪悪寄りのいい笑顔で先輩が挨拶を返した。あっちも一人だし、ヒノキさんもトイレ行ってて今はいないし、と胸を撫で下ろせたのも一瞬だった。ボーカル一人でなにができるわけでもないので、当たり前に他のメンバーはいるし、後ろからついて来てても何らおかしくないんだけど、最初一人で来たら一人なのかなと思うじゃんか。廊下の途中の扉が開いて出てきたでかい男が、ぱっとこっちを見て、認識して、向かってきた。
「……………」
「……………」
いや無言で鍔迫り合いするな!重い!唐突に空気が澱む!先輩がにやにやしててあっちが真顔なところがいつもと違うだけで、空気の重さは全く変わらなかった。いやだって先輩機嫌良いし、「どーも!それじゃ!」ぐらいで終わるかなと思ったのに!終わるわけないよなあ、あんだけ執着しといて!一応先輩を押して前に進ませようとしたけど一ミリも進まなかった。え?先輩って巨大な岩だった?
「……どーもォ。それじゃ、うお」
「ひっ」
「あ!どらちゃん!こら!」
俺の望み通りの言葉が出たのに、俺の望みと違う現実が目の前にある。どうして。俺が押しても引いても動かなかった先輩は、自分の足で歩き始めたのだけれど、あのでっかいドラムの人に足で止められた。壁に向かって足がつんって。普通に音が大きくてびびったし、およそ前振りなしに人に向かってやることではない。当たってたらどうするんだとか、そもそも自分の足が痛いのではないかとか、色々思うところはあったが、我妻さんが飼い犬の暴走を止めるぐらいの感じで「もう!ごめんなさいね」って普通に間に入ってくるのに一番びっくりした。俺絶対あそこの間に入りたくない。案の定、我妻さんは首根っこを掴まれてぽいっと捨てられて、びっくりしたのを人を馬鹿にした見下し気味のへらへら笑いで上塗りした先輩の襟首に手が伸びた。咄嗟に声を上げてしまったけれど、先輩がべらべらと喋り出したので口をつぐんだ。
「ちょお、っ」
「えなに?暴力すか?自分が出来なそうなアレンジしたから?いいんですよ教えてあげても、ああ編曲とかしてあげましょうか?そこに転がってる槍ぶん回すことは出来ても他の武器は使えないんですもんね、いやあ人間ってそういうもんだと思いますよむしろ安心しました俺、あんたもちゃんと生きてるんだなって!」
「……………」
「なに?なんか言ったらどう?あ!ぐうの音も出ない感じ?いやあ俺も会心の出来っていうか自分で歌えたら一番良かったかもだけどあんたの作ったもん歌って金もらうのとかマジ勘弁っていうか。ああ今後に活かしてもらっても結構ですよ別に、あれは声に合わせて作っただけでもう俺たちはやんないと思うからパクったとか盗んだとか気にしないでもらってぜーんぜん大丈夫なんで」
「なにしてるんだ」
「あっヒノキさん……」
「つーか手ぇ離せや。敗者復活戦やりたいならご自由にどうぞ」
「……俺だったらもっとテンポを落として、シンセはいらない。入れるならピアノにするか、でもそれなら早めになるから……でもアコギだけぐらいの方が一番声が映えると思う」
「は?」
「……………」
「本人の色があるから、ミドルよりバラード寄りでも聞かせられるだけの力があると思う。わざわざ早くしても、声が聞こえたところで何の印象も残らない。どちらかというと曲のインパクトが強くなる」
「……は……?」
「……………」
「長くなるのは構成をいじればいい。原曲とわざわざ変えてカバーアルバムを出すんだから、本人の声に一番合った正解を提供するのが当たり前だろ」
「……………」
「なるほど。具体的に」
「例え話をしただけであって現実問題どうこうってわけじゃないから。以上」
ヒノキさんの顔に興味が色濃く滲んで踏み出したのと反対に、先輩の目つきがどんどん悪くなった。ばっさりとヒノキさんを切り捨てたでっかい人が、先輩の服からぱっと手を離したきりつかつかと隣をすり抜けて行った。我妻さんが、えっ終わり?待ってよ、なんかほんとごめんね、と俺たちに言いおいてついていく。特に呼び止める理由もないので、つられてついて行きかけたヒノキさんを引っ張って止めて、先輩を覗き込んだ。覗き込んだということは、俯いていたということだ。あの先輩が。あんだけボロクソ言われて、しかも高評価だったヒノキさんからも手のひら返されて、さすがに泣いちゃってるかと思ってそおっと覗いたのだが、
「ひっ……」
「……殺してやる……」
普通に殺意漲る他所にはお見せできない顔だったので、怖かった。



その後。
「大体よお……だったらやってみろって……そんなん俺だって考えたよもっとテンポ落としてバラードにするなんてやろうとしたし一回試したけどそんな優等生ヅラしたみんなの御涙頂戴みたいなクソアレンジするぐらいなら俺は舌噛んで死んでそれを遺作にする」
「わかっ、わかりましたから、せめて髪の毛離しっ、痛い痛い!」
「別に目立ちたくて気を衒ってブッ飛んでああなったわけじゃねえから!俺なりに!声との相性を考えて!練りに練った結果生まれた!あれはあれで最高のアレンジですけどォ!?」
「知ってますよお!ヒノキさん助けて!先輩が俺のことサンドバッグにする!」
「ななせに当たるな」
「はァ!?てめえもてめえだろなーにが「具体的に」だ尻尾振ってご主人様大好きな犬か!?最後まで俺に責任持て!上げるなら上げっぱなしにしろ!面倒見ろ!コメツキバッタか次から次へと美味い汁だけ吸おうとしやがって、それまでの努力とか至る経緯とかご存じない!?そうだよなお前俺に興味ないもんな!」
「先輩落ち着いて」
「うるっさいバカ青バカ、おめーもアドバイスとかできるようになれやいつまで経ってもかっこいいです〜好きです〜の一点張りでどこがどうかっこよくてどこをどう好きなんだ言ってみろァ!?言語能力に重大な欠陥があるとしか思えねんだわこんだけ長い間いるのに無味無臭の感想しか出てこねえとか、あ!?もしかしたらお前も媚び売ってんのか!?」
「ううう」
「ななせに当たるなって。うるさい」
「うるさいがうるさい!俺だって俺が作ったもんが一番かっこいいと思ってるし一番すげえと思ってるけど一番みんなに刺さるとは思ってないからこんなことになってんだろふざけんなよ!わかってんだよそんなことァ!本人の声に一番合った正解だ!?てめーが原曲作ってんだからどう弄ろうがお前のそれが100点になるのは当たり前だろうが!神様視点で胡座かきやがって偉そうな口きく前に地面這いつくばって泥啜ってから物言え!」
「いづる。うるさい」
「がふっ」
「ひえ……」
ヒノキさんが先輩のことをグーでぶん殴ったので先輩が静かになった。そんな物理的な黙らせ方ある?怖い。



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