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みじかいまとめ


「それは絶対ヤバい人だよ」
「そ、そうかな」
「そうだよ。警察行った方がいいよ」
「う……」
何の話だ。ギターくんが丸まって寝ている楽屋に戻って来たら、ボーカルくんが嫌に真剣な顔でベースくんに詰め寄っていた。関わるのも面倒だなと思って机の反対側の端に座ったのに、ボーカルくんが椅子をガー!って寄せてきた。その勢い下手したらぶつかるだろ。
「ねえどらちゃん聞いて」
「興味ない」
「べーやんが困ってるんだって、それというのもね」
「この広告を表示しない、と……」
「俺スパムだと思われてる?」
ベースくんの家の近くで不審者注意のお知らせが最近出ていて、でもまあ夜になると人通りも少ないし女の子は怖いだろうなあくらいの認識でいたらしい。けど3日前、夜中にコンビニへ行った時に誰かついて来ているのが分かって、うろうろしてもいつまでも後ろにいて怖かったから、一応人通りのある駅前までわざわざ逃げた。2日前には家の前の街灯の下に誰かがしばらく立っているのを見つけて、昨日は家の玄関扉に得体の知れない紙袋がかかっていた。だんだん近づいているそれに、いよいよ危険性を感じてボーカルくんに言ったそうだ。ボーカルくんの前に警察に行けよ。
「だ、って、その、人違いかもしれないし」
「女の子が被害に遭うよりお前が苦しむ方がマシだろ」
「そっ、そう、それは……」
「ひどい。どらちゃん」
「紙袋の中身見た?」
「ううん……」
「捨てた?」
「い、家の前に置いた」
「あーあ。ダメかもな」
「なに、えっ、なにが」
「あーあ」
ベースくんが絶望的な顔をしたので満足した。ボーカルくんは「べーやんよりどらちゃんのが犯罪に詳しそうだからなにがダメか聞いときなよ」とか意味不明な風評被害を被せて来たので殴っておいた。
「いたーい」
「袋の中身にもよるけど、まだ実害出てないんだからいいだろ」
「……うん……」
「そういうのってあんま警察動いてくんないんでしょ」
「何で俺に聞くんだよ。知るか」
「べーやんマジやばかったら俺んちおいでね」
「ありがとう……」
放っておいたら、二人で雑誌を見ながら話し出した。ストーカー疑惑の話題は過ぎ去ったらしい。過激なファン、とも一瞬頭を過ったのは確かだったけれど、相手が分からない今の時点で何をどうこうできるわけでもないだろう。もう一段階事が進んだらマネージャーにでも一報入れておいたら良い。もしかしたらマジで人違いの勘違い説もまだ残ってるし。だって若くて可愛い女の子を付け回すならまだしも、でかくて弱々しいそれなりの年の男を付け回したところでなんにもならないわけだから。
「ねえどらちゃん」
「なに」
「これどらちゃん持ってたよね?」
「は?」
ボーカルくんにこっち向きにされた雑誌を覗き込む。あの、例のファンを名乗る重篤なストーカーがいた。さも当然の顔をして雑誌に載っているのは、まあ、一応本業はアイドルだから、良いとして。呼ぶと床とかから生えて来そうだから、名前はあまり口に出したくない。認識した瞬間咄嗟に薄目にして精神の安定を図ったので、気付くのが遅れたのは確かだった。
「……は!?」
「あ、やっぱそうだよね?俺良いなーって思ったから覚えてたんだけど」
「見せろ!」
「どうぞ」
「っこ……!こういうのを!実害があるストーカーって言うんだ!分かるか!?見ろ!私物!私物!?」
「どらちゃん超キレる。ウケんね」
「うん……」
「俺の私物だろうが!」
「え?とられちゃったの?」
「……とら……とられちゃ、っては……いないけど……!?」
「わはは。ぎたちゃん起きなよ。おもろいよ」
この野郎、こいつがこれ見よがしにつけている時計。俺が社会人になって割とすぐの時、相当背伸びして買った時計があった。その時の限定版で、デザイン気に入ってたし、結構値が張ったから物としても良いし、ちょこちょこ使っていたのだ。いた、というか、現在進行形で使っている。それを何故かストーカーがつけているのだ。時計の紹介や値段が書いてあるとか、せめてスタイリスト私物であればいいものを、「本人私物」としっかり書いてある。なんでだよ。今は家にあるはずなのだが、とられちゃったとか言われると心配になってくる。こいつなら家に忍び込んで俺のものを盗んでいくくらいやりかねない。残り香だけで香水特定しようとする奴だし。
「……きっっっっしょ……」
「ねえ?どらちゃん持ってるよね?」
「……………」
「認めたくないみたい」
「……ほんと嫌い……」
「も、もしかしたら、偶然かもしれないし」
「こいつが?ないだろ。ない。俺が持ってるのをどこかで知って何らかの手段で手に入れたに違いない」
「それは俺もそう思う」
「ボーカルくんまで……」

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