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みじかいまとめ


「あ。誕生日おめでとー」
「……………」
およそ祝われている人間の顔ではない。苦虫を噛み潰した顔で固まっているドラムくんを覗き込んだギターくんがもう一度言った。
「今日でしょ?おめでとって」
「……………」
「……ドラムくん、おめでとうしてほしくないんじゃ……」
「あー、そうだっけ。なるほどね」
「……そもそも、一定の年齢を過ぎたら誕生日なんて殆ど普通の日と変わらないだろ。歳取るのもさして嬉しくないんだから」
「なにて?」
「バカ」
「えーでも、ケーキ食べんじゃん。嬉しいでしょ」
「俺は食べない」
「食べればいいよ」
「虚しい」
「じゃあ三人で食べる?」
「何が悲しくて男三人でケーキだよ……」
一応出した助け舟に反応したドラムくんが、ぼそぼそ反論したけれど、全く刺さっていないようだった。そもそもギターくん途中から全然ドラムくんの方見てないしな。スマホ見てる。
一応、仕事中。10月31日に限っては、外に出る仕事を何となく嫌がるドラムくんがいるので、去年も確かこんな感じで打ち合わせとか合わせの練習とかだったと思う。オフではなかった。マネージャーさんは休みにしてくれようとしたみたいだけど、何故かドラムくんがそれも嫌がるのだ。もう誕生日だとこっちが気づいていることにも気づいているくせに、すんなり素直にはいかないらしい。ドラムくんっぽいっちゃぽいけど。終始眉間に皺が寄っているドラムくんが、ていうか、と指をさした。
「何でいきなり祝おうとするんだ。気持ち悪い」
「え?俺じゃないよ。りかこだよ」
「は?……ああ……」
間の抜けた声を上げたドラムくんが、向けられたスマホに肩を落とした。そういえばさっき、グループラインにそうやって来てたかも。ドラムくん見てないのかなと思ってたら、見た上で返事をしていないそうだ。無視じゃん。ギターくんも同じことを言ってる。
「祝ってくれなんて頼んでない」
「またそゆことゆう……おめでとうにはありがとうでしょ」
「祝いたいなら個人ラインで電子マネーの一つでも送って欲しい。グループで言葉だけじゃなくて」
「りっちゃんりかこがこれ言わなかったらお祝いゼロだかんね?」
「言葉一つよりゼロの方がマシだろ」
「うわー。ひど。最低」
「何とでも言え」
「直接ありがとう言いなよ」
「言わない」
「でも電話かけちゃった」
「は?」
「んあ。もしもし?スピーカーにすんね」
『なに?』
机に置かれたギターくんのスマホから、りかこちゃんの声がする。なんか用?と不思議そうに聞くりかこちゃんと、そいえばりかこ仕事中とかじゃないの?とギターくんが聞いたのが同時だった。
『仕事中だったら出るわけないじゃん』
「えっ?サボり?」
『人待ち!だからそんなに時間ないの!』
「えー、用はね、りっちゃんがりかこにありがとう言うためにかけたの」
「言わねえぞ」
『は?日頃の礼を言いたいなら直接頭下げろよデカ男』
「言わないっつってんだろ」
「りかこしかりっちゃんのこと祝ってくんないんだよー」
『何の話よ』
かくかくしかじか。ギターくんの説明は相も変わらず要領を得ないが、りかこちゃんにはきちんと伝わったらしい。その間ずっとドラムくんが「俺は祝えなんて一言も言ってない」とぶつぶつ文句を言っている。そりゃそうなんだけどさ。話を聞き終わったりかこちゃんが、何となく歯切れの悪い声を上げた。
『えー、あー。あれ別にあたしが祝いたかったわけじゃないし』
「え?」
『お母さんが今朝カレンダー見て、秋さんお誕生日なのねーって、お祝い伝えといてって言うからさあ。記念日とか誕生日とかお祝いするの好きだし、すっごい覚えてんの。あたしはそれ言われるまでドラムの人の誕生日なんて忘れてたから、ハッピーハロウィンのつもりだったし』
「……………」
「……………」
『だから別に、お礼言うならお母さんに言ってくんない?つーか次いつ来んの』
「りっちゃんボーカルくんのお母さんにちゃんとありがとう言ってね」
「……………」
『あ!ごめんもう無理だわ後でまたいつ来るかちゃんと決めて連絡して!』
「はあい。ばいばい」
『バイバイ!』
ドラムくんが額に手を当ててものすごく苦悩している。完全なるご好意であることがはっきり分かっているから、にっちもさっちも行かなくなってるっぽい。面倒な習性だなあ。通話を切ったギターくんが、はっと気づいた顔で言った。
「俺もりっちゃんの誕生日だってりかこのライン見て知ったし、りかこはお母さんに言われて知ったんだから、りっちゃんの誕生日が今日だって知ってる人はお母さん以外にいなかったってこと?」
「……ベースくんは知ってる」
「えっ、う、いや、でも、おめでとうとかは言ってない……」
「マネージャーも知ってる」
「でも祝われてないじゃん。二人とも」
「……………」
「うわー。りっちゃんかわいそ」
「……………」
ものすごい睨んでる。祝われたくないくせにその扱いは嫌なのかよ、と突っ込みたくなる。じゃあ今朝会った時飲み込んだハッピーバースデーをやっぱり言っとけば良かったよ。言ったらその場で殴られるか蹴られるかしてただろうけど。スマホをポケットにしまったギターくんが首を傾げた。
「じゃあ俺ケーキ買って来たげよっか。コンビニでいい?」
「いい。帰りにデパ地下でホール買って帰る」
「一人で食べんの?やば」
「……2日に分ける」
「いやホールケーキ一人で食わないから。甘党すぎでしょ」
「み、みんなで食べよう、俺買ってくるよ」
「一人で食べる」
「りっちゃん拗ねてるー」
「うるさい」
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