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おはなし



渡された曲が、思いっきり「お別れの歌」だった時の心境を、どう相手に伝えたら良かったのだろう。
「……あ、ありがとう……」
「うん」
ドラマの主題歌じゃない。タイアップもついてない。こっちを見もしないでさらりと流されたお礼は溶けて消えたが、もう一度目を落とした歌詞はどこからどう見ても、彼なりの屈折的で曲がりくねった、さようならだった、

もうすぐ、何周忌だったっけ。5?とか。6かもしれない。7ではない。多分。
ボーカルくんがいなくなってから再始動までの期間。最初の頃の喪失感は勿論としても、後半の忙しさも相まってなのか日にちの経過があやふやなので、恐らく間違ってないはずだけれど、自信がない。あまり思い出したくないから、記憶に蓋をしているのかもしれない。季節毎に焼きついた思い出は、いつであろうと強制的に、彼の底抜けに明るい笑顔とか、大きい笑い声とか、そういうものを思い出させる。こんなんだから後ろ向きだって言われるんだろうな。未だに俺は、電池が切れたみたいにぼうっとしてしまう時があって。きっと二人は、二人なりに前を向く術をとっくに見つけて、ボーカルくんのことを忘れないままで自分の道を歩いているのだろう。敷いてもらったレールからはみ出ないようにするので必死の俺とは違う。あれから随分経つはずなのに、ちゃんとしなくちゃと思う日の夜は、必ず4人でいた頃の夢を見る。楽しかった時の夢だ。今が楽しくないわけじゃなくても、それは確実に幸せだった時の夢。途中でぶつんと途切れて現実に引き戻されては、どうにかして夢の続きが見れないかと必死に目を閉じては、だけどそういう時には絶対眠れないもので、不甲斐なくて涙が出る。そんな自分がいつだって、昔からずっと、大嫌いだった。この先も一生好きになることはないのだと思う。
だから、ドラムくんに渡されたストレートな別れの曲に、面食らったのは事実だった。こういうことするんだ、って。誰かから何かしらのオーダーがあったなら、まだわかる。ドラムくんが自分からはあんまり書かないド直球ラブソングのほとんどは、ドラマや映画の主題歌だ。お願いされたことなら、ドラムくんなりの出力方法で、という線引きはあったとしても、ある程度のラインまでなら聞いてくれるはず。だけど、これはそうじゃない。ということはドラムくんの意志なのだろうか。
「はあ」
「……ど……どう思いますか……」
「本人に聞けし」
「う」
頬杖をついたりかこちゃんに、すぱんと切り捨てられて、二の句が継げなくなる。歌詞自体を見せられるわけではないので、我ながらぼやぼやした喋り方で伝えたのだけれど、返ってきたのはド正論だった。俺だって聞けたら聞いてるよ。
仕事でそっち行くからご飯奢ってよ、と可愛いスタンプと共にグループラインに連絡が来たのは、数週間前。いやです、と首を横に振る猫のスタンプで断ったギターくんと、その日は予定があるから、とそれらしいことを返したドラムくん。嘘か本当かは分からない。なんならりかこちゃんからも「は?嘘つくなよ」と速攻返事が来ていたし、それについては無視していた。ギターくんに関しては突っ込みすら無くスルーだったので、特に気にしなかったのだろう。りかこちゃんから「こないだよこみねと誕プレ選んだ時」とかいう話が出たこともあったから、多分あそこは二人で繋がってるし普通に仲良くしている。
それで、俺は何の予定もなかったからそう返事をした後、りかこちゃんは二人じゃ嫌かなあと思ったんだけど、行きたいお店あるから予約とって良い?と個別に連絡が来た。テレビで見たんだって。送られてきた写真を見た限り、こういうところには彼氏とか友達と行ったほうが…と若干尻込みしたが、後には引けなかった。予約の段階で軽めのコースを選んでくれたらしい。食べないんならちょうだいよ、とパンを指されて、お皿ごと差し出した。
「みやもとがそう思ったんならそうなんじゃないの?あの人の考えることとか知んないよ」
「……思い違いかもしれないし」
「だから直接聞きなってばあ。確かにそーゆう、うーん、悼む?とか?みたいなことしなそうだけど。人の心ないし」
「そ、そうだよね」
「でも心変わりかもしんないでしょ。前向きになろーって思ったのかも。お別れするのが前向きになるのかどうかは置いといて」
「……うん……」
置いといて。と、りかこちゃんがジェスチャーで横に物を置く仕草をしたところが、ボーカルくんにそっくりだなと思った。お皿の上を綺麗にした彼女が、まあ、と溜息混じりに小さく言う。
「そうやって気にしてるうちは全然前なんて向けてないしね」

とかっていう相談を、したものだから。
そういうことがあったら、それだけ自分の中で気持ちが引っ掛かる率が高くなって、そうなればそうなるほど行動に影響が出るなんて、分かり切っていたことだった。もしかしたら、りかこちゃんに話していなかったら、自分の中でもやもやしただけで、ドラムくんに対しての目が変わって、それで終われたのかも。今更そんなもしも話をしたところで、どうにもならないけれど。
新曲なのだから、練習するには歌が必要になる。何回歌詞に目を通しても上手く声にならなくて、それを誰にも言えないまま、練習の日になった。演奏の方がまだなんとかなった。ただ、歌うのは自分だから。この曲だけ他の人に、どうぞお願いします、というわけにはいかない。みんなで合わせる前に大体、作詞作曲者のドラムくんがなんとなく一人ずつ見て、ここはもう少しこうしてほしいとか、細かなイメージを伝えてくれる。
「……………」
「……………」
「……は?」
要は、その時にバレた。デモ音源でいい?とかけられたメロディーに、声が出なかったから。調子悪い?と最初は首を傾げられたのだけれど、どうもそうではないとすぐに察されて、詰められて、理由を吐いた。お別れの曲に聞こえるから歌えない、と。ドラムくんが何を思ってこの歌詞を書いたのかまでは、聞けなかった。顔も見られない。変な汗で滑る手を握りしめながら、生唾を飲み下して無理やり声を出す。
「ぁ、あの、へん、変なこと言ってごめん、なさい」
「……勝手に解釈するな」
「そ、っすいません……」
「まあ分かるけど」
「わか、」
分かるんだ!?と声を上げそうになって、いつのまにか俯けていた顔を前に向けてしまって、ドラムくんと目が合って、また下を見る。やっぱりそうなのかな。俺の気のせいじゃなくて、ドラムくんもいろいろ考えて、悩んでいたのかも。誰にも話せなくて辛かったのかもしれない。それを分かってあげられないのは、苦しいと思う。けど俺なんかに分かってもらえた気になったところで、ていうかそもそも俺はドラムくんじゃないから気持ちなんて理解できっこないし、だけど。ぐるぐる考えながら固まっている俺に溜息をついたドラムくんが、ぎ、と音を鳴らしてパイプ椅子に座り直したのが視界の隅に見えた。
「そう取る読み方もあるだろうなと思いながら書いた。けどストレートに読んだらそうならないだろ、これ……どちらかというと人間讃歌のつもりだったんだけど。ベースくんってやっぱり心根がマイナスに捻くれてるよな」
「はい……」
「変な風に気持ち込めて歌われると困る。ちゃんと伝わらない」
座れ、と指されて、大人しくパイプ椅子に腰掛ける。ギターくん何してるかな。呼んできた方がいいのかな。そう考えているのは筒抜けだったようで、「あれは頭すっからかんだから何言っても無駄」と切り捨てられてしまった。そうなのか。足を組み替えたドラムくんが、面倒そうな声色で口を開いた。
「一行ずつ何考えてるか説明すると長くなるから経緯だけでいい?」
「はいっ」
「最近親戚にガキが生まれた。以上」
「……は……い?」
「母親の、兄の息子の子ども。抱っこしてやってくれって言われたから本当に嫌だったけど二秒だけ掴んだ」
「……赤ちゃん?」
「そう」
「……あ……あんまり、掴んだとか言わないんじゃ……」
「小さい人間ってあんなんなんだなってドン引きしたからこれができた。以上」
「……………」
捻くれてるのはどっちだ。ただ、ドラムくんにしては珍しくきちんと大真面目に伝えてくれているので、まともに受け取るしかない。プラスの捉え方をすると、身近に生まれた新しい命を見て衝撃を受けそのインスピレーションから出来上がった曲、ということなのだろうが、なんというか、出力の方法が乱暴すぎる。けどドラムくんの性格上「本当に嫌」も「ドン引きした」も、マジっぽいのが笑えない。言葉の通じない生き物、心底嫌いだし。
「それを踏まえてもう一度どうぞ」
「……あ、はい……」
再び渡された歌詞を見て、まあそう言われてしまうと確かに……と分かってしまった自分がいた。お別れではなくて、生まれてきてしまったことへの同情と、これからも精々頑張れという上から目線の励ましが、なんとなく読み取れる。俺はこれらを、いなくなってしまった人への追悼と、これからも前を向いて生きていくからという意思表示として受け取っていたのだけれど。分かりにくいよ。
そして、俺自身は腑に落ちたのだけれど、これを聞いた人たちの反応が目に見えるのも事実だ。だって、ドラムくんは曲を作った経緯とか、込めた思いとか、そういうのを自分から発信することをあまり良しとしない。読み取るならどうぞご勝手に、のスタンスだから。
「……あの、これ、絶対俺みたいに思う人いるよ……?」
「曲の解釈なんて個々人によるだろ。今までだってそんなにきっちり定義したことないし」
「そ……そうだけど……」
「それが発端で話題になるだろうって?」
「……………」
「そうじゃないって否定するなりこっちから動かないと、勝手に想像で有りもしないこと語られるのはもう勘弁だって話?」
「……い、……良い気持ちはしない……」
「まだ精神病で首吊ったと思われてるからな」
「つ……っ」
喉が詰まる。それは、本当のことはもう誰にも分からないから、肯定も否定もできない。何も知らないくせに、と憤ったこともあった。そうだったのかもしれない、だとしたら何も知らなかった自分は、と思ったこともあった。けど、こちらが外から投げかけられる言葉をどれだけ否定したところで、そうだと思っている人たちには伝わらないし、伝わったとしても曲解して受け取られるのだろう。そんなことは今更、分かっているし、引っ張り出すつもりもない。溜息と嘲笑の中間みたいな息を吐いたドラムくんが、立ち上がり際に言った。
「そんなのどうだっていいっての」

結局のところ。自分なんてどうせ、誰かの真似事しかできなくて、影法師みたいなもので、なりすましなのだから。何を投影されるかなんて、受け取る側の匙加減一つで左右されてしまうのだ。こうはならないでほしいとか、ああなってほしいとか、そんなのは単なる期待。ステージの下から見ていた彼が本当はあんな人だったと知らなかった自分と、みんな一緒。
「そいえばめっちゃバズってんじゃん。あのー、受験の歌?」
「……………」
「……………」
「ん?」
「……………」
「りかこそれなに味?」
「ざらめ」
「ざらめってなに?」
「ん」
一応、黙った俺とドラムくんに対して違和感は感じてくれるらしい。お土産のおせんべいを齧りながら首を傾げたりかこちゃんに、そっと目線を外した。不思議そうにしながらも、何も知らないギターくんの疑問におせんべいを割って渡すことで答えたりかこちゃんは、こないだもらったお茶あるよ、と席を立って台所へと向かった。それをギターくんが追いかけて立ち上がる。
何をどう捻じ曲がって受け取られたのか。それは、こうであると定義して作ったドラムくんと、勘違いを経てそれを知ってしまった俺には、もう分からない。逆に言えば、あの曲がどうして「受験生へ向けての応援ソング!」なんて囃し立てられ方をしてSNSその他で人気になったのか、全く掴めていないのが実情だ。そういうプロモーションはしていない。完全に、受け取り手側からの自己発生。もうこっちの手を離れているから、制御できない。
今日はいつもの、ボーカルくんのお墓参り。不定期の定期的に訪れるボーカルくんの実家で、ふと無言になる。あの曲についての話を、あれから二人でしたことはなかった。ああやって受け取られていることに対して、やっぱりドラムくんとしては思うところがあるのだろうか。それとも取り違えられたのは、最後まで迷いながら向き合っていた俺の歌い方のせい?そうかもしれない。分からない。自分の歌を自分で聞いても、その時どんな気持ちで向かっていたかは思い出せても、そこから他人がどういうものを得るのかは全くの未知だ。だって俺は俺だから、他人じゃないから。受け取る方の気持ちは、わからない。
「……………」
「……………」
今がチャンスかなあ、と、思いはしたけれど。
結局何も言わないまま、ギターくんとりかこちゃんが戻ってきて、ドラムくんも普段通りだった。せめて、ああして真っ当な応援歌として受け取られ持て囃されることを、ドラムくんが良しとするのかどうかだけでもいつか聞けたらいい。
どうだっていい、と笑われるのかもしれないけれど。


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