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台詞


「んああ楽しかったあ!」
「声でかい」
「いっひゃんのみすぎた」
「重い」
ぎたちゃんがふにゃふにゃになりながら、どらちゃんに寄りかかって無理やり引き摺られている。今日めーちゃお酒飲んでたもん。いい気分だったのはそうだし、気兼ねなく楽しめるように打ち上げ場所として用意してもらったのは普段行く居酒屋より数段グレードの高いところだったから、お酒自体もお高いやつばっかりだった。だって今日は、初めてやった全国ツアーの最終日だったから。このバンドででっかい会場を回って、そもそも決まるまでには大変なこともあったし、決行が決まってからも準備はいろいろあったし、さすがに緊張で初日は飯も喉通らなかったり、したけど。
本番、客席側のみんなの顔が見えた時に、ぐあーってなって楽しくて、ずっとこれが続けばいいのにって思った。それは、ぎたちゃんもべーやんもどらちゃんも、きっとおんなじ気持ちだったはず。そういう色々が終わって、開放感とか達成感とか、あとそもそも酒も料理もマジで美味かったし、そんで珍しくぎたちゃんがふにゃふにゃんになってる。でも引きずってるどらちゃんも文句言わないし、べーやんもにこにこしてる。二人一部屋なので、昨日と同じく俺はべーやんと、どらちゃんとぎたちゃんが隣の部屋だ。これも昔だったら考えられないくらい綺麗なホテルの廊下。前は四人で雑魚寝だったっけ。オバケが出そうなぐらい暗くてボロい宿。部屋の前で別れる前にふとそんなことを思い出して、ちょっと笑えたし懐かしくなった。
「ばいばあい」
「んえー、りっちゃん明日何時だっけ」
「知らん。昼ぐらいだろ」
「はー。お腹いっぱい」
「……うん。楽しかったね」
「べーやんシャワー浴びるよね?」
「えっ、ボーカルくん先にどうぞ……」
「じゃんけんしよっか」
「後でいいよ俺」
「じゃーんけーん!」
ちゃんとじゃんけんしてちゃんと負けたので俺が後になった。いいの?ほんとに?ってべーやんは後ろ髪引かれてるみたいだったけど、別に全然気にしてないし俺は元々最初からべーやんが先のつもりだったし。とっとと出てこないでよね!俺が後から入る時に急がなきゃいけないでしょ!と脱衣所の外から叫べば、ゆっくりします!とべーやんにしてはでっかい声で叫び返された。よし。
ほんとはのんびり温泉とかにつかりたいけど、もう夜遅いしなあ。テレビつけてだらっとしてたら喉が渇いてきたから冷蔵庫からジュース出して、ついでにさっき買ったお土産一個味見しようとか思って、いつの間にかミニテーブルの上が食べ物と飲み物でごちゃついていた。
「お待たせ……」
「んお。ちゃんとゆっくりしたあ?」
「うん」
「俺もシャワろ。べーやんも食べる?さっき買ったの、おまんじゅうとー、なんかクッキー」
「あ、俺も餅みたいなの買った。あげるね」
「うまそー。出てから食べるわ」

「あ!べーやん酒開けてる!」
「も、もう終わりにする!」
「もお〜しょうがないな〜」
「一杯だけのつもりだったから!いぅ、いれないで、あの」
「ボトル開けて一杯だけのつもりだったはないでしょ」
「……………」
ぎぎぎ、って目を逸らしたべーやんに、かんぱーい!とグラスを掲げれば、そっとぶつけられた。シャワーから戻ってきたらさっき俺がいろいろ出したテーブルの上にボトルが乗ってたもんだから。どうやらこのホテルのブランドらしい。ワインと日本酒、よく見てなかったけど元から冷蔵庫の中に入っていたそうだ。
「うまい!」
「うん」
「明日どうせゆっくりだもんね。べーやん眠くないの?」
「今は平気かな……シャワー浴びたら目が覚めちゃって……」
「あー、俺も」
「む、無理しないで言ってね、眠かったら」
「眠かったらその辺で寝るよ。ん!この餅うめえ!」
べーやんといろいろ喋った。べーやんは、みんなでいる時はあんまり喋らないけど、二人でいる時は結構笑うし、ちっちゃい声でぼそぼそしないし、にこにこしながら話を聞いて、きちんと返事をしてくれるのだ。そうやって言うと、年が近いからだとか、特別に仲良しだからだとか、言われるけど。そうじゃなくて、周りの評価が低すぎると思う。今日の楽しかった話、昔あった面白かった話、未だに思い出す失敗談。だらだらと時間は過ぎていって、あんまり盛り上がったので。
「ぎたちゃんとどらちゃん呼ぼ」
「もう寝てるんじゃ……」
「声だけかけよ!寝てても起きるかもしんないし」
「……うーん……」
迷惑じゃない?と気乗りしない感じのべーやんを連れて、隣の部屋まで行った。もう夜遅いから廊下も灯りが落ちて薄暗い。起きなかったら起きなかったで部屋戻るし、出てきてくれたらそれはそれで嬉しいじゃん。迷惑とかそういう単語は全く思い浮かばないくらいには酔いも回っていたし、ぎたちゃんとどらちゃんは怒らないだろうなと無意識の信頼もあった。べーやんも口では止めるけどついてくるし、みんな一緒のが楽しいでしょ。ちっこいチャイムを押しながら、どんどん扉を叩いて呼ぶ。
「ぎーたーちゃーん!どーらーちゃーん!」
「ぼ、ボーカルくん、声でっかい」
「飲み直そー!そんでみんなで適当なとこで雑魚寝して体痛くなろ!」
「ねえマネージャーさんに怒られるっ」
「怒られんならみんなで怒られようよお、ねえー!寝てんのー?起きてよお、ぎたちゃあん!どらちゃあん!」
「ううう……」
めっちゃきょろきょろしてるべーやんが、もう起きないってことは起きないよ、と俺の服を引っ張った。いやもうちょいだけ。ノックっていうか普通にどかどか扉を叩きながら、だんだん楽しくなってきた。
「もおー!後から混ぜてっつっても入れたげないから!嘘!起きたら来て!ねえぎたちゃんはまだしもどらちゃんは起きてんでしょお!?」
「ボーカルくん、ボーカルくんっ、もうやめようよお」
「ねーえー!楽しかった話しよお!明日じゃなくて今がいいー!ぎたちゃ、っお」
「!」
がちゃ、り。ゆっくりと音を立てて開いたドアの向こうはほぼ真っ暗闇で、廊下の薄明かりにぼんやり照らされて立っているのはどらちゃんだった。とりあえず引っ掛けました、と言いたげなくしゃくしゃのバスローブはほぼ着てないに等しくて、はく、と口を開いたどらちゃんが軽く咳払いしてもう一度声を出す。多分、一回目はうまく声が出なかっただけで、同じように「なに?」と聞いていたのだろう。声が出ると同時に少し扉が大きく開いた。
「……ん″。なに?」
「……ぇあ、や、飲み直そって……」
「今無理」
「……そ……そですか……」
「うん。おやすみ」
「ぎ、ぎたちゃんは?」
「……寝てるんじゃない?」
おやすみ。もう一度そう言い含めたどらちゃんが、笑顔を取り繕うみたいに目尻を緩めて、扉が閉まった。がちゃん、としっかりチェーンまでかけられた音に、いつの間にか俺の背中に隠れていたべーやんがそろそろと顔を出す。目を合わせて、無言。
「……………」
「……………」
寝ていたにしては、なんというか、扉が開いた時の雰囲気っていうか、髪が汗で首筋に幾筋かへばりついていたり、わざと普段通りに低く合わせられた声のトーンだったり、なんならまともにバスローブも着てないせいで情熱的なキスマークらしきものがちゃんと見えてた、り。絶対そういうことしてた。途中で中断したから追い払われた。無言のまま、思わず手を繋いでべーやんと部屋にとぼとぼ戻り、しばらく沈黙が続いてようやく言葉が出た。
「……え?ぎたちゃんは?」
「……寝てるんじゃ……」
「待って?二択?追い出されてどっか別のとこにいるか、その場で寝てるかってこと?」
「……まあ……そうなるね……」
「……………」
「……………」
酔いとか全部ぶっ飛んだので、着替えて寝た。


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