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かなちゃんとすーくん





「なにがいい?」と聞かれたので、「肉」と答えたら、「何回も言ってるけどもっと詳しく言って」と怒った顔文字と共に送られてきた。でもなんでも美味いからなんでもいいんだよな。強いて言えばと考えて、「ハンバーグ」と送ってみた。そしたら秒で返事が来て「からあげ用のお肉が安かったからいっぱい買えた!」と。こいつ、俺のハンバーグ見てないな。まあいいけど。スマホをいじってだらだらしていたら、電話がかかってきた。
「もしもし?なに、すー」
『あ、ねえ、ボディーソープってまだあった?』
「あったと思うけど」
『見て。今すぐ』
「えー……」
『ないなら買って帰るけど、いろいろ買い物して重いの。あるならやめたいから早く』
「ない」
『わかった』
「俺後で行くよ」
『いいよお、二度手間でしょ。ありがと』
「ねえハンバーグ」
『じゃあねー』
また無視しやがった。でも声がうきうきだったからいっか。珍しくまだ昼過ぎだし、いつもは俺かすーの仕事で夜のことが多いから、時間があるのが嬉しいのかもしれない。久しぶりにゆっくり映画でも見ようか、と考えながらごろごろしていたら、鍵が回る音がした。先日合鍵を渡したのである。なぜかというと、俺がいない間にすーが先に家に入って飯を作ってくれていると、なんかこう、すごくいいからである。理由はマジでそれだけだ。ただいまーって言った時に、美味しい匂いと共に「おかえり」が返ってくる幸福感を一度味わってしまったらもうダメだった。鍵を渡したら逃げられたが、すーのバイクの鍵を奪って、それを返してほしかったら俺の家の合鍵を受け取れと脅した。我ながら支離滅裂である。しかし今日見たら俺の家の合鍵の方に可愛いキーカバーがついていたので、満足した。扉の開く音に、崩れた姿勢のまま玄関の方に向かった。ちゃんと立つ!ってすーにはよく怒られるけど。
「ただいまあ」
「おかえり」
「カナちゃんこれ持ってってえ」
「うん、………」
「はやくー」
「………………」
「?」
誰。何。立ち上がりかけた変な姿勢のまま、よろよろと玄関へ近づく。すーの声がする。買い物袋を三つも下げた知らん男から、すーの声がする。真っ黒の髪は少し長めのミディアムパーマで、しぱしぱと不思議そうに瞬く瞳も真っ黒だった。一応なんとか立ち上がったところで、ほら持って、と袋を渡されて。
「……すー?」
「そうだけど」
「……………」
「なあに。あ、髪?いいでしょ」
「……………」
「カナちゃん?」
「……うぐう……」
「えっなに!?怖い!」
受け取る前に、現実を理解したくなくて膝をついて丸まった。頭を守ってダンゴムシみたいになりながら、いや夢かもしれん、見間違いかもしれん、目を開けて顔を上げたらいつものピンク頭のすーがあせあせ困っているのでは?それは可哀想すぎる、よーしきっと俺は疲れていたんだな、と自分に整理をつけて顔を上げた。黒い知らんやつがいた。
「誰!!!」
「……淵田です……」
「すーじゃない!こんなのは!」
「なんなのお……」
「返せよ!俺のすーを!」
「もう。どいて」
「嫌だ!」
「お邪魔です」
跨いで歩かれた。し、なんなら足の爪先が背中を蹴っ飛ばして行ったが、「あっごめん」で終わりだった。しばらくうずくまっていたものの全く気にもされずに、がさがさと買ってきた物の整理をしているので、立ち上がって後を追った。
「おい!」
「なあに」
「なんかあったのか。みゅんたと別れた?」
「は?別れてないんですけど。みゅんたもかわいいって言ってくれたんですけど」
「嘘」
「殴るよ」
「ごめん……」
みゅんたは勿論あだ名だが、俺は本名を知らない。すーが言わないからである。会ったこともない。半年くらい前から付き合い始めたらしいすーの今の彼氏なのだが、やることなすこと全肯定、褒めてくれるし可愛いしかっこいいし優しいし頼れるし守ってくれるし守られてくれる、とめちゃくちゃに惚気られるので、俺の中のみゅんたはファンタジーの王子様に近いものがある。信用ならん。騙されてるんじゃないか。
「一回会わせろマジで。な?悪いようにはしないから」
「絶対嫌。カナちゃんのその威圧的な口調が既に嫌」
「お前のためを思って言ってんだぞこっちは」
「みゅんたは会いたがってるけどあたしが会わせたくないから嫌」
「なんでだよ!」
「だって絶対面接するでしょ」
「そりゃするよ。一番偉い人に会う時のスーツ着るし髪の毛もがっちがちにする。眼鏡も新しくする」
「最悪……」
「心の中にドチャクソ機嫌悪い時の秋さんと暗がりでばったり出くわす横峯さんを呼び出す」
「脅す気満々じゃん」
「なんなら本人たちを呼んでもいいよ。満を辞すよ、俺は」
「なんの会?それ」
「仲間はずれは可哀想だから宮本さんも呼ぶよ……」
「みゅんたは喜ぶけど。多分」
「だってなんで会わしてくんないわけ?別にいくない?みゅんたは俺のこと知ってんでしょ、なんで俺はあっちのこと知らないまま過ごさなきゃならない?意味分からない」
「もーうるさいなー」
「そのすーの頭もかわいいとか言うし。俺は前のピンクの方が超似合ってたと思うしかわいかったと思う」
「はいはい。あっち行って」
「なあ」
「髪の毛なんてすぐ伸びるんだからいーじゃんかさ。あたしだってずっとこの髪型にするつもりないし」
「えっ?そうなの?」
「うん」
すーが長くバイトしてるジャズバーから、規則的にシフトに入って働いてくれないかという話を持ちかけられたらしい。俺も行ったことあるとこだ。今までは働き先が途切れた時に訪れてはちょっと仕事して、って感じの不規則扱いだったが、それを受けるとある程度安定した収入は得られることになる。ただ、毎日勤務するわけじゃないから他のバイトも続けなきゃならない。あちら側としても、続けてても全然いい、という感じ。一つだけお願いされたのが店長との面接で、すーは店長とは会ったことがないらしい。他の事業も手掛けていて忙しいとか、結構厳しい人だとかいう噂を聞いたすーは、自分に仕事を紹介してくれた人の顔を潰さないためにも、髪の毛をばっさり切って暗くして、一般人に埋没した、と。
「きちんとした仕事が欲しいなら弊社で良くない……?」
「忙しすぎるから嫌」
「常に人手不足だから……特にマネジメント部とか……別に髪型服装自由だけど……?」
「揚げ物したいから離れて」
「冷たすぎない?俺なんかした?」
「しつこいしうるさい」
「だってすーが突然真っ黒になるからじゃんなんか一言相談するとかなかったわけ俺に!」
「なんでカナちゃんに相談しなきゃなんないのさ」
「だってそれじゃどこからどう見ても男だろうが!」
「そりゃそうだよ。あたし男だもん」
「俺は男に身の回りの面倒を見て欲しいわけじゃないんだよ!わかるか!?」
「全然分かんない……えっ?あたしのこと女の子だと思ってたの?」
「そんなわけねえだろすーは男だよ!」
「カナちゃん久しぶりに怖いぐらい支離滅裂だね……」
ドン引かれた。若干顔が青い。しかしそんなこと構っていられる状況にないのだ。どすどす暴れながら訴えているこっちに対してすーがめちゃくちゃ距離を置いているのも辛い。ちゃんと聞いてるか?おい。
「男だけどピンク頭で目が金色でメイクしてキラキラしてたらセーフだろうが!」
「なにが……?」
「全部だよ!じゃあ何か!?俺はこれからしばらくの間、自分とほぼ同じ背丈で同い年の男にべたべた甘えながら生活の面倒を見てもらわなきゃならないってことか!?」
「まあそうなるけど、ねえカナちゃん、それ今までと何一つ変わってないからね?」
「嫌だーッ!」
「……お仕事なんかあった?話聞くよ」
「優しくすんな!嬉しくなっちゃうだろうが!」
「いいことじゃない」
「うるさーい!明日までに髪戻しとけよ!あとみゅんたに会わせろ文句言ってやるから」
「あんまりうるさいとご飯作らないしお風呂もお布団もお洗濯もしないでこのまま帰るよ」
「ごめんなさい」

「すー、思ってたよりすぐ髪伸びたな」
「うん。昔から伸びんの早いから」
「いつピンクに戻すの?」
「……だってカナちゃんがそうやって何回も言うから、あたしも戻したいけど今戻したら言いなりみたいで悔しいじゃん……」
「みゅんたもピンクが良いって言ってたよ」
「カナちゃんにみゅんたの何が分かるの。会ったこともないくせに」
「なんで髪の毛伸びんの早いの?エロいから?」
「迷信でしょ……」
「みゅんたに聞いといて」
「絶対嫌」
「じゃあ俺が聞くから連絡先教えて」
「死んでも嫌」



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