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台詞


悠くんを家に呼んだ最初のきっかけは、「えっ!?焼きたてクッキー!?」だった気がする。食べ物で釣った感は否めない。お菓子作りを最近するって話をして、上手くいったものをプレゼントしだしてしばらくしてから、出来立ても美味しいんだよー、なんて話になったら悠くんが「えっ!?」って食いついてきて、次のお休みに家に呼んだっけ。それは全然いい。あの、なんていうか、お付き合いしてる感じがするし。全然。
「……………」
「……………」
「……ゆ……えと……」
「……あ、なに?」
「……なんでもない……」
そこで気づいたことがある。外ではあまり気にならなかったのだが、悠くんはじいっとこっちを見ていることが多い。嫌な感じはしない。じろじろ、というより、じいっと、が本当に相応しい感じの見かた。不躾な目線ではないし、どちらかというと柔らかい感じがするので、重ねて言うが嫌ではない。嫌ではないけれど、恥ずかしくはある。だって何にも言ってくれないんだもん。ちなみに、耐えかねてその場を離れたり後ろを向いたりしても、なにも言われない。見てたこと自体が無かったみたいに。だから余計よく分からないし、尚更どうして見られているのかも聞けずにいる。
そして、今も見られている。雨予報だったけどご飯行こうって言ってて、でも思ったより雨すごくなってきちゃったから避難がてらうちに来て、帰り際にコンビニで買ったケーキとあったかい紅茶で一息ついてるところ、なんだけど。あっと言うまに食べ終わった悠くんが、机に頬杖をついて黙ってこっちを見ている。ちょっと笑ってる。せっかく買った期間限定のケーキを突っつきながら、だんだん身体が暑くなってきた。
「……ゆ、ゆうくん」
「ん?」
「……食べる……?」
「え、んーん。薫さんモモ好きでしょ」
「うん……」
「雨やばいねー」
「……かえ、あの、帰る……?」
「んー」
どおしよっかなー。なんでもないようにそう重ねた悠くんは、こっちを見たままだった。

次の日の朝。悠くんは夕方からバイトで、私は休み。結局あの後、雨すげーから泊まってってもいい?とすんなり聞かれて、お風呂にいい匂いの入浴剤入れて、流石に一緒には入らなかったんだけど、いつも一人で寝てるベッドに二人で寝た。すごいドキドキしたけど、悠くんは、せまいねえ、と笑ったのを最後にすとんと寝てしまった。会うまでバイトだったらしいし、疲れてたんだろう。ほんのちょっとの申し訳なさと、気を許し切った寝顔を可愛く思う気持ち。前にも泊まってもらったことはあるから、寝る時用に服を一揃い置いておいたのは我ながらファインプレーだった。夜のうちに洗濯も脱水も乾燥も済んだ服に着替えた悠くんが、朝ご飯を食べながらこっちを見ている。
「足りない?まだたまごあるよ」
「へーき。ありがとう」
「そう……?」
「……やっぱ食べてもいい?」
「うん」
そんな申し訳なそうな顔しなくても。自分の分には多かったスクランブルエッグを悠くんのお皿に分ければ、にっこにこでお礼を言われた。座るなら正面。なんとなく、どう考えても見られているのにそうできなくて、お皿を置いたままうろうろして、でもやることが見つからなくて座った。
「い、いただきます」
「薫さん毎朝こんなすげーご飯食べてんの?いいなあ」
「えっ、すごいかな……パンと卵とスープだけど……」
「朝から作んのがすごい。俺は朝は冷食」
「悠くんち、自炊する道具ないもんね……」
「ん、でもねえ、パン焼くやつ買うんだ」
「トースター?」
「あったかいパンてうまいね」
あ、うちで今食べてそう思ったから、買ってくれるんだ。ちょっと嬉しい。食パンにハムとかベーコン乗せてスライスチーズ乗せて焼くとなんちゃってホットサンドが作れて美味しいよ、と付け足すと、目を丸くしてキラキラした顔を向けてくるから、つい笑った。スープだって、適当に有り合わせの余った野菜を煮ただけなのに、おいしいおいしいって食べてくれる。なに食べても喜んでくれると、作り甲斐もあるわけで。
朝ご飯を食べ終わって。悠くんのバイトが今日は夕方からだから、それまでどっか行く?みたいな話になって、でも遠出は面倒だなって二人で話が合ったりとか、お買い物するなら俺荷物持ちしようかって言われたりとか、二週間ぐらい前に駅の反対側に雰囲気のいいカフェができて気になってるけどまだ行けてないとか。それでとりあえずどっか行ってお昼ご飯食べようって話になったから、準備してる、んだけど。
「……………」
「……………」
「……ん?」
「……ううん……」
めっちゃ見てる。いや、悠くんには準備とかないんだし、持ってきたものを持って出るだけだから、私がメイクしたり服用意したり髪の毛まとめたりしてる間暇だっていうのは分かる。分かるけどやっぱ恥ずかしい。流石に着替えは脱衣所でしたけれど、メイクするのはドレッサーの前がいいからここがいい。手を止めた私を見て、不思議そうに首を傾げた悠くんに、意を決して声をかける。
「あ、あの、暇だよね?テレビとか見ててもいいよ、私のこと見てなくても……よく見ててくれるけど、私そんなに見てても楽しくないし……」
「えっ?」
「あっ、ううん、ごめんね、急ぐから」
「……うん……」
「……?」
含みのある「うん」に、机に肘をついた手で自分の口元を覆った悠くんを見ると、さっきまではあんなにこっちを見ていたのに、目が合わなかった。なんで。私なにか気にするようなこと言ったかな、と思いながらドレッサーの前で支度をして、鏡越しに見えた悠くんが真っ赤だったので振り向いた。
「えっ!?」
「……えっ……とお……」
「ど、どうしたの」
「……や……こっちの話なんで……」
見ないで…と顔全部を手で覆ってしまった。そういうわけには。でもどうしていいのかわからずに固まっていると、指の隙間からこっちを覗いた悠くんが口を開く。
「……最近薫さんおかしーなと思ってて……」
「うん」
「……俺……ずっと俺が見てたからおかしかったの……?自分で薫さんのことそんな見てた気持ちなかったんだけど……」
「あっ、あー、自覚なかった……?」
「……………」
無言のまま首を縦に振られて、そっか…と小さく呟く。気づかせてしまったのはちょっと、申し訳ないというかなんというか。
最後に悠くんがこぼした言葉で、二人とも黙り込んでしまったのだけは許してほしい。
「……だって薫さんがかわいいから悪い……」
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