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台詞


「……………」
「ずれてる」
「……いや知っとる……」
「ななせ。早い」
「はいっ」
「いづるはうるさい。もう少し合わせようとしてくれ」
「……んー……」
ヒノキが言ってることが分からないわけじゃないんだけど。納得がいかない、というか、それだけじゃない気がする、というか。
新しい曲できたから練習しようと思ったんだけど、なんか合わない。それぞれに練習はした、完璧ではないかもしれないがミスが目立ったわけじゃない。サビで俺が頭一つ出てたのもそうだし、ナナセが走ってたのもそう。じゃあ次合わせたら改善できるのかと言われると、そううまく行く気もしない。そもそも何かが根本的にずれている感じがする。だからどちらかと言うとヒノキに合わせてほしいところもなくはないのだが、いちいち全部説明するのもまた面倒くさい。一応挙手すると、眉根を寄せてタブレットを見ていたヒノキがこっちを向いた。苦虫を噛み潰した顔ってああいう顔なんだろうな。
「……お前が……もう少し元気いっぱいになるとかはできない感じ……?」
「なぜ」
「なんとなく」
「そうか。やってみよう」
「うん……ナナセもっかい」
「はあい」
やってみたけどやっぱりなんか違った。ヒノキも不満げな顔を崩さないままこっちを見ているので、いや俺が悪かったわけではなくない…?と注釈を入れておいた。ヒノキの顔だけ見てると俺が完全に悪者だからね。ちゃんと※まで読んでほしい。
「なーんかちっがうんだよなあ……」
「この辺いじるか」
「うーん……サビ前俺が変え……待って……」
「気になることは全部やってみた方がいい。しっくり来るかもしれない」
「うん。いいんだけどヒノキの飽くなき探究心に付き合ってると普通の人間は疲れるわけ。分かる?」
「ななせに合わせてみるのはどうだろう」
「げえー!やだこいつ調子乗ると早くなんだもん絶対嫌」
「ゔ」
「ナナセはヒノキの音ちゃんと聞いて絶対走んないでミスんないで。多分ベースラインは変えないから」
「変えないならもっと目立たせるとか。ソロ入れるとか、入りがベースメインも際立っていいんじゃないか」
「嫌」
「お前の嫌とか良いとかじゃないだろ」
「俺が作った曲なんだから俺の嫌とか良いとかだろうが!」
「お前が作ったこのバンドの曲だ」
「うっさい!ちょっと考えるからどっか行ってろメガネロボ」
「イントロからなんか足りない。お前がでしゃばらないでもう少し大人しくしたらどうだ」
「ねえ聞いてた!?ちょっと考えるっつってんの!」
「この辺で思いっきり入ってきた方が引き込まれる感じがする。やってみろ」
「やんねえから!俺イントロのギター好きだから絶対変えないし今考えるっつってんのに耳ねえのかクソボケ!」
「あとは」
「ねえナナセこいつ引き取って!?」
「はあい。ヒノキさん一緒に買い出し行きましょ」
「腹減ってない」
「お腹空く前に買いに行くんですよ、先輩なに食べたいですか?」
「なにも食べたくない」
「ウイダーでいい。持ってきたから」
「駅前にマックありますよマック!」

あんまりまとまらないまま数日経った。ちゃんと考えてはいる。なんなら練習もしてるし、ナナセは走りやすかったけど大分リズムキープできるようになった。ヒノキもなんかいろいろ言ってるけど、あいつの言うこと聞くとなんか全体的に固くなるんだよな。まあロボだから仕方ない。人間の心に語りかける音楽は作れないのである。だからやっぱ俺がやらないと、とは思うんだけど。
「ダル」
「今日寒いですねえ」
「風邪引いたかも。熱ある。頭痛い」
「あ!さっきあったかいゆずレモン買いましたよっ、はい!」
「ココア買ってくる」
「こっちのが喉にいいのにー……」
残念そうなナナセの声を聞くより先に、与えられた控室を出た。ゆずレモンのペットボトルとか飲んだことない。ああいうのが風邪に効くとかいうのは迷信ではないだろうか。薬飲んで寝た方が早いに決まっている。
世話になってるライブハウスとの打ち合わせだから、蹴るわけにはいかない。ただダルい。今すぐ帰りたい。新曲もっと練りたいからとか言って帰れねえかな。無理だろうなめんどくせえな、と思いながら暗くて細い従業員通路を抜けて、裏口から外に出た。ヒノキもいないし、コンビニ行ってこようかな。無駄に重い扉を押し開けて外に出ると、人にぶつかった。
「いって」
「……前見ろ」
「は?やなもん見た最悪……なんでいんだよストーカーか……?」
煙草をぶら下げている赤い頭に、マジでクソ最悪だな…と漏らせば、鼻を鳴らされた。でかいし邪魔だしこんなところにいるなよ。別に喫煙所じゃねえぞ。なんか確かにそういえば、イベントのリストにバンド名があったような気もする。でも別日じゃなかったっけとか、いろいろ考えそうになって思考を放棄した。こいつらに裂く脳のリソースはない。何かの何らかで、とっても不運なことに今日バッティングしてしまっただけだ。可哀想な俺。無視して通り過ぎるに限る。関わると脳が腐るので。
「おい」
「話しかけてくんなよ空気読めよ〜〜〜慈悲で無視してやってんじゃん分かんねえの?友達いなそうだもんな分かんねえよな」
「日野に聞かれたんだけど」
「俺に話しかけてんの?煙草に話しかけてんの?このまま俺が無視してコンビニ行ったらお前ここで独り言言い続けんの?ウケるからやっていい?」
「は?」
「い″っ……!」
ぱかん、と音がして、頭が揺れた。こいつ殴りやがった。殴りやがった!グーで!人の頭を!信じらんない。ふざけるなよ。やり返そうとしたら殴った手で頭を押さえつけられて空振ったのもムカつく。あとこっち見ないのも。話す人の方に顔向けるのが普通だって親に教わらなかったのかよ。壁見ながら喋ってたらそれはもう独り言だろうが。それともお前には俺が煙草に見えてるのか?眼科に行け。それか死ね。イライラしてたら、頭を押さえていた手がそのまま握られて、髪の毛をぐっと掴まれた。
「いてえ!それはダメだろうがハゲる!人心理解度でヒノキの下を行くな!」
「話を聞くつもりがないからだろうが」
「話聞くつもりなかったら人の髪鷲掴みにしていいのか!?法律でそう決まってんだな!?そうじゃなければお前今俺が訴えたら勝てるからな傷害罪とかで」
「じゃあ黙っててもらえるように考えるしかないか……」
ぐ、と寄ってきた声に、キモい!と悲鳴が漏れた。なんで俺裏口から出ようとか思っちゃったんだろ。もう少し遅い時間ならまだしも、人通りなんて無いに等しい。俺だって、多分こいつだって、打ち合わせのために呼ばれてるだけだから。しかも掴む力すげえ強いし。なに?人体を何だと思ってる?マジでふざけないでほしいし慰謝料をちゃんと払ってほしい。足を思いっきり踏んだのに無視された。
「ちぐはぐでうまくいかないって、日野がぼやいてた。どうしたらいいか聞かれたけど、お前のせいだよな」
「えっ突然ヒノキの肩持つんですか!?気があるんですか!?やめてください気色悪い!」
「曲を作った側の意図とか構成の理由とか、そういうのが伝わってないのは、作曲したお前のせい。普通は伝わるようにするんだよ、お友達ごっこで適当に組んでるバンドでも」
それ、は。なんとなく、思ってたことだった。今回あまりに思った通りに行かなくて、じゃあ自分がこの曲に込めた思いとか、どういうイメージなのかとか、そういう一番根っこのところを説明したらいいのかなって。そこを共有できたら、要は同じものが見えている訳だから、もっと良くなるのかなとか考えたこともあった。でもなんかかっこつかなくてやめた。そんなことしたことないし、しなくても分かってもらえたし。自分から語ったこともあったけど、そういうことをする気にはなれなかった。半ば意地だったのかもしれない。こいつらなら分かってくれるだろう、と。その真ん中を射抜かれて、言葉が詰まったのは事実だった。黙った俺に、図星を突いたらしいと性格の悪い笑顔を浮かべた男が真顔に戻って、まあ、と髪を掴んでいた手を離した。
「俺はしたことないけど。そもそも理解してもらえるとも思ってないし、自分のこだわりをアピールすることが演奏に響くとも思えない。馬鹿は良く言えば感覚派だろ。説明するだけ時間の無駄」
お前らには真似するのは無理だろうけど。そう対外的な上っ面の笑顔を浮かべたきり、重い扉が開いて、閉まる音がした。

「先輩おかえりなさ……あれ、外そんな風強かったでしたっけ」
「あ?」
「機嫌悪……なんで髪の毛ぼさぼさなんですか?」
「うるせ馬鹿」
「ココアは?」
「黙れ青もじゃ」

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