このサイトは1ヶ月 (30日) 以上ログインされていません。 サイト管理者の方はこちらからログインすると、この広告を消すことができます。

台詞



俺は寝たら起きない。自負もあるし、みんなからもそう思われてる。まあ確かにそうだし、外から起こされて起きることってあんまない。だから寝てる間に結構、みかん積まれたりペン立てられたり、顔に落書きは流石にされたことないけど、でもそういうことされても起きないってことだ。肌寒かったらかけるのにその辺にあるりっちゃんのジャケットとかボーカルくんのパーカーとか借りるけど、寝てるとどう頑張っても取れないらしい。引っ張られようが叩かれようが蹴られようが起きない。何されてても、自分が目覚めるタイミングじゃないと絶対起きない。自信がある。ただそれは、ちゃんと寝てたら、の話だ。
「……………」
目ぇ閉じてても意識はある時はある。普通そうでしょ。眠たいなってうとうとしてる時とか、夜中ふと目が覚めちゃった時とか。誰にでもあると思うんだけど、そういうこと。俺にだってあるわけで、それが今だったのだ。
うちにりっちゃんが来た時間がそもそも夜ご飯の後とかで、それからシャワー浴びて寝たのだって遅かった。うちには布団なんて一つしかないから、寒いだの敷布団が薄いだの文句を言われながら、だったら帰ればいいじゃんか、を最後に寝落ちた。もう終電ないけど。それでふっと目が覚めたら、暗がりの中でりっちゃんがこっちを見ていた。多分。暗いからよく見えないけど、体も起きててこっち向いてるっぽかったから、多分そう。薄く開けた目は眠気に負けてすぐ閉じて、もう開けられなかった。
「……………」
しばらく経った。なにしてんだろ。見えないなりに、りっちゃんが座ってるのは分かるし、視線は感じる。寝ぼけてるんだろうか。なんだろうなあ、と思いながらうとうとして、耳元でがさりと鳴った布が擦れる音に指先がぴくりと震えた。起きてるってバレてる?でもじゃあなんでなんも言わないんだろ。寝ぼけた頭が少し覚醒して、再び薄目を開ける。
「……………」
やっぱこっち見てる。なんだろ。起きてるのがバレないように窺ってはいるけれど、目的が分からないので怖い。そう思ってたら、ぬっと手が伸びてきて、顔にかかっていた俺の髪を払って、頬にぺたりとつけられた。びく!ってならなかったのを褒めて欲しい。殴られんのかと思った。頬に添えられている手は少しひんやりしていて、汗ばんでいるとかいうこともなく、いつも通りにすこしかさついた大きな手だった。りっちゃんの手だ。他の人の手だったら怖い。しばらく頬に引っ付いていた手がゆっくり離れて、指を伝わせたままそっと降りていく。胸元まで辿り着いた手が、またぺったりと引っ付いて、大人しくなった。生死確認?
「……………」
黙ったままそうしていたりっちゃんが、ふっと近づいてきたのが分かった。すん、と鼻を啜る音が少し近くでする。ぼんやりと感じる体温が近づいた気がした。俺の目がとっくのとうに開いていることには気づいていないんだろうか。薄目しか開けてないし、普段から目ぇ開けろとか寝てんのかとか言われるから、気づいてない説はある。よーく見たら分かるはずだもん。俺から見てりっちゃんの目がこっち向いてるの見えてるんだし。時計が見えないからどれぐらい経ったのかは分からないけど、割としてから、りっちゃんの手は離れてすとんと横になった。なんだったんだ。動かなかった間に何回か眠たくなっちゃったじゃんか。

っていうことが、半年ぐらい前から、ちょくちょくある。俺が起きてるタイミングがちょっとしかないだけで、もしかしたら毎回やってるのかもしれん。あの生存確認。ふっと気づいたのは胸に手を当てられている時で、少し暖かくなった手を、何の気無しに抱えてしまったのだ。寝ぼけていた。完全に。びくりと強張って固まった手に、ようやくはっきりと意識が戻ってきて、目を開ける。
「……………」
「……………」
いやなんか言えよ。無言のままそっと手を抜き去られて、こちらからも特に何も言うことはないので沈黙が流れる。相手の顔がギリギリ見えるかどうかの暗闇の中。こっちを見ながら、ゆっくり後ろに下がって、最終的に横たわろうとしたりっちゃんに掴み掛かった。
「ねえちょっと!」
「うるさい。俺は寝る」
「なんなの?説明してよ」
「なにがだよ」
「なんで寝てる俺のこと触るの?」
「……………」
「今だけじゃないの知ってるからね」
「……………」
めんっどくせ〜…とでも言いたげな顔でこっちを見てくるが、現行犯を捕まえてしまったら流石に理由が気になるじゃないか。別にないならないでいい。もやもやするってだけだ。無かったことにはしない方がいいと思って。掴んだ服を離さないままそう告げれば、深く溜息をついたりっちゃんが手を伸ばしてきた。
「?」
「……疲れさせてから寝てるの見ると、ちゃんと息してるか不安になる。人殺しにはなりたくない」
「ぁだっ」
「それだけの理由だよ」
「いったあ……」
ばちん、とデコピンされて、手を離す。は?やりすぎてる自覚あるってこと?じゃあ俺にちょっかいかけるのやめてほしいんですけど。泊まりに来るたびご利用くださいやがって、そういう店に行けよ。そう思わなくもなかったが、それを言うと、満更でもないくせにとか困るのはお前だとか言い返されるので、黙った。
なんとなく、さっきの言葉の中に嘘と本当が半分ずつなのは分かったし。

6/13ページ