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台詞




「どらひゃんはふひはへはいひゃん」
「食ってから喋れよ汚ねえな」
「うん」
差し入れのシュークリームを頬張っていたボーカルくんが食べながら喋りだしたので、りっちゃんが嫌そうな顔をしている。いいじゃんか別に、口から出たわけじゃないし。まあなにゆってるかは全然わかんなかったけど。もうとっくの前にシュークリームを食べ終わったりっちゃんは、暇そうにスマホをいじっている。ベースくんは飲み物取りに行った。俺はシュークリームを食べ終わったけどクリームが手にこぼれてついてしまったのでどうしていいやら困っているところである。誰かおしぼりとか持ってきてくれないかな。もごもごと食べ終わったボーカルくんが、さっきのを無かったことにして口を開いた。
「どらちゃんて口でかいじゃん」
「嘘。そんなわけない」
「いやでかいじゃん。なんで信じられないみたいな顔すんの」
「小顔を売りにしてるから」
「顔の割に口がでかいじゃん」
「普通」
「でっかいよ!バケモンぐらい」
「ストレートすぎるだろ……」
呆れた声を上げたりっちゃんがスマホから顔を上げた。手持ち無沙汰に汚れた手をそのままにしている俺を見て、「?」と不思議そうな目をしたけれど、無視された。えー、困ってんのに気づいてよ。ボーカルくんは絶対気づいてくんないし。
「シュークリーム何口で終わった?」
「……15」
「絶対嘘」
「24」
「それなんの数?時間?」
「今の彼女の人数」
「病気だよ。病院行きなよ」
「みんな俺のことを大好きで困っちゃうんだよな……」
「病気」
「うるさい黙れ馬鹿」
「心配。どらちゃんいつ手術するのかな」
「しない。痛いのは嫌いだから」
「かわいそう」
どこの手術をする想定なのか聞きたかったけどやめておいた。ボーカルくんがあまりにも悲しげな顔をしているので。りっちゃんが不満げな顔のままなのがおもしろい。
「シュークリーム3口ぐらいでしょ」
「そんなもんだろ」
「いや無理だって。俺食べながら自分の食べる口数えたの。10口だった」
「ちまちま食べすぎ」
「どらちゃんが口でかいんだって。しかもなんでそんな頬張ってクリームこぼさないの?」
「口の中にちゃんと入れてるから」
「俺だって口には入れてるよ。でもお尻からクリーム出てくるでしょ」
「え?病気?」
「普通」
「ふうん」
「ねえ興味なくなんないで〜〜〜」
ばしばし、机を叩いたボーカルくんが突っ伏したままこっちを見る。ぎたちゃんもお尻からクリーム出るよねえ?と聞かれたけれど、俺はそんな特異体質ではないので首を横に振っておいた。俺だけかよお!っておでこを机に打ったボーカルくんは、懲りずにりっちゃんに話しかけ出した。
「ねえ暇。おもしろいこと言ってよ」
「お前なに人に指図してるんだ?低脳のくせに人様と対等に口が利けると思うなよ。自分に人権なんて高尚なものが存在すると思ってるなら今すぐ脳の病院に行け」
「歪んでる……」
「人のこと蔑めてる時が一番面白い」
「だからそれが歪んでるよ、お花とか見て心綺麗にして」
「俺がお花みたいなもんだから」
「大丈夫?疲れてる?」
「うふふ」
「うわキモ」
「今日はゆっくり寝てね」
「今キモっつった?」
「え?言ってないよ」
やべ。バレた。俺は喋らない人になろうと思ったのに。なんでかって言うと、ボーカルくんとりっちゃんが喋ってる時は首を突っ込むよりただ流し聞きしていた方が楽だし面白いからである。今りっちゃん機嫌良いし。じっと見られているのが分かったので、目を逸らしたまま無視していたら、諦めたっぽかった。
「べーやん遅いねえ」
「腹でも壊したんじゃないか」
「迷子になってるのかも」
「ボーカルくんじゃあるまいし」
「連絡しよ。べー、や、ん、だい、じょ、ぶ」
「早く帰ってこいカスって言っといて」
「は、やく、かえって、こ、い、か、す」
ボーカルくんはりっちゃんに言われた通りのことを打ち込んで連絡してくることが多々あるけれど、そもそも唐突に口が悪くなる上、どこからどう見てもあーこれりっちゃんゆったやつだなーって分かる。ボーカルくんから特に「これ俺じゃないから!」とかもないんだけど、ベースくんも分かってるのでなんにも思わないと思う。あ、どうだろ、ボーカルくんを怒らしたとかは思ってないけど、りっちゃんをキレさせたとは思って怯えてるかもしれん。まあどこまで行っちゃったか分かんないし、今なにしてるかも分かんないんだけど。
「んねえ」
「今ささくれ綺麗にとるので忙しいから話しかけないで」
「このシュークリームさあ、白い、あのー、生クリーム?と、黄色いクリーム入ってておいしかったね」
「俺のは生クリームといちごだった」
「は!?先に言えよ!?そんなんあんの!?」
「書いてあったろ。袋に」
「俺もいちごたべたかった!」
「なんでそんな果物好きアピールすんの?モテたいから?」
「好きだからだよ!?」
「じゃあベースくんの貰えばいいじゃん。あと一つ残ってんのがそうだよ」
「……ぐう……!」
「黙っときゃばれないって。ていうかあいつどうせ食わないだろ。いつも胃ぶっ壊れてんだから」
「悪魔の囁きやめて!」
「あー、なんなら俺が半分罪を背負ってやってもいい。唆したのも俺だってことにして、ボーカルくんはなにも知らずに半分貰って食べただけってことにすればいい」
「やめろお!」
「食いたいんだろ?我慢しなくていいんだよ。ベースくんも許してくれるって。優しいんだから」
ボーカルくんが耳を塞いでいる。なんでこう嫌なことばっかり思いつくし言えるんだろうな。義務教育受けてないのかな。あるじゃん、道徳の時間、みたいなやつ。あれがりっちゃんだけなかったのかもしれん。機嫌が良くなれば良くなるほど性格や言葉が悪くなるのもきっとそのせい。だからSNSでちょっと検索するだけでうんざりするほどアンチが引っこ抜けるんだぞ。口に出さないのをいいことに、頭の中で好き放題言っているうちに、扉が開いてベースくんが顔を出した。
「い、いま、戻りました」
「あ、べーやん。どらちゃんがべーやんのシュークリーム食えって言ってたよ」
「黙っときゃバレないだろうがよ」
「えっ、い、いいよ、食べても……」
「ダメだよ!せめて一口だけちょうだい」
「貰うんじゃねえか」
「俺今食べないから……あっ、ギターくん、はい」
待たせてごめんね、と手渡されたのは袋に入ったウェットティッシュで、思わずベースくんに向かって手を合わせた。やっぱ求められんのはこういう人なわけ。いる?とすら聞かれなかったもん。必要になるだろうなとちゃんと考えて優しさから自主的に動いてくれる、そういう力がこれからの世の中に必要になっていくんだと思うんですよね。
「甘やかすな」
「え?ぎたちゃん困ってたの?言ってよ!」
「自分でなんとかしたらいいだろ」
「りっちゃんのことは嫌いです」
「は?」


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