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かなちゃんとすーくん





「……カナちゃん?」
連絡して、返事がなかったから来たんだけど、電気は付いてるから中にはいると思う。インターホンを押したけれど、応答はない。玄関扉が薄いのは知っているし、外を歩いている人の足音くらいは聞こえているはずだ。それが家の前で止まったことも、あたしの声も。
開けてよ、と言うほど烏滸がましくなるつもりはなかった。我妻さんが亡くなって、少なからず傷ついているだろうし、あたしにはカナちゃんの悲しみを丸ごと理解することはできない。ショックだろうなとか、辛いだろうなとか、全部推測でしかないのだ。そんな上っ面な言葉じゃ、かけない方がいいと思う。なんて言ったらいいか分からないなら、なにも言わない方がマシだ。傷を掘り返すことも、下手な詮索をすることも、したくなかった。でもせめて、連絡もないんじゃ心配だから、なにか美味しいものとか好きなものぐらいは食べてほしくて、持ってきた。それももしかしたら余計なお世話かもしれないけれど、こうやって来ることすら邪魔になっているかもしれないけれど、ただ家にいることはできなかった。ただの押し付けだ。動きたかったのはあたしのわがままであって、今回に限っては完全に一ミリたりともカナちゃんから求められてなんかいない。玄関扉の向こうから、音はしない。聞いていなくても構わないからと、口を開いた。
「あのね、ご飯作ってきた。カナちゃんが好きな塩焼きそばと、ロールキャベツと、チーズの春巻き。ドアにかけとくから、いらなかったらこのまま置いといて。あたし明日の朝取りに来て、ちゃんと食べるから。保冷剤つけてるから腐んないと思うし、でもカナちゃん食べたかったら全然、冷蔵庫で何日かは保つから、食べてね。お腹空いてると疲れちゃうから、っ」
がたん、とドアノブが鳴った。聞こえてる。扉を隔てた向こうにいる。声が詰まって、突然何を言えばいいのか分からなくなって、でもあたしが黙ってたんじゃきっとカナちゃんは困ると思って、あのね、ととりあえず繋いだ。その後の言葉は出なかった。
ただ扉を開けて、カナちゃんの顔を見てあたしが安心したいだけなら、絶対にここを開けてもらえる100%の単語が一つだけある。好きだと言ってしまえばいいのだ。友愛だということをわざとぼかして、好き、とだけ告げてしまえばいい。嘘はついてない。優しいカナちゃんなら、後から「友達として」と付け足したところで怒りやしないだろう。ただ、それがキラーカードだって、あたしはよく分かっている。それを切ったら終わるということも。だって今までずっと、それに振り回されてきた。その一言がどれだけ相手を揺さぶるのか、突き通して戻れなくなるのか、あたしは知ってる。
カナちゃんは優しいから、いつだって人のことを思いやっているから、人とずれたあたしのことを最初からずっと気にしているから。触れないようにされていたのも知っていたし、何かの踏ん切りがついてぽつぽつと聞いてくるようにもなったし、けど茶化したり誤魔化したりはしない。あたしが寂しがったりとか嫌な思いをしたりとか、そういうのを本当に心の底から嫌がっているんだろうなあっていうのが、目線の端から伝わってくる。そんなカナちゃんを騙したいなら、たった一言、「好きだよ」と口に出せばいい。一も二もなく扉を開けてくれるだろうし、部屋の中にだって入れる。ただ、今までの時間とこの先の全てが終わるだろうけれど。
あたしは臆病者だから、カナちゃんの安全を確認するために、そのカードを切れない。ここで扉を開けずに帰って、その後でカナちゃんに何かあったら、どうしようもなく後悔することなんかわかっているのに。想像しただけで怖いのに、そうはできない。頭が良くないから、他の言葉で扉を開けてもらう術を知らない。何も言えずに黙り込むあたしに、やっぱり優しいカナちゃんが扉に手をついたような音がした。
「……すー」
「、カナちゃん」
「ありがとう」
「……どう、いたしまして……」
「……泣いてんの?」
「泣いてない……」
「ごめん」
ああ、謝らせてしまった。ごめんなさい。扉越しにこもった、少し枯れた声。何もできないあたしみたいなやつにも、カナちゃんは優しい。こんな優しい人の側にいて、どうして死んでしまったんだろう。きっと親身になって話を聞いてくれたのに。あたしには彼の気持ちは分からないけれど。
また来るね、を扉越しに告げて家に帰る途中、連絡が来た。おいしいって。ありがとうって。いつもは直接言われるそれに、嬉しそうな笑顔がフラッシュバックして、足を止めた。
もしもここであたしがカナちゃんのところに戻ったら、扉を開けてくれる?

次の日。「来て」「お願い」「早く」と立て続けにきたメッセージにすっ飛んで行ったら、頭ボサボサで家着のカナちゃんが、ぱりぱりとお腹を掻きながら出てきた。
「腹減った」
「……は?」
「全部食べちゃった。昨日の」
「はあ!?あんなにあったのに!?」
「そう。配分ミスった」
「バカじゃないの!?」
「お腹空いてた」
「もう!」
「はは」




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