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花桃



「なにみてんのお」
「ん」
「ねえみゅんたあ」
「んふふ。構って欲しいの」
「うんー」
「かあわいっ」
あたしは割と独り占めしたい方だったらしい。みゅんたの方がべたべたするのが当たり前だったのだけれど、みゅんたが一人でなんかやってると気になってこっちからも行くようになってしまった。外でいちゃつくのはやっぱりだめだけど、二人だけの部屋の中ではこっちを見てて欲しい。みゅんたがこっち見てくれるのが当たり前で、それに慣らされてしまったのかも。もうこの子以外とは付き合えない。そうやってみゅんたに言ったら多分、あの嬉しそうな顔でにんまりするんだろう。みゅんたがいじってるスマホを覗くように後ろから抱きついたあたしに腕が絡んで、よしゃよしゃ!と頭を撫でられながら、うん…と一人頷いた。
「人気って出てきたMVです」
「あ。横峯くんたちのとこのじゃん」
「……………」
「かっこいー。ね、ねっ、今のところかっこいかったよね」
「……………」
「あー。とめないでよお」
「……………」
すげえ嫌そうな顔するじゃん。停止されたついでに画面の電源まで落とされて、じいっとこっちを見られた。あたしが積極的に横峯くんを褒めたから嫉妬したらしい。わかりやすくていいことだ。
みゅんたは、あたしが好みそうな男の子に対してちゃんと敵意を剥き出しにするし、あたしが過去好きだった相手、例として分かりやすいのは横峯くんなんだけど、そういう人に向かっては当然のように不機嫌になる。でも別に本人のことが嫌いなわけではないので、一緒に仕事をした話とかをすると目をキラキラさせて聞いてくれるし、会ってみたいなあ〜って言う。なんでそこが両立するのかは全く分からない。「あたしに好かれていた」という一点に対して嫌悪感を抱いているだけなのだろう。ギターかっこいかったね?ともう一度聞けば、うんそれはそう…と低く返ってきたのがいい証拠だ。
ちなみに、カナちゃんのことは全く意に介していない。隠しておくのも嘘をつくみたいで嫌だなと思って最初のうちに話したんだけど、きょとんとした顔で「……え?あ、はい……カナちゃん?さんと、仲良しなんですね!」って全く気にしてない様子だった。気にしてないふりしてるんだったらと思って何回も何回も聞いたんだけど、マジでこれっぽっちも気にしていなさそうなので、あたしからの好意があるかどうかしか興味がないんだと思う。カナちゃんのこと別に好きじゃないもんね。お世話はするけど。
「みゅんたはかあわいいねえ」
「もちたさんだって、おれのこと好きそうな人とかが出てきたらおれの気持ちが分かります」
「えー?そんな人いないんでしょ?」
「いませんけど!」



誰だあいつは。
「……………」
みゅんたの家に来るのに、最近は連絡しない。合鍵もらったし、もしみゅんたが帰ってなかったらおかえりって言えるのも嬉しいし、もし家にいたらおかえりって言ってもらえるのも嬉しいから。だから今日はお土産におっきいシュークリーム買って、びっくりさせちゃおーって思って家に向かったら、みゅんたの家の前に知らない男がいた。ちょうどインターホンを押したらしいその男に、今日は家にいたらしいみゅんたが出てきて、にこにこしながら家に招き入れる。背の高い、筋肉質な感じで髪が短くて、アクセサリーだらけで、男らしいっていうかちゃらついてるっていうか、いやあたしも人のこと言えないんだけど、でもあっちのが軽薄そうじゃない!?あたしのが真面目っぽくない!?いや頭ピンクだし今日はカラコン黄色いから真面目ではないけど、でもあれよりよくない!?一人歯噛みしながらじわじわと玄関扉に近づき、インターホンを押そうかどうか迷って、結構な時間迷って、扉に耳をつけた。この家はどこもかしこも壁が薄い。会話の内容までは聞こえないけれど、楽しそうな談笑の声は聞こえる。腹の底でなにかどろどろしたものが煮え繰り返っているようだった。しばらくそうして扉にひっついて、シュークリームの袋を掴んでいる自分の手が真っ白になっているのに気づいた時に、もうだめだった。何かが切れた音がした。
「おじゃましますみゅんた今からデート行こっかデート!」
「はぇ?」
自分でも何を言っているのかはよく分からなかった。とりあえず合鍵が壊れるんじゃないかって勢いで差し込んで捻って扉を開けて、靴なんか多分一足は外に転がってるんだろうなと頭の隅で思う。ずかずか入った部屋の中、きょとんとしているみゅんたの腕を引っ張り上げて、対面に座っていた男を睨む。目を丸くしている男に、叩きつけるみたいにシュークリームの袋を突き出した。
「はいどうぞ!」
「あ、えっ?ありがとうございます……」
「みゅんた行くよ!」
「もちたさん?ぁえ、いたい、あの、いたた」
「立ってよお!なに!?この人と喋るのそんっなに楽しい!?」
「たの、楽しいですよ、みゆうくん……」
「は!?」
「二年半ぶりに帰国したんです、みゆうくん、あの、おれの親戚の」
「お久しぶりです淵田さん!うわーぜんっぜん変わってない!」
「……ふぇ?」

「大変申し訳ないことをして」
「いやいやいや」
「どうお詫び申し上げてよいのか」
「いやいやいや!顔あげてくださいって!俺も会えて嬉しいんすから!」
顔なんて上げられるわけがない。土下座したまま震えるあたしに、にへにへ笑って上機嫌のみゅんたがひっついている。まあ見た目はだいぶ変わっている、そもそも数年来で外国を飛び回って仕事をしているらしい。それで瞬時に判別をつけろと言う方が難しいんだから、高校の同窓会は誰だお前っつって追い出されましたよ!と本人が熱く語ってくれたが、それはあたしが謝らない理由にはならない。仮にもお付き合いさせていただいている身分で、年下のみゅんたを誑かしている分際で、親族の方に取る態度ではない。頭に血が登って狂っていた。あたしがブチ切れていたことになぜか喜んでいるみゅんたは、丸くなって動かないあたしにぎゅうっとくっつきながら、きゃっきゃと嬉しそうな声をあげている。やめてくれ。離して。もう帰らせて。
「びっくりはしましたけど、話には聞いてたんで!太一が淵田さんのこと捕まえたって」
「みゆうくん言い方!」
「あー、そう、付き合ってるって!全部聞いてます!」
「……ぜ……全部……?」
「はい、全部!」
「え?もちたさん、おれ親にも言ってるよ。帰省した時写真とかも見せたし。今度連れといでって言われてるよ」
「………………」
「淵田さん?」
「もちたさん?」
「……………」
「帰ろうとしないのー」
「……ゆ……許して……」
「許しませーん」
意識を失えるなら失いたい。もうあたしが今ここで気絶したところで何も変わらないんだったら意識を無くさせてくれ。
ちなみに。どうして南くんが帰国したかって、みゅんたをスカウトに来たらしかった。本題はこっち!と机を叩いてシュークリームを頬張っている南くんが、みゅんたをまっすぐ見つめながら言った。インディーズのゲーム会社に所属しているらしい南くんは、世界観に合う音楽を作れる人間が欲しくて、みゅんたが作曲できることを知っていて、なにかしらの望みをかけて声をかけに来たそうだ。バイトのつもりでいいから!と熱弁する南くんに、みゅんたは乗り気じゃなさそうだった。
「だっておれずっとやってないし……」
「でもお前の作る曲、イメージにぴったりだから!ゲームのデモだけでも見てくれよ、音楽が上手くいかなくて先に進まないんだ」
「うーん……おれ本屋さんだし……」
「本屋さん兼作曲家でいいだろ!」
「んーんん……」
みゅんたがちらりとこっちを見たので、やってみたら?と答えた。あたしも、みゅんたの作る曲好きだから。手伝ってあげるぐらいいいんじゃない。報酬も出そうだし。そう重ねると、みゅんたがぽそりと吐いた。
「……じゃあもちたさんも手伝ってくれますか?」
「ん?うん。いいよ」
「ギター弾いてくれますか?」
「いいよ?あたしでいいなら」
「……………」
「太一。やる?」
「……やるう……」


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