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花桃



「二人だけの呼び方が欲しいです」
「かわいいね〜〜〜太一くんは〜〜〜」
「もう!そうやって誤魔化さないでください!」
「撫でちゃおうねえ」
「んもお!」
だって大体これで誤魔化せるんだもん。怒っているポーズだけ保った太一くんが、あたしに構ってもらえていることで満足して「あのね昨日ね」と全然違う話を始めたので、おばかでちょろくてかわいいな〜と手を握りながらうんうん頷いてあげた。
名前で呼びたいとか言ってた時もあった。でも太一くんのことを太一くんと呼んでいるあたしはさておき、じゃあどうぞとなったらあっちが真っ赤になって固まってしまったので、まあそれはまたいつかね、と先送りになったはずなのだ。関係性を進展させるのに呼び方はそんなに関係ないと思う派なので、太一くんがあたしを苗字で呼んでいることにも別に何も思っていないし。全然違う話をしてすっかり忘れていたらしい太一くんが、はっ!と気づいた顔をしたのはもう夜のことだった。
「ねえ!」
「なあに」
「あだ名で呼び合いましょう」
「えー。太一くんは太一くんだもん」
「そうですけど!」
「そんな急に変えられないよお」
「じゃあおれからの呼び方を変えます。返事してくださいね?ねえ?」
「はいはい」
きっとすぐ忘れて「ふちたさあん」っていうに決まってる。じゃれてくる太一くんの頬を指先でなぞりながら、微笑ましい気持ちで待っていると、うーんなんて呼ぼうかな、と考えていた太一くんがにこにこ笑った。
「おれはもう決めてるんですっ、ももたさんって呼ぼって」
「ふうん」
「……………」
「……え?なに?」
「ねっ」
「……えっ……?」
めっちゃじーって見られてる。なんだ。なんか言いたそうだぞ。にこにこしてるのに目が笑ってない。これはあれだ、なんか怒ってる時のやつだ、と同じように笑顔を返しながら考えて、考えたけど全く思いつかなかったので、ごめんね分かんない、と返せば、肩を落とされた。もおお、なんて呆れた声と共にスマホを操作した太一くんが突き出してきた画面。
「……これ淵田さんですよね?」
「うん?……ゔっ……」
「ねっ。ももたさん」
「………………」
この子結構、性格良くないよな。随分昔に半分自暴自棄な気持ちで登録した、まあ言葉にはしないけどこんなもんで会うんだからまっとうなお付き合いというよりは肉体関係をメインにしてるマッチングアプリ。そんなに使ってないけど、なんでこの中からあたしを探り当てることができるんだ。写真か?プロフィールか?どんな嗅覚だよ。それにマッチングを目的にしてるものなんて、まあ男目当ては数が少ないにしても、いろいろあるといえばある。まあ太一くんならしらみ潰しやるだろうけど。目が笑ってないにっこにこの顔に、一応弁明のつもりで、いや最近登録したとかじゃないしもう使ってないし…と重ねたが、そこは問題ではなさそうだった。
「おれはねえ。悔しいんです。淵田さん、あ、ももたさんが見知らぬ他人に消費された事実が」
「そ、その呼び方やめよう?」
「えーこれからこうやって呼ぶのに」
「それはやめて!?お願いだから!」
「ええー?」
可愛いのにねえ!じゃない。どうやって見つけたの、と震える声で聞けば、そんなもん片っ端から全部見て…ってきょとんとされた。そうだよね。それを苦にしないタイプの人だよね、君は。変なところで脳筋というか、偶然を必然に変えるだけの試行が当たり前というか。そもそもやっていない可能性は考えなかったのだろうか。全部の引き出しを開けて最後の一個にようやく宝物が入ってたとしても、ここで巡り会えたのは運命ですね!ってマジで言ってのけるから、太一くんは。もし何も入ってなかったとしても、運命ですね!って言ってそう。
「ねえふ、ももたさん」
「……………」
「おれねえ、ふち、ももたさんが嫌そうな顔してるのもかわいくて好きですよ」
「なんて性格が悪いんだ……」

それから数日。あだ名が全く馴染まない太一くんなのであった。「ふ、ももたさん」なら良い方で、「ふちたさ、あっ、ももたさん」がほとんど。そんなならもう呼ぶのやめなさいよ。最初は過去ながら出会い系を利用していたことを本当に怒っていてあたしへの当てつけなのかとも思ったけれど、多分そうじゃない。「ももたさん」の響きを気に入ったのだろう。まあ別にいいんだけど。呼び間違えるぐらいなら無理やりそうしなくてもいいじゃない。とか思ってるうちに、数ヶ月が経って、呼び間違えなくなったけど間違った呼び方になった。
「あっもちたさんこれ食べます?」
「うん。一口ちょうだい」
「半分あげますよ」
「んー。そんなにいいかな」
「はいあーんっ」
「……あー……」
気づかないうちに呼び間違いが定着している…もうほんと…この子は…どうしてやろうか本当に…
若干間抜けにはなったが、太一くんがそれでいいなら良しとしよう。ていうかそんな感じならあたしも考えたいな。あだ名。二人だけの呼び方ですね♡って太一くんが喜びそうなやつがいい。誰とも被らなくて、真似されなそうな。なにがいいかなあ。


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