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おはなし




ラジオです。
「『最近小さな失敗が多く、自分のせいではあるのですがへこんでしまいます。ですがみなさんの新曲を聴いて元気が出ました。明日からもめげずに頑張ろうと思います!みなさんは小さな失敗ってありますか?よければ教えていただきたいです。』だとよ」
「はい!」
「はいギターくん」
「こないだ洗濯干して家出たら雨降っちゃってもっかい洗濯回して干して夜寝たらまた雨降っちゃって朝もっかい洗濯回して干して家出たら雨降ったからもっかい」
「待って待ってぎたちゃん」
「天気予報を知らない人?」
「干したまま忘れてまた濡れたのも入れると一週間ぐらい同じやつ干してた」
「お前の家の服全部腐ってそう」
「最後めんどくなってコインランドリー持ってったから平気と思うんだけどなー」
ぎたちゃんが服の袖をくんくんしている。臭かったら言うよ。俺鼻良いし。どちらかというとどらちゃんがマジで嫌そうに椅子ごと引いたほうが嫌だ。
「でも俺も洗濯干しっぱにしちゃって降られたことあるなー。べーやんもあるっしょ?」
「あ、ある」
「りっちゃんは洗濯のやり方知らんしょ」
「は?洗濯ぐらいできる」
「スーツってどうやって洗濯すんの?」
「クリーニングだけど」
「じゃあどらちゃん家でなに洗濯すんの?パンツ?」
「わはは。ウケる」
「俺もしかしてスーツ以外の服着てお前らに会ったことないかも。そこまで親しくないから」
「すーぐ嫌な言い方する……」
ちなみにどらちゃんの家の洗濯機は乾燥機付きらしいので、外に洗濯を干すことはしないそうだ。金持ちが!
ベースくんは毎日失敗だらけだもんな、ってさらりと吐いたどらちゃんに、べーやんが暗い顔をして、はい…って頷いてる。だからいじめないでよ。一瞬でべーやんの周りの空気がズン…って重くなっちゃったじゃん。どらちゃんに向けて腕を、というか服の袖口を近づけては躱されているぎたちゃんが、たとえばあ?と間延びした声で聞いた。
「た、例えば?えっと、え、あ、昨日は、シャンプーした後に間違えてシャンプーしちゃったし……」
「二倍綺麗になったじゃん!ラッキー!」
「ぇあ、そっ、そうかな、ありがとう……」
「お前マジでやめろ、汚い」
「汚くなーい、せんにゅーかんー」
「あと、えと、猫のご飯の蓋が空いてたみたいで、昨日家帰ったら直食べされてた……」
「ねこちゃんもお腹いっぱい食べられて幸せだね!」
「バイキンを擦り付けるな。やめろ。おいやめろクソバカ」
「もうバイキンいないもーん」
「あと昨日、は、お弁当買ったら箸入ってなかったとか、そういう……感じでした……」
「環境に優しい!エコだね!」
「……そ、っかなあ……」
「ベースくん無駄だよ、ボーカルくんのポジティブに勝てるわけない」
「だから俺にそのきったねえ服近づけんなっつってんだろゴミカス」
「だからもうきったなくないっつってんじゃんか、わっかんない人だなあ!うら!」
俺がべーやんを励ましている裏でもちゃもちゃ揉み合うのをやめてほしい。最終的に、ぎたちゃんがどらちゃんに台本で頭スッ叩かれて終わったし。スパーン!ってめちゃくちゃ良い音鳴った。
ていうかべーやんの失敗の中には不運も含んじゃってる気がする。お箸なんかべーやんのせいではないじゃん。でもそうやって言うと「でも俺が気づいた時にくださいって言えば済んだ話だから…」ってしょんぼりするんだろうな。全部自分のせいにしないほうがいいと思うよ。どらちゃんなんか見なよ。全部人のせいだよ。俺にそう思われてるのに気づいたのか、どらちゃんがこっちを見たのでびくってなった。
「ボーカルくんは?失敗なんかないの?」
「え、失敗?うーん、あんま……あ!」
「あったぽいぞ」
「こないだぎたちゃんにギター教えてもらおうとしたのが失敗だった」
「あーね、なんも得られなかったね」
「……え、なんで?」
「どこのなんで?」
「全部」
「理由はね、ギター弾きながら歌えたらかっこいいなーと思ったからやってみたくって」
「はあ」
「人選はね、ぎたちゃんがそこにいたから」
「教えました!」
「人選ミスすぎるだろ」
正気か?とぎたちゃんを指しながらどらちゃんに言われて、今思えばもうちょっとよく考えたらよかったかもね…としみじみ返した。
ほんとにただの思いつきで、弾き語りとかできたらかっこいいよねえ…!ってなったからその場にいたぎたちゃんにちょっと教えてもらおうと思ったんだけど、それがまあ大失敗だった。小さな失敗を話す場としてはこの話をしちゃいけないかもしれないレベル。まず教え方がクソ下手。「あのね、こーやって持って、こうやると音が出ます」。以上。いやそれは見れば分かんのよ。見よう見まねでも最悪出来なくはないわけ。その、それよりもうワンステップ先の、コードとか?そういうやつを教えてくんない?とお願いすれば、なるほどな、と手を打ったぎたちゃんが、弾きながらなんかむにゃむにゃ言って、はいやってみて!って。いや無理。むにゃむにゃ言ってんのも、「ここはねえこう、あとこうして、こう、これがこお、はい」。いや分かるか!こうしてああしてこう、で出来るようになってたら世話ないの!新鮮にその時の怒りを思い出しながら話してたら、だあって、とぎたちゃんが不貞腐れていた。それを見て鼻を鳴らしたどらちゃんが、口を開いた。
「前こいつにギター講座撮らせようって話になったけど無理だったろ。説明とかそういうのは出来ないんだよ、バカだから」
「説明するほうがむずいんだよー」
「そもそもボーカルくんなんて触ったこともない超初心者なんだから、教えるのも難しいに決まってる。しかも触るだけじゃなくてある程度まともに弾けるようになりたかったんだろ?」
「そお」
「そのスタートなのに周りから飛び抜けて超感覚派のギターくんから学ぶなんて到底無理。ギターくん上手い人のコピーする時どうやってやってんの?」
「なんかわーってしてがーってしてやる。よーく見る」
「ほら。無謀だよ」
「そうだね……俺もそう思ったよ……」
「次は上手に教えるからあ」
「もういいよぎたちゃん……」
ごめんてえ、ってぎたちゃんがぺちゃんこになっちゃった。別に責めたいわけじゃないんだけども、ぎたちゃんは自分の説明下手をもう少し自覚してもいいかもしらん。あのーあれ、あれだよあの、えーっとあの赤くて、あれがおいしいんだよね、あのー、あれね!って勢いだけで押し切る時あるからね。伝わるからいいけど。
「どらちゃんは?」
「……時間の配分?」
「はあ」
「新曲です。聞いてください」



「そういうこと!?」
「そう。思ったより時間押してた」
「言ってよ!」
「お前らに言ったところで何が出来るんだよ。タイムキーパーから程遠い面しやがって」
「顔は関係なくない?」
「寝坊するやつは黙れ」
「今日はしてなあい!」
ぎたちゃんは憤慨しているが、残念なことに昨日はしていた。フォローできない。次に行く、とべーやんにタブレットを手渡したどらちゃんが、横からすいすい指を伸ばして投稿を選んだらしい。
「これ」
「ぁえっ、はいっ、『もうすぐライブですね!ライブのセトリを考えながらジョギングするのにハマっています。とっても楽しみです!みなさんは今ハマっていることとかありますか?』だそう、です」
「ハマっていること……」
「あ!俺ドーナツ屋さん行くこと!」
「あー。ボーカルくん最近よくドーナツやさんの袋持ってる」
「期間限定のやつが気になって食べに行ったんだけどさー、子どもの頃からあるチェーン店なのに知らないドーナツとかあって。楽しい」
「……期間限定のやつが気になったんじゃなくて、CMで楽曲タイアップさせてもらったからって言え?」
「……うん!そう!それ!」
やべえ。すっかり忘れてた。ものすごい白い目をどらちゃんから向けられているので、CM見てくれたよな!お店にも行くんだぞ!とリスナーのみんなに語りかけておいた。サムズアップもしておいたけれど、ラジオなので見えていない。あそこかあ、と腑に落ちたらしいぎたちゃんはあんまり訪れたことがないらしく、頬杖をついている。
「なにがおいしいの?」
「全部うまい」
「それはもう当たり前じゃんかあ」
「俺はチョコのやつが好き。チョコのドーナツにカリカリしたトッピングがついてるの。べーやんともこないだ一緒に行ったよね」
「う、うん、普通のやつ食べた……おいしかったよ」
「いいなー、俺も今度一緒に連れてってよ」
「いいよ」
「どれがいっかなー」
普通にスマホでメニューを見ているらしい。うわ坦々麺ある!チャーハンある!とぎたちゃんの目が輝いて、どらちゃんと二人でスマホを覗いている。いやドーナツ見てよ。ひとしきり盛り上がって満足したらしい、ぎたちゃんがにっこにこしながら言った。
「えー俺坦々麺かな」
「ドーナツはあ!?」
「それかエビグラタンパイ」
「だからドーナツ!」
「りっちゃんは?」
「うるさいまだ選んでる」
「はい」
「……この……生クリームが挟まってて……チョコがかかってるやつかな……でも……待ってチョコにチョコついてるやつもある」
「いや一個に決めなくてもいくつも頼んでいいんだよ?」
「……………」
「ガチ悩みじゃん」
今度みんなで行こっか、ということで。
ハマってることないの?と周りに話を振ったが、全然ピンときていなかった。ちょっとぐらいあるでしょ。食べ物でもいいし、今これがオススメです的なもの。どらちゃんはあんまなさそうだけど。絞り出したらしいべーやんが辛そうな顔で挙手してくれた。そんな言いたくないならいいよ。無理しないで。
「……寝る前に……ラジオ体操をしています……」
「なんでだよ」
「な、なんっ、……健康に……なるかなと思って……?」
「朝起きてからやれよ」
「寝る前だっていいじゃんか!俺も高校生の時寝る前にストレッチしてたよ、すぐ飽きてやめたけど」
「……もうやめるね……」
「なんでえ!?」
「ボーカルくんがすぐ飽きたとか言うから」
「りっちゃんが朝やれとか言うからだよ」
「他人の言葉に自分のやりたいことを左右されるな。意思薄弱」
「はい……」
「運動しない人に言われたくなくない!?」
「じゃあこの場にいる全員が発言権を失うけど」
「……………」
「……………」
「……………」
「……毎日運動してるかどうかなんて健康には関係ないんじゃん?」
「すげえこと言うなお前……」
絶対関係はあるだろうけど、関係ないことにさせてもらおう。どらちゃんがぎたちゃんにドン引いてるのが、どの口が、って感じだし。引かれているぎたちゃんが、それを全く気にせず挙手した。
「いつも行く中華料理屋さんあるじゃん。あそこで半チャー頼むとお願いしてなくてもスープつけてくれるからそれにハマってる」
「それはただのお店側の好意だよ」
「え!?ぎたちゃんがいつも頼んでるスープ注文してないやつなの!?」
「うん」
「俺も欲しい!」
「ふふん」
「しょっちゅう行くから金ヅルとして重宝されてるんだろ。ボーカルくんもそうなればサービスしてもらえる」
「結構行ってっけど!?」
「じゃあボーカルくんの顔は覚えられてないってだけじゃね」
「ぎたちゃんだって俺と大差ないだろ!」
「なにが?」
「どらちゃんを覚えて俺を覚えないのはいいよ!べーやんを覚えて俺を覚えないのもいい!二人ともでっかいしなんか覚えやすいもん!でもぎたちゃんを覚えて俺を覚えないのは違くない!?」
「だはははは」
「醜いな……」
ぎたちゃんが弾かれるように笑い出したのと、どらちゃんに哀れみの目で見られるのが同時だった。ひどくない!?俺の不満って筋通ってると思うんだけど!ぎたちゃんがイスをがったがたさせながら痙攣するほど笑っている。そんな笑わんでもいいじゃん。悲しい目をしたどらちゃんが、俺をまっすぐ見ながら言った。
「……外面にせよ内面にせよ、他人に優劣をつけた見方は認知が歪むからやめた方がいいぞ」
「差別ばっかするどらちゃんが言う!?」
「俺はいい。自分のツラが整ってて背が高くて人目を引くし足も長くてスタイルが良いってことを自覚してるから他人を見下してもいいことになってる」
余計だめじゃん。怖。
ぎたちゃんの大ウケが、俺の顔を見るたびに堪えきれずにぷるぷるしながら半笑いになるぐらいまで収まってきたので、どらちゃんがべーやんからタブレットを奪って、ぎたちゃんに渡した。そろそろ時間がないそうだ。眠くなってきたしね。
「次なんか選んで」
「いーよー」
「いいか?このマイクに向かって喋ったことはそのままいろんなところに放送されてるんだからな?分かるか?余計なこと言うなよ?選ぶ基準を考えろ?」
「どれがいっかな」
「聞けや」
「これにしよ。『噛みまくるアキユイトの切り抜き見た?』だって」
「なんでたくさんある中からそんなんしか選べないんだお前……」
「知り合い?」
「ううん。知らない」
「だれえ?」
「俺だよ」
「そうだっけ」
「よう覚えとらん」
「見たよ」
「見たの!?」
「りっちゃんのことなんでしょ?」
「そう。自分だった」
なにその感想。そりゃそうじゃん。「可愛い時の俺だった」とか頷きながら言うからそれは無視しておいた。どらちゃんにかわいげなんてないよ。
「どらちゃん時々口バグるもんね」
「人間味があって可愛らしいだろ」
「なんだっけ、なんかが言えなかったことあったね、あのー、なんだったかな」
「無視か?」
「しゃしゅしょみたいなやつでしょ」
「そうそう、にゃにゅにょみたいになっちゃって言えなかったやつ」
「なんだっけね」
「まあいっか」
「そだね」
「もっと俺に興味持てよ」
「ううん」
「もうお腹いっぱい」
「クソどもが……」
ストレート悪口。憎しみを込めた目で見られているので視線は合わせないようにした。怖いからね。早々に諦めた俺たちがツボったらしいべーやんがぷるぷるしていて、それがどらちゃんにバレると怒られるので台本で壁を作って隠しておいてあげた。秒でバレた。
「なに噛んでたの?」
「お前らには教えない」
「りっちゃんがゆえないのあれでしょ、りょうにゃくにゃんにょ」
「ぎたちゃんも言えてないよ」
「ろうりゃく……なく……なんの」
「ゆっくりも言えてない」
「ボーカルくん言ってよ」
「あのなー、俺は歌を歌う人なんだぞ。そんぐらい言えないわけないだろ、滑舌が大事なんだからこういうのは」
「自信ありそう」
「にょうらくらんりょだよ」
「っんふ……ふ、おもっ、思ったよりすごい言えてない……」
「あ、あの、ろ、老若男女だよ」
「それだよ」
「ね?これだよどらちゃん」
「腹立たしいので終わります」
「ういーおつかれー」
「みんな早く寝ろよー」
「馬鹿は切り替えが早くて良いな。生きるの楽そう」
「今日は告知ないの?」
「あー、明日昼にメイキング上がります」
「なにの?」
「……MVじゃないの。撮ってたから」
「え?そうなの?」
「覚えてない」
「ボーカルくんとギターくんがこんなんだからどうがんばっても権利的に使えなかったり動画に乗せられないギリアウトの話してたりで切られるんだよ。覚えろ」
「だってカメラとかマイクとかいっぱいあんじゃんね」
「楽屋にもあるからね」
「あれは隠し撮りっていう犯罪行為だから」
「カメラあるの分かってて服着ないでうろつく方も相当じゃない?」
「ボーナスタイムだろうが」
「わはは」
「なにが面白いんだ?」
「またねー!ほらべーやん喋って!」
「あえっ!?えっ、あ、おきっ、よる、夜更けまでお聞きいただいてあの、ありがとうございましたっ」
「最後の締めやって。あと10秒」
「じゅっ、あの、えっ、えぅ、えと」
「次回もお楽しみに!ピース!ってやって」
「だからそのピース見えてないって何回言わすんだよ」
終わりました。


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