このサイトは1ヶ月 (30日) 以上ログインされていません。 サイト管理者の方はこちらからログインすると、この広告を消すことができます。




「なに見てんの?」
「ライブ」
「ふうん?」
ソファーのど真ん中をりかこが占領しているので、端っこに座る。りっちゃんとベースくんはダイニングテーブルの方にいて、台所にボーカルくんのお母さんがいて、お父さんがさっきなんか取りに外に行った。今日はあの子忙しいのよ、とお母さんが苦笑いで言っていた通り、りかこはテレビの前から動かなかった。画面の中がペンライトと照明できらきらしている。あ、シノヤマさん。てことはヨシカタくんとかの、と思い至るとほぼ同時に、りかこが悲鳴を上げて横に倒れたので、俺の太ももに頭がぶち当たった。
「キャー!」
「い″ぃっ……!」
「いったあ!よこみねどいてよ!」
「こっちくると思わんじゃん……」
「どいて!」
「はいはい」
ちょっとだけ横によけてあげた。俺も座りたいのにな。体を元に戻したりかこが、真顔でクッションを抱きながら足をじたばたさせている。足は動いているのに上半身は微動だにしないのがおもしろい。どんな技術だ。
それから一曲終わって、りかこが震える手でリモコンを操作し、画面が止まった。そのまま天を仰いで顔を覆っているので、なんの儀式だろう…と見ていたら、一波過ぎ去ったらしく静かに合掌していた。なおさらなんの儀式だよ。
「……マジで最高……」
「好きなの?」
「大好き……」
「誰が?」
「清志郎くん」
「あー、シノヤマさんやさしーもんね」
「えっ会ったこと……ある……!?」
「あるよ」
「……………」
「なになになに」
「の、残り香を」
急にりかこがべたべたいろんなとこを触ってきたのでびびった。「?」の表情のままなのが怖い。その顔したいのこっちだって。
このライブは運良く現地にも見に行くことができたけど実際その場にいるのとこうやって何度でも巻き戻してみれるのは違うわけよ見てこの顔面、と早口のままコマ送りで戻された画面を見て、はああ、と分かったような分かってないような声が出た。そんな俺のことはどうでもいいらしく、神がお作りになられた傑作!とか叫んでる。大好きなんだな。
「あったかいお茶でいい?」
「あ。ありがとうございます」
「いいえ。付き合ってくれてありがとうね」
「うーん……」
「もうすぐご飯できるからね。利香子、もう消しなさい」
「嫌」
「何回見てるの。終わりにしなさい」
「嫌」
「もう」
言うだけ無駄、と言った感じのお母さんが、困ったように息を吐いて俺にもう一度「ごめんねえ」と声をかけて行ってしまった。お茶おいしい。
ねえ戻してあげたからここから見て?と有無を言わさず腕を取られて、いろいろやいやい隣で言ってくるのに、へえ、うん、ほお、と相槌を打つ。うーん。りかこの熱量がすごすぎて、あんま入ってこない。好きなんだなーって言うのは伝わってくんだけど。ていうかこれいつのやつだろ、パン米会で会った時言ってたやつ?ダンスすごいなあ、たくさん練習したんだろうなあ、とぼんやり思って、すげえ大変だろうにニコニコしながら踊って歌える四人をなんか尊敬する気持ちになった。ファンサだっけ。ちょうどハタくんが投げキッスしたところが映って、画面の外にいるファンの子たちのものすごい悲鳴絶叫が聞こえた。女の子の声ばっかだし。俺の片腕に爪を立てながらきゃいきゃいしてるりかこに気づかれないように、反対の手でスマホを取り出した。電話電話っと。
「んあ。もしもし」
『よこみねくん!どしたの!』
「今平気?いそがし?」
『今家ー!なんで?』
「顔見たいなって。今ねえ、ライブ見てんの」
『え誰の……まさか俺!?俺の!?なんで!?』
「なりゆき」
『やー!恥ずかしい!いつの?あ、昨日出たやつか!うー、恥ずいー……』
「顔見ていい?カメラ映れる?」
『んー。よこみねくんなにしてるの?』
「うんー」
『え……?なに……?』
とても訝しまれたが、どしたの?と不思議そうな顔が画面に映った。こっちもインカメにしてりかこが縋り付いていない方の手を伸ばす。から、カメラには俺とりかこが写っていて、画面にはヨシカタくんが映っていることになる。きょとんとした顔のヨシカタくんが、眉を寄せて考える。
『……えと……彼女を……見せびらかしたかったとかそういう……?』
「ううん。あのね」
「えなに?よこ……えっ……?」
気づいたりかこがこっちを見て、俺を見て、画面を見て、また俺を見て、息を吸い込んだ。あ、やべ。
「っきゃああああああ!!!!!」



『あんね、普通の人に俺あんまこうやって……なんか、タイマンで特別扱いみたいにしちゃいけないんだよ。マネージャーさんに怒られちゃう』
「そおなんだ。ごめん」
『だいじょぶ!いちお秘密にしといてね』
「秘密だって」
りかこが俺の後ろでがくがく頷いてるのは分かるけれど、首根っこを引っ掴まれるようになっているせいで、振り向けない。むしろりかこの頷きに合わせて俺も揺さぶられている。この掴まれ方だと、縋るとか隠れるとかじゃなくてもう「捕獲」なんよな。りかこが小さい声でぼそぼそと、お兄様…とか、これは夢…とか、ありがとう…とか、抜け駆け…死…とか、いろいろ言ってる。多分。振り向けないからわからん。
「ごめんね。休みだったよね」
『んーん。さっき帰ってきたとこ、明日朝早くってさあ、情報番組の生放送!番宣〜』
「あ、だからもう家にいんのか」
『そお。よこみねくんも家?』
「おれんちじゃない」
『……?』
「りっちゃん」
「こっちに絶対に話しかけるなカメラ向けるな死ね」
『秋さん!?秋さん!俺!あっ恥ずかしい髪とかセットしてないし服、あの今ちょうどドームツアーのTシャツ着てます全部買ったんで色』
「圧やばい。先っちょだけ見せて」
「お母さん何か手伝うことありますか」
「いつも絶対しないじゃんそんなこと!」
『お母さん!?秋さんのご実家!?あの!お母様!僕!吉片育と申します!』
「ヨシカタくん音割れてる」
スマホはそこまでの爆音には対応していないので。一人ではひはひしてるヨシカタくんを眺めていたら、背中の服が弱々しく引っ張られた。りかこは落ち着いたのだろうか、と少し緩まったおかげで振り向けるようになったことに気づき、真っ赤になった顔と涙目に視線があって、静かに前に向き直った。
「ん″ー!!!!!」
「わはは。ごめん、ごめんて」
「ちょお、もっ、やだ!嫌い!ばか!こんっな顔の時にさあ!服もさあ!メイク直してくるから!」
「はい」
「バカ!」
「はいはい」
「5分で戻ってくるから!余計なこと言わないでよ!」
「はあい」
両手で顔を隠したりかこが、失礼しますう!とでっかい声で言って、どたばた去って行った。それを笑いながら見送ってスマホに顔を戻せば、神妙な顔をしたヨシカタくんが映っていた。なに、その顔。
『……彼女……』
「だから彼女じゃないんだって」
『誰の彼女?』
「誰の彼女でもないんだって」
『嘘だあ。よこみねくんの彼女でしょ。年も同じぐらいぽいし。いちゃいちゃするし』
「今の見ていちゃいちゃだと思ったなら眼科行きな。俺の服めーっちゃ伸ばされてるから」
『ふうん……ゆーやくんにゆっていい?』
「いいけどデマだよ」
『みちぴにゆっていい?』
「だから彼女じゃないよ?」
『あ!みやもとさん!ご無沙汰です!』
「ひっ、あっ、ど、どうもっ」
「あ、ベースくん。あんがと」
「ぁや、あの、邪魔するつもりは、ごめんなさい……」
ソファーの後ろに隠れながらめっちゃそおっとこそこそ、いつの間にか落っこちたリモコンを拾ってくれたベースくんが、ヨシカタくんに見つかってそろそろと戻って行った。振り向いたらマジでりっちゃんいなかったし。お手伝いとかしたことないじゃん。そんなに嫌かよ。
それからだらだらちょっと話して、もうちょいしたらみっくんがしばらく海外行っちゃうんだよお、えーじゃあその前にみんなで集まろ、みたいな話になった時、りかこが帰ってきた。さっきまでのダル着じゃなくて、ひらひらした白いワンピースにちゃんと髪の毛までまとめてきちんとメイクしている。ミヤコちゃんとかサヤの時とかも思うけど、本気出したらマジで5分やそこらで綺麗にできるの、なんか不思議な力が働いてるとしか思えないんだよな。ちなみに薫さんはそんなに早くない。俺は薫さんが身支度してるところを見る方が好きなんだけど。まつげバッチバチのりかこが、カメラから見えないところで俺の太ももをめちゃくちゃにつねり上げてから、しゃなりと猫のように座った。
「い″っっってえ!!!」
「あのっ、えと、あの、ごめんなさい、ご迷惑おかけして……」
『いいえー!よこみねくんが勝手にやったぽいし』
「そうなんですー、でも!あの!コンサート何回も見に行ってて、大好きです!お会いできたのは本当に嬉しいです!」
『そっかあ、俺も会えて嬉しいよ!』
「はえええ……」
「ぁだだだだ助けて助けて!」
うっとりと頬に手を当てたりかこが、俺の太ももと引き換えに自分の女子力を保っている。ソファーをタップしながら悲鳴を上げると、ベースくんがそっと寄ってきてりかこを引き剥がして去って行った。ナイスサポート。絶対跡になってるけど。せっかく剥がれたりかこが、よじよじと俺に、というかスマホに近づいてきた。怖えよ。
「……は、離れて……?」
「あの、あのう……えへ、あ、なに、なに喋ったらいいかわかんない……」
『んふふ。吉片育です。よろしくね』
「ぁひっ、はい、はいぃ……」
『えっと、名前は?なんて呼んだらいい?よこみねくんの友達ってことはー、俺とも友達でいいよね!』
「ひゃいいいい」
「ギャー!!ヨシカタくんほんっと考えてから喋ってりかこ馬鹿力だから痛い痛い痛い!」
『お、おう……』
「ひん……あっ、あ、我妻利香子です……」
『りかこちゃん。り……え?」
「ボーカルくんの妹だよ」
『ぼ……えっ?』
ニコニコと、恐らくは対外的な笑顔を浮かべていたヨシカタくんが、目を丸くして口を開け、息を吸い込んだのがわかった。あ、やっべ。
『っえ、うえぇええっ!?』


4/4ページ