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「あ!」
「お」
「ねええもっと分かりやすいとこにいてよ!さっきここ通ったんだけど!」
初手逆ギレ。これでも駅の中枢から離れた人が少ないところを選んだし、それでも道行く人の数人にはちらちら見られたし、声をかけてきた二人組もいた。ずかずか進んできた我妻妹のでかい声は適当に聞き流しておく。ベースくんとギターくんが相手してるから平気。
我妻妹から「お父さんとお母さんが一週間ぐらい二人で旅行行くんだけど暇だからどっか都会の美味しいご飯食べに連れてってよ」と我儘極まりない命令をされ、そんなことするわけないだろう馬鹿言いやがって、と俺は思っていたのだが、クソ正直でなんでも素直に信じるベースくんが、ちゃんと調べて、ちゃんとオフの日に予約を入れ、ちゃんと待ち合わせ場所を指定したので、馬鹿な空想が本当になってしまった。ふざけないでほしい。休みの日は休むためにある。さっき声をかけてきた二人組の輝くような目と、「やっぱりメンバー仲いいんですねっ」が焼きついて忘れられない。目ん玉かっぽじってよく見ろ。そんなわけあるか。
「みやもとがお店送ってくれたから調べちゃったんだけど」
「えっ……や、やめて……」
「……あたし割と庶民なんだけど……」
「……あ!?お金!?やめ、ちがっ、俺が出すよ!」
「全部奢られるのはちょっと……」
「あざす」
「ごちそうさまです」
「ヒッ、四人分は無理!」
若干俯いて小さい鞄を抱き、沈んだ顔をしている我妻妹の隣に並んで、ギターくんと二人でベースくんに頭を下げておいた。やったぜ。
なんとなくベースくんが先頭で歩き出して、それから気づいたんだけど、妹がいつもよりでかい気がする。いや、基本でかいんだけど。女の割に背が高い上に基本の態度も大きいから、小さくてか弱くて守ってあげたい、みたいな印象は一ミリも受けたことはないんだけど。それにしてもでかい気がする。なんでだ。成長期か?この歳にもなって?と疑問に思いながら足元に目をやって、納得が行った。こいつ踵でズルしてやがる。会う時はいつもボーカルくんの家だし、室内で靴を履く文化はあの家庭にはない。そもそも妹がまともな格好をしているところも久しぶりに見たくらいだ。道案内で前を歩いているベースくんは全く気づいていないが、しばらく歩きながら喋っていたギターくんは違和感を感じたらしく、ほぼ目線の変わらない妹を見て怪訝な顔をしている。何かが違うのは分かっても何が違うのかは分からないのだろう。鈍いからな。ギターくんがそうなると返事が適当になるので、妹も変な顔をしているギターくんを認識し、なんならいつもと違う身長差にも気づいたようで、なんでもないように言った。
「よこみね、ちぢんだ?なんかちびっこい」
「……………」
「いて」
「え?なに?」
「……………」
「急に止まるなや。迷惑」
突然俯いて立ち止まったギターくんが、俺に肩をぶつけてから静かに片手を上げた。わざわざぶつかる必要がどこにあったんだ。手のひらを向けられているので恐らくは「待って」だろう。つい妹と顔を見合わせて黙り、誰もついてきていないことを知ったベースくんがあせあせしながら数歩戻ってきた。なんなんだ。
「……俺……自分のこと小さいと思ったことないけど……身長のこと言われんの結構ショックなんだなって思って……」
「ああ」
「だっていつもより小さいから」
「りかこがいつもよりでかいから!」
「あぁ!?でかいって言うな!」
「あいた」
肩をぶん殴られている。暴力女め。
要は、今まで言われたことのない「小さい」的なことにショックを受けているらしい。普通に落ち込んでいるので、ベースくんがおろおろしたまま、ギターくんは大きいよ、と当然のことを言っている。こいつは別に小さくもないし縮んでもいない。妹が元々でかいのにヒールの高い靴を履いて、更に巨大化しただけである。暗い顔のギターくんが、肩を落としたまま口を開いた。
「……今までボーカルくんとか、キシくんとかに、普通に身長の話振ってたけど、これからはやめる……」
「そ、そうだね、岸くんは怒ってるからね、毎回……」
「岸くんってあのー、あれ。なんだっけ、名前出てこない。頭青い人と頭白い人と頭黒い人のバンドだよね?」
「そう」
「不仲なんでしょ?ネットで見た」
「ネットで見たことを鵜呑みにするんじゃない」
「え?でも仲悪いんでしょ?」
「知らん。俺はあいつ嫌いだけど」
「悪いじゃん……」
そんな話を妹としている間に、今から美味しいご飯食べに行くんだよ、元気出してよお、とベースくんに必死で慰められたギターくんが復活したので、また歩き出した。とても無駄な時間だった。



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