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かなちゃんとすーくん





「あなたも、おーおかみにー」
「……………」
「かわり、ますーかー」
すーの機嫌がいい。鼻歌どころか歌ってるすーが、台所で鍋をかき回している。おいしい匂いがする。作り置きしておくから、とタッパーとかフリーザーバッグとかを持ち込まれたのはしばらく前の話で、次にすーが来る時まで保つように冷蔵庫と冷凍庫をぱんぱんにしてもらえるのだ。今は大分無いので、なにを補充してくれるのだろうか。覗くとしっしってされるので、遠くから窺うしかない。
しかしご機嫌だな。なんでだろ。歌のチョイスが気になるところだけれど。そういえば最近、好きな人がどうこうとか恋人云々とか、すーから聞かないな。年下の男が好きだというのは知っているし、別にそれに対して何を思ったこともない。というよりそれ関連でいろいろあったことは、仲良くなってからすぐ酔っ払った本人がゲロって、こっちも触れないようにはしてきた。下手に突ついて傷つける方が嫌だ。仲良くなって最初の頃になんか一回、誰かと付き合ったっぽいけど、それもすぐなくなった。定かでは無い。だってちゃんと聞いてないし。だって変わらず世話焼いてくれるし、え?もしかして俺のせい?俺がいるとすーに恋人ができないとかそういう話?でもすーは俺が思ってるよりも大分ドライなので、俺に言わないだけで勝手に誰かと付き合ったり別れてたり続いてたり、彼氏がいることと俺の面倒を見ることを両立させたり、しているのかもしれない。有り得ない話ではないな。じゃあオオカミ的な彼氏ができたのだろうか?彼氏を放って俺の家で料理してていいんだろうか…俺とすーが良くても彼氏は良くないかもしれない…もしかしたらだけど…
「すー」
「ん?」
「相手に確認はしたのか」
「は?」
「……ん?」
「なにが?」
「待って。なんでもない」
「はいはい」
話が跳躍してしまった。いけないいけない。良くないくせだと分かっているので、仕事上ではかなり気をつけて細かな説明をするようにしているのだが、オフになるとその気遣いが一気に爆散してしまう。ダメダメ。訝しげな顔ひとつせず、振り向いた顔をすぐ戻したすーに見えないように首を横に振った。
しかし彼氏がいるかどうかを聞くのもどうだろう。プライバシーなことだし、急に俺が聞くのも変な話じゃないだろうか。じゃあ、うーん、なんだろう、せめてもの安心というか、すーが不安になることは避けたいわけで。
「すー」
「なあに」
「俺はオオカミじゃないぞ」
「知ってる」
「なんだと」
「変なとこでキレないでよ、わけわかんないなあ……」
「オオカミだよ!」
「支離滅裂」
お風呂入って寝たら?と呆れ顔で言われて、のそのそと台所へ寄っていけば、片手で追い払われた。意に介さずに近づくと、全く、と火が消される。煮物?みたいなのと、あとなんかソーセージのなんかと、キャベツのなんかと、豚肉のなんかがある。何ひとつ料理名が分からん。予定を阻害されたからなのか、少し唇を尖らせてこっちを見たすーに、全く同じようなシチュエーションが幼い頃にあったような感じがするな、と思った。拗ねている自分に対しての、母親の「しょうがないな」という目。呆れているのとも面倒がっているのとも違う、生ぬるい瞳。うーむ。不快ではないが、なんだかくすぐったい。なあに、とのんびりした声で問いかけられて、口を開いた。
「すー、彼氏いないの」
「今?いないよ」
「ほんとに?」
「なんで?カナちゃんあたしのそういうの気にしたこと無かったじゃん。どしたの」
「……すーがオオカミに取られるのはちょっと……」
「はあ。あたしオオカミは好みじゃないけど」
「じゃあ俺は範囲外ってことか……」
「頑なに自分のことオオカミだと思いたいみたいなとこ悪いけど、カナちゃんはオオカミじゃないよ」
「なんでだよ。男だぞ」
「せいぜい犬でしょ?柴犬」
「せめてドーベルマンとか」
「そんなにカッコよくもないししゅってしてもない」
「俺はかっこいいししゅっとしている」
「はいはい味見して」
「んぐ……」
「おいしい?もうちょっと濃い方がいいかな」
「うん」
「オッケー」
「俺邪魔じゃない?」
「そこに突っ立ってるならちょっと退いて欲しいかな」
「そうじゃなくて」
「カナちゃんのこと邪魔になるぐらいなら彼氏も彼女もいらないよ。今は」
「……俺を……彼氏にするということ……?」
「だからなんでそう突拍子もなくなるかなあ……」
「有望株。オススメ」
「いりません」
厳しい評価。本当にオススメなんだけど。なのに長らく彼女はいないので、自薦票しか残っていない。そりゃ確かにいらないかもしれん。
作ったものを手際よくタッパーに詰めていくすーを見ていたら、案の定しっしってされた。退かないぞ。単身者向けの、広くもなければ充実もしていないキッチンなのに、よくくるくると立ち回れるものだと思う。一つに括られた長い髪を見ていたら、横の髪が編み込まれているのに気づいた。器用だな。
「すー。すー、髪の毛」
「うん?」
「かわいい」
「ありがと」
「俺も結ぶの上手いよ」
「うん。暑い時やってたよね」
「やったげよっか」
「ううん。平気」
「そっか」
「……カナちゃん暇なの?」
「ううん」
「そ……?」
不思議そうな顔をされた。だって別に暇じゃないし、でもすーがいるならすーと話すのが楽しいし。片付けながらよそっていたすーが、あ、と声を上げた。
「入りきんなかった。食べる?」
「食う」
「ん。お皿自分で洗ってね」
「……………」
「じゃあいいかなみたいな顔しない」
「めんどくさい……」
「もう!」
「食洗機買おうかな」
「絶対手入れしないんだからやめてよね。水道代と電気代ばっかりかかる未来しか見えない」
それはまあ確かに。小皿によそわれた煮物を食べていると、洗い物を済ませたすーが帰り支度をはじめた。といっても、スマホを鞄にしまってヘルメットを持つくらいなのだが。ちょろちょろと後をついていくと、なんだよお、と苦笑いされた。なんだよがなんだよ。お前来てから飯作るしかしてないじゃん。
「帰んの」
「うん、明日バイト」
「俺も明日仕事ある」
「でしょうよ。がんばって」
「うん」
「なんかあったら連絡してね」
「うん」
「シャワーだけじゃなくてお風呂入るんだよ。ゴミも捨てること。ご飯はきちんと食べる、食べられる余裕がある時で構わないから」
「うん」
「そんじゃね」
「すー」
「ん?」
「ありがとう」
「……どーいたしまして」
酷く嬉しそうに微笑まれて、腑に落ちた。
成程。


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