このサイトは1ヶ月 (30日) 以上ログインされていません。 サイト管理者の方はこちらからログインすると、この広告を消すことができます。




「我妻妹に彼氏がいたとして」
「……はい?」
「まあ……そんなことはないんだろうけど……仮に。想定として。いたとして」
「はあ……」
ドラムくんの遠い目の先には、恐らくは兄二人のどちらかが学生時代に着ていたのであろう深緑色のジャージを肩からずり下げながら着て、ギターくんにだらんと寄りかかりながらお菓子をつまみ、「だからAだっつったんよ」「うるさいバカ。四字熟語言えないくせに」「言えますう」「なに?」「……一期一会」「それしか言えないくせにバカ」と言い合っている、りかこちゃんがいる。ちなみにバカバカ言ってる方がりかこちゃんである。最初こそ、自宅であろうときちんと出迎えてくれていたが、最近はあんな感じだ。ギターくんと会話していたが、最終的にりかこちゃんがギターくんをぶったので、「いたあい!」と悲痛そうな声が上がった。
「絶対に長続きしない」
「……そ……そう……?」
「俺はあんな女は嫌だ。身内でギリ耐えられるかどうか微妙」
「でもあの、お休みの時くらい、こう、あの、リラックス?するのは、いいんじゃ……」
「暴力を振るうところも人として有り得ない。彼氏が欲しいのどうのこうのってさっき言われたけど、絶対にできない。俺が保証する」
「な、なんで俺に言うの」
「妹に直接言ったらビンタされそうだから」
「……うん……」
「でも我慢はできなかった。絶対にできないってことを口に出したくて仕方がなかった。言霊ってあるだろ。言っとけば現実になって、あの女に殴られる不幸な男が存在しなくなるかもしれない」
だから言った。と、指をさしながらまっすぐな目で頷いているが、なかなか失礼極まりない。あともし聞こえたら俺まで一緒に怒られそうだからやめてほしい。そんなことを言っているうちに、うだうだ言っていた二人の配置が変わって、今まではソファーに一応は座ってたのが、ギターくんがソファーの下に直座りになった。ので、広くなったソファーにりかこちゃんが寝転がっている。それを見たドラムくんが、ドン引いている。
「うわっ……ない。仮にも人が来ている状況であれはない。絶対有り得ない」
「りかこちゃんの家なんだからいいんじゃ……」
「他人を家にあげてる時点である程度は気を遣うもんだろ。彼氏なんて絶対に無理」
「聞こえてんだけどォ!?」
「ひっ」
ソファーの背もたれに手をかけたりかこちゃんが噛み付くようにこっちを向いたが、ドラムくんはつーんとそっぽを向いた。怖い。ガルル!と吠えたりかこちゃんは、CMだったからこっちを向いただけだったようで、またギターくんと話し出した。クイズ番組を見ているらしい。「はい国語〜!よこみねの苦手ジャンル〜!勝ちました〜!」「苦手じゃないですう!漢字が読めないだけです」「それを苦手っつうんでしょおが」「ひらがなは読めますう!」「当たり前すぎるんですけど」とまた騒ぎ出した。テレビ見ながらああやってわいわいできるの、楽しそうで良いな。羨ましげな目が伝わったのか、ドラムくんに呆れた顔で見られた。
「あの中に入ったら終わりだぞ」
「……で、でも楽しそうだし」
「見ろ、あの知性のない会話。バカが移る」
「でも楽しそうだし……」
「理由浅すぎだろ」
「うう」
俺たちがぼそぼそ言っている間に、ギターくんとりかこちゃんは盛り上がっている。小学校の教科書から出題、なんてクイズだから、よく考えたら分かる問題なのだろうと思っていたけれど、今画面に映っているクイズを見ると結構難しい。小学生の方が頭が柔らかいだろうしな。回転が早い方が解きやすそうだ。漢字のクイズなので、わかんないよー、と諦め気味のギターくんの声がする。床に座っているからよく見えないが。その声を聞いて、嫌そうな顔で溜息をついたドラムくんが額を抑えた。
「……ていうかあいつあの程度のクイズも解けないのか……」
「でもあの、結構難しいよ」
「え?ベースくんも解けないの?最悪。俺以外全員バカとかやっていける気がしない」
「と、解けるよっ、分かるけど、難しいって言うのも分かるよ」
「意味わかんない」
「う、だ、なんっ、か、その、考えすぎちゃうよりは、ひらめいた方が強いんだろうな、って、いうか」
「……頭の回転の基盤は知識だろ?滑りが良いところでなんも入ってなかったら意味無いんだから」
「う、うぐ、そ、そおですね……」
あからさまに不思議そうな顔で言われて、無理やり返事を絞り出した。なんも言い返せねえ。それもそうだし。でも俺の言ってることも分かって欲しい。そもそもドラムくんが俺の言ってることを分かってくれたことなどほぼ存在しないのだが。
国語の問題は終わったらしく、珍解答が映ってはいじられて笑われている。それを見ながらギターくんとりかこちゃんも笑っているが、俺は自分がいつ笑われる側に回るか分からないので割と真剣に見てしまった。こういうミスをしてはいけないのか、と。ドラムくんが小さく、クソ真面目が…と吐いたのが聞こえた。それでまた、今度はカテゴリーが理科の問題になって、「理科かあ〜……」と憂鬱そうな音が二つ被った。どうやら双方苦手らしい。ギターくんに苦手でない勉強があるならそれは俺も教えてほしいが、いや、音楽とかなら出来るのだろうか。でも学校で習う音楽って結局は歴史に被ってきたりするしなあ。暗記が強いのはどの科目も変わらないのかも。「りかこなんだから理科出来るでしょ」「は?バカにしてんの?」と煽り合う声も聞こえたが、聞かなかったことにした。怖いので。すると、ソファーの背もたれからぱっと手が伸びてきて、グラスが握られていた。
「みやもとお、ジュースとって」
「はい」
「ノータイムで言うこと聞くなや」
「え、や、だって、そのぐらいするよ……」
「情けな。てめえでとってこい太るぞって言った方がいいよ」
「てめえ覚えてろよ」
グラスを受け取りに近寄っているタイミングで嫌なことを言わないでほしい。ドスの効いた声で吐かれて、曖昧な笑顔のまま後退した。俺に言われたんじゃないって分かってるけども。
A!B!と回答を言い合っているところにジュースを入れたグラスを返すと、ありがと!とにっこりされた。怒ってないようで何よりだ。ちょっとほっとしながら、さっきまで座っていた椅子に戻る。机に頬杖をついているドラムくんが、でも確かに理科は割と覚えてないかもな、とこぼした。
「日常で使わない範囲は忘れてる。漠然とこうなんだろうなって思っても、理由がはっきりしない」
「そっ、そう!だよね!」
「興奮すんな」
「ごめんなさい……」
分かってもらえたと思って声が大きくなった俺が悪い。こっち見もしないもん、ドラムくん。ギターくんとりかこちゃんは、正答が二人とも選ばなかったCだったので、「でも俺は一回Cって言ったけどやっぱりやめただけだからほぼ合ってる」「あたしは正解発表のギリギリでCに変えてたからよこみねよりあたしの方が合ってる」と言い合っている。仲良しだなあ。それでしばらくもだもだ言い合ってて、りかこちゃんが体を起こした。りかこちゃんがきゃっきゃはしゃいでるのと、いたいよお、とギターくんの平坦な声がするので、なにかされているらしい。俺より角度がついてて床座りのギターくんが見えているドラムくんが、眉を顰めた。
「うわ。うーわ、人体を蹴っている。ひどい。人間のやることじゃない」
「……?ギターくん蹴られてるの」
「座ってるギターくんの背中を妹が蹴ってる。しかも笑っている。ひどい。ひどすぎる。鬼畜外道。悪鬼羅刹。かわいそうなギターくん。彼氏どころか友達も居なそう」
「お前さっきから黙って聞いてたら調子乗りやがって!」
「うわ。来た」
CMに入ったらしい。どう見ても聞こえるように言ってたドラムくんに、りかこちゃんが足音荒く近づいてきた。うぎー!と振り上げられたりかこちゃんの手を軽くはたき落としたドラムくんが、ばちんと痛そうな音を立ててデコピンした。
「ギャー!」
「はは。愉快」
「いった……いぃ……!」
「だっ、だいじょぶ……?」
「みやもとこいつなんとかしてよ!メンバーでしょ!?」
「なんっ、えっ、なんとかできるなら、もうとっくにしてる……」
「あ?」
「あっ」
「わはは。わかる」



1/4ページ