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おはなし



お酒の席である。通された半個室は、外の声が筒抜け。ちょっと眠くなってきちゃってうとうとして、べーやんがトイレ行ってくるーってタバコ持ってったから長くなるだろうなあとぼんやりした頭で見送ったところだった。
「女が土壇場であたし18だから〜とか言い出した時」
「怖」
「そういう女に限ってちまーっとしててガキっぽいから困る」
その言い方…と若干ぎたちゃんも引いてる。二人で、最近困ったこと、みたいな話をしてたはずなんだけど、どらちゃんが女の子の話を始めたのでグラスをずりずり引きずって近づいた。
「ねえねえねえ」
「なに」
「どらちゃんがモテる秘訣は女の子のことをいっぱいかわいいね〜って言うからだって俺は覚えた」
「違う。顔がかっこよくて優しいから」
「どらちゃんにかわいいね〜ってゆわれる女の子はみんな嬉しそうにしてる。あと目がハートになってる。俺は研究したんだ」
「違うって。顔がかっこよくて優しくて足が長くて金持ってるからみんな俺のこと好きになるの」
「自分でそこまで言う?」
「りっちゃんのこの無駄な自信を俺は尊敬しているよ」
「俺も。こうはなれないよね」
「ね」
「憧れて良いぞ」
「馬鹿にしてんだぞ?いたたたた」
どらちゃんがぎたちゃんの顔を握りつぶしている。どうしたらこんな人になれるんだろうな。まあ顔はかっこよくないわけじゃないし女の子には特別優しいし足は長いしお金持ちなので、何一つ嘘はついていないのだけれど。ボタンの開いたシャツを見ながら、俺もスーツを着れば良いのか…と一人頷く。これで明日から爆モテ委員長ですね。
「なんか頼んでいい?」
「いいよ」
「違う。食べ物のメニュー見して」
「どんだけ食うんだよ」
「ご飯食べたい」
「この期に及んで米か……」
「ぎたちゃんなに食べるの」
「おにぎり食べたいー、あー、うーん、肉巻きがある」
「太るぞ」
「いいんですう、今日は練習たくさんしてお腹すいたから」
ボーカルくんも食べるよね!とぎたちゃんが完全な好意で俺の分まで注文しようとしたので、頑張って止めた。もう食べれません。
空いたグラスお下げしますね、と声をかけてきた女の子の店員さんに、外面全開でにっこり笑いかけて柔らかくお礼を言ったどらちゃんに、女の子がちょっと照れたような顔でそそくさと去っていく。もう病気だよ。目の前を通った女は全員手をつけないと死ぬ病気。このテーブルにあの子来てくれるの3回目ぐらいだけど、なんでその数回でちゃんと目を合わせて視界に入ることができるんだよ。ちなみにその前に来てくれた男の人のことはガン無視だった。だったよね?と聞けば、男相手になにを、と嫌そうな顔をされた。
「あっちから俺のこと見てきたんだからな」
「どらちゃんが見るからでしょ?」
「違う。あの子が俺に興味を持ったからこっちも愛想良くしてあげてるだけであって、俺からなにか手を出そうとか考えてるわけじゃないから」
「でもガン見じゃん」
「太ももが好み」
「ドセクハラ!最低!」
「は?ボーカルくんもよく見ろ。それから判断して」
「やだよお!痴漢扱いされたくない!」
「バレないように見ろや。ほら今!今今今」
「やああああ」
まあ結局ちゃんと見たけどえっちだったよね。力強く頷いちゃったし、どらちゃんが片手を差し出してきたので握手してしまった。ぎたちゃんが、服着てるのに?って残ってたサラダ食べながら言ってきたから無視した。服着ててもいいもんはいいんだよ。
「でもボーカルくんこないだ告られたんでしょ」
「え!?その話する!?いやー!」
「超嬉しそうじゃん」
「彼女いるてこと?」
「……………」
「この顔を見ろ。いないだろ、どう見ても」
「え?告られたのにいないの?フったの?」
「……………」
「梅干し食べた?」
「かわいそうだろ。聞いてやるなよ」
「……聞いてよ……」
「聞いてほしいって」
「泣くまで笑う自信あるけどいい?」
「笑わないで聞いて」
「じゃあ無理。俺気絶しとく」
言葉の通りに白目を剥いて舌を出したまま動かなくなったどらちゃんは放って、聞いてよお、とぎたちゃんに向き直る。ひどい話があったんですよ。
仲良くしてた女の子に告白された。かっこいいって、好きだって、付き合ってほしいって。俺も嬉しかったし、可愛いと思ってたし、俺よりちょっとちいちゃくて恥ずかしそうな上目遣いでドキドキしながらこっちを窺っている顔に向かって思ってもいない否定を吐くなんてできなくて、即決でオッケーした。せめてギリギリかっこつけるために、まあ?お試しっていうか?友達の一つ先に進んでみようよ、二人で一緒にさ…とか訳のわからないことをほざいたのがいけなかったのかもしれない。だって言いたくないじゃん、キャホー彼女になってくれんのぜひぜひお願いしますやったぜ超可愛いみんなに自慢しよー!とか。あの子の方が年下だし。かっこいいって言ってくれたし。
そんで秒でフラれた。いややっぱ思ったのと違ったわ〜!キャンセル!って。しかもなんか1回目のデートだったからちゃんとプレゼントとか用意したし、らしくもなくしっかりレストランも予約してたし、大人の余裕を見せてあげようと頑張ってたのに。普通に飯食う前に帰られたしプレゼントは持って行かれた。なにがキャンセルじゃボケカス。俺が何をしたって言うんだ。
「ゔわははははは」
「ぎたちゃんは笑わないよねえ!?ねえ!」
「うん」
「顔笑ってんじゃん!慰めてよ!」
「かわいそう」
「笑いながら慰めないでよ!うわあああん」
「ひーっ、げっほげほ、あ″はっ、はあ、つら、つらい、みず」
「どらちゃんはちゃんと気絶してて!?」
「ふはっ、してたけどウケが勝った」
「べーやん!べーやん早く帰ってきて!俺に同情して!」
「はあ、笑った。頑張ったから思ってたのと違ってフラれたんだろ、簡単なことじゃん」
「はえ?」
「だからあ」
どらちゃんが思うに、その子は多分アホでバカで大人っぽくない俺のことが好きだったのではないか、と。アホでバカには反論したい気持ちがあるが、大人っぽいかどうかと聞かれたら自分はそうでないことはわかっているので、まあ黙って聞いておいた。実際、そうじゃないからそうなろうとして、デートコースとか立ち居振る舞いとか考えたわけだし。でもそれが刺さらなかったどころか逆効果だったというわけだ。俺の努力。かっこつけて「ああ…うん…」って髪の毛かきあげたりしなければよかった。
「……もっかいやり直さしてくんないかなあ……」
「未練たらしい男は嫌われるぞ」
「ゔっゔっ」
「ボーカルくん。飾らずに素のままの自分を好いてくれる相手じゃないと後が辛いから」
「え?りっちゃんがそれ言う?」
「ありのままの自分を愛してもらおうな」
「女の子と喋る時と俺と喋る時の声別人みたいになるりっちゃんが言う?」
「どらちゃんにだけは言われたくないかな」
「チッ」
「どらちゃんはなんで女の子にはあんな優しいの?」
「女の子はかわいいから」
「物を考える頭が人より下の方についてるから」
「よせやい」
「今日りっちゃん悪口全部プラスに受け取るじゃん……」
何故か照れているどらちゃんにぎたちゃんが呆れている。今日機嫌良いみたい。下の方に、ってぎたちゃんが目線を落としたのをつい追いかけてしまって、ああまだ脱いでなかった良かった…ってなった。
「自分のこと好きな女の子のことはみんな好きだよ?でもさあ、どらちゃんのそれは範囲が広すぎるんよ」
「まず手を出すなって話じゃんか」
「なんで。win-winだろ」
「うーん……」
「見た目はそりゃまず大事だよ。でもそういうところで判断して差を作ると、本当に欲しいものが手に入らない時がある。人間として大切なものは一体どこにあるのか?って話に結局はなってくるわけ。だから中身も重視すべきだし、俺は彼女の笑顔を一番に大切にしたいね」
「そう……そうだよね……!顔じゃない!中身だよね!」
「ボーカルくん、騙されないで。マジでド好みだった女の子に悪評が行かないために他の子にも全員優しくして隙あらばつまみ食いをしますって宣言だよ、今のは」
騙された。どらちゃんが長々話し出した時点で疑うべきだった。でもその努力はちゃんと身を結んでるから!って熱く語られて、それについては否定できないのでぎたちゃんと二人で目を逸らした。
「確かにどらちゃんの周りの女の子レベル違うんだよな……」
「いいだろ」
「クソ……俺!羨ましがるな!俺!耐えろ!」
「でも危ない橋も渡ってるよね」
「そう!羨ましくない!全然!」
「目ぇ血走ってるけど」
「こないだの子はどしたの」
「どの?」
「は……?選択肢がある……?」
「あのー、俺にりっちゃんの家聞いてきた子」
「ああ。さっきの話だよ」
「なんそれ」
数ヶ月前。小さくてふわふわしててぷにぷにしててどんくさくて肩までの金髪がくるくるしていていつも頬を紅潮させている、ラナちゃんと知り合ったらしい。元々のつながりはぎたちゃんでお世話になってるライブハウスの人が仲介になってて、別に仲良しというわけでもないけど存在はお互い知っている、くらいの感じだったそうで。それが、ライブに行ってみようと誘われたラナちゃんがどらちゃんを発見し、一目で恋に落ち、出待ちをし、どこからかぎたちゃんの連絡先を割り出し、ものすごい勢いで接触を図ってきた、と。
「りっちゃんの最初の感想「胸がでかい」だかんね」
「ひどい」
「つい口から出るぐらいでかかったからびっくりしたんだよ」
「写真ある?」
「んー、アカウント知ってるからー……はい」
「うわおっぱいでっか!」
「な?」
それで、つなぎ役だったぎたちゃんはあっという間に不要になり、二人で連絡を取り合って会ったり、会うってことはどらちゃんだから……まあ……うん。とりあえず写真を見てしまった以上むかついたのでグーでパンチしておいた。どらちゃんに避けるとかいう判断はないので、俺のへなちょこパンチは当たった。俺のグーが頬にめりこんだままのどらちゃんが口を開く。
「そんで何回か目に急にあたし18とか言い出すからビビってもう連絡取ってない」
「やーいチキン」
「ビビり」
「ざまあみろ」
「で?ぎたちゃんは年知ってんの」
「ううん」
「え?じゃあマジで未成年だった可能性あるってこと?」
「……………」
「……………」
「えっ。二人ともなんで黙るの。未成年淫行?やだよ俺メンバーから犯罪者出んの」
にっこりしないでほしい。こうやって人を黙らせて来たのだろうなと思う。目ぇでかいし真顔整ってるから、笑顔に圧があるのだ。しかし俺は喋るぞ。どらちゃんの笑顔に負けない。
そんな話をしているうちにべーやんが戻って来た。というから盛り上がってるから入りづらいな…って顔のべーやんが衝立から覗いているのと目があったので、引きずって戻した。いつからそこにいたの。早く座りなさい。
「な、なん、っなんの話……」
「べーやんこないだ綺麗なお姉さんに誘われてたあ」
「ゔ、ぇ」
「ベースくん年上ウケするよね」
「いいなあー、俺もお姉さんにリードされてえー」
「り、そ、そんなつもりは」
「甘やかされてえ。綺麗なお姉さんに、よしよし♡とか言われるんでしょ?もうそれは脳が溶けるじゃん」
「ゆわれるの?」
「えっ、え、や、別に、そういうわけじゃ」
「俺はねえ、逆に言いたいよ。お姉さんにー、甘えてもらえる方の立場になりたいよ」
「えーぎたちゃん分かってないなあ!違うんだよ!」
「ちがくない」
「は?戦争か?」
「俺は絶対にお姉さんには甘やかされない。えらいねーってゆって、恥ずかしがってもらう」
うん…と腕組みして頷いているぎたちゃんに、お姉さんっていうのは俺を甘やかすためにある概念なんだよ!俺だけに優しくしてでろでろにイチャイチャしてくれるもんなんだよ!と詰め寄ったものの、手のひらを向けてノーを示された。くそお。なんでここが分かってもらえないんだ。つまんなそうに左手で頬杖をついて右手の親指の爪を見ていたどらちゃんに、ねえ!と同意を求めれば、うんざりな目が向けられた。なんでさ。
「上に立たれて何が楽しいんだ。可愛がって甘やかしてやるならまだしも」
「はー!下に見ている!女の子を!」
「いや……女の子のことはこう、手の中に入れてやる物だろ」
「だからあ!それが絶対ではないでしょ!?」
「は?」
「えっ?」
「……え?相手が女の人である以上、男側がリードして優しくして、要は甘えさしてやるもんだろ?年齢立場関係無しに」
「それだけじゃないでしょおって」
「はあ。そうすか」
「どらちゃん全然俺の気持ちわかってなくない?」
「分からない。全く」
「べーやんは分かるよねえ!?」
「えっ、え、う、わか、わからない、わけじゃない……?」
「ぎたちゃんは?」
「わかるけどちがう」
「ほら!どらちゃん!」
「うるせえなだからモテねえんだろ」
「ギャアア!なんてひどいこと言うんだ!」
「可愛がって大切にして特別にして、一番だって砂糖漬けにしてやった方が喜ぶからそうしてる。そしたらみんな、こっちがそうしてくれって頼んでるわけじゃなくても俺のことを好きになる。けどボーカルくんにはそれがないってことは」
「やめて!やめてええ!どらちゃんの悪魔!」
「正しいことを言ってるだろうが」
「助けて!ぎたちゃん!」
「えー。でもそれはそうだし」
「味方がいない!べーやん!」
「えぁ、えっ、と、ギターくん」
「おれえ?」
「な、なんとかして」
「そう!なんとかして!」
「ぶん殴れば?」
「なぐっ、ぼ、暴力は良くないよ……」
「ぎたちゃんて意外と手出るよね」
「りっちゃんにはなにしてもいい」
「は?自分の劣悪な理性を他人のせいにするなや。俺は悪くない。周囲からの強制で暴力を振るえば賞賛されてその場では気持ち良くなれるかもしれないけど何の身にもならないんだからお前の意思で俺を殴らない選択肢を選べ。分かったな」
「ね?殴ってもいいしょ」
「いいね」
反撃されないようにどらちゃんを羽交い締めにしてから、ぎたちゃんにいっぱいパンチしてもらった。全然効いてなかったけど。ぷんってされた。
「どらちゃんマジでもうちょっと性格良くなった方がいいよ。誰とも仲良くなれないよ」
「誰とも仲良くなりたくない。他人と馴れ合うと人間強度が下がるって聞いたことある」
「かっこいい」
「これは岸が言ってた」
「あっ、バカにしてるな?」
「あ!めーすいり!」
「発音おかしくない?」
「思いついた。りっちゃんをなるほどさせられるところ」
「言ってみろ」
「うーんと、今までみんなに喜ばれたことが全部正解だったら、りっちゃんも車道に突き飛ばされたり、カバンでぶん殴られておでこ裂けたりしないでしょお?だから、怪我してないボーカルくんの方が世間的には合ってる!」
「は?怪我の有無で人間性を判断できるわけないだろ。じゃあ車に轢かれるボーカルくんは毎晩家族に暴力を振るい自分は働かずに金銭だけを要求する人間のクズ」
「わああああ」
「ボーカルくんが泣いちゃった……」
とんでもねえとばっちりが来た。ただ、ぎたちゃんは頑張って考えてくれた上にどらちゃんを納得させようとしてくれたので全く責められない。なんで俺が人間のクズ扱いされなきゃならないの?どらちゃんの方がよっぽどクソ。
机に突っ伏してメソメソしてたらべーやんがおっかなびっくり慰めてくれたし、ぎたちゃんにぶーぶー言われたどらちゃんが俺を口説きにかかってきたので立ち直った。俺の顎をクイってやって「泣いてる顔もかわいいけど俺の前では笑ってて欲しいな…」ってやることで何か好転するとしたら世界が終わって欲しい。
「はーあ。彼女欲し。彼女じゃなくてもいい。女の子がこの場にいたらどんなに嬉しいだろ」
「じゃあ俺呼べば来る女の子に会いに行くから帰るわ」
「絶対帰さねえからな!齧り付いてでも!」
「うわ。歯ぁ鳴らすなよ、きったね」
「虫歯ない!」
「きたない」
「あ″ー!!!」
「今日なんでそんな機嫌いいの?」
「わかんない。なんでかな」
「機嫌いいなら今日の飲み代全部奢ってよ!」
「いいよ」
「いいの!?イエーイ!もうどらちゃん俺のことどんな扱いしてもいいよ」
「ボーカルくんのゴミクズ。これといった取り柄なし。生きてて何が楽しいんだ?チビ。服ダサ」
「ぐっ、うっ、だいぶ泣きそう……奢りじゃなければ耐えきれなかった……!」
「かわいそう」
「でも俺も明日から毎日スーツ着るから……服ダサいについてはもうブーメランになるから……」
「は?チビがこれ着たところで七五三にしか見えるわけないだろ。真似するな気持ち悪い、ロングコートの裾引きずらなくなってから物言え」
「こいつマジで嫌!!!!!」
「わははは」
「脱退!解散!」


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