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日常



「こんなどらちゃんはヤダ」
「……………」
「……………」
「……………」
口火を切ったのはボーカルくんなのに、ギターくんと二人してめちゃくちゃ考え込んでいる。ていうかこの場にドラムくんもいるんだけど。本人のいる場所で話すことだろうか。無視されてるからいいのか。いいのかな?無言のまましばらくして、ぴ!と挙手したギターくんが声を上げた。
「はい!子どもが好き」
「うわー。人としては良いのにどらちゃんになると最悪」
「でしょお」
「あれで子ども好きだったら絶対邪な目で見とる。次」
「次ボーカルくんゆって」
「んー……言葉がお上品」
「だははは」
「ご自分の歌声で表現できないことをこちらのせいにしないでくださります?お馬鹿さん。ってゆってくる」
「お嬢様じゃん。さっきボーカルくんがゆわれてたやつだし」
「ふわふわの扇子も持ってる」
「それお嬢様?」
「ぎたちゃん次言って」
「うーん。財布がだっさい」
「わはははは」
「ドラゴンのやつ」
「小学生が持ってるやつね」
「あとカバンにゆるキャラのぬいぐるみマスコットがついてる」
「あ!二個言った!二個!ずる!」
「ずるいの?」
「ずるくはない。ごめん」
「いいよ」
「えーと、曲がり角で毎回足の小指ぶつける」
「どんくさ。かわいそう」
「あーでもガラス窓には突っ込んでたから無くはないな……」
「自転車に乗れない」
「ワンチャンそれはあるくない?」
「りっちゃんチャリ乗れる?」
「乗れる」
「乗れるって。残念」
「なーんだ。つまんないの」
タブレットに目を落としたままのドラムくんが普通に言葉を返したので、この会話はありなのか…と内心でぼんやり思う。ベースくんはなんかある?と話を振られて、えっ、えっと、ええと、ともごもご考えているうちに、ドラムくんがこっちを見ているのと目が合ってしまったので、頭が真っ白になった。
「……………」
「……………」
「あ!どらちゃんがべーやん威圧してる」
「威嚇しないの」
「してない。何言うんだろうなと思って」
「その圧が強いんだって」
「りっちゃんなんかないの?こんなりっちゃんは嫌だ」
「……んー……緑色」
「んはははすげえやだ」
「どこが?皮膚?」
「皮膚だったら人間じゃないだろ。頭だよ」
「きのこみたいな頭ちゃんとアイデンティティなんだ?」
「ぶはははは」
「あっ」
「あっボーカルくんが落ちた」
「泣くほど笑うな。染めてやろうか」
大笑いしながら椅子から転げ落ちたボーカルくんが、ひい…しぬ…とぜえぜえしながら戻ってきた。顔が真っ赤だ。大丈夫だろうか。ちょっと落ち着いたみたいだったのに、ドラムくんの顔を見た途端にまた吹き出して突っ伏してしまったので、なにか変なツボに入ったらしい。
「はい。女の子と手繋ぐ時にいちいちズボンで拭く」
「りっちゃんよく自分で出るね」
「俺だったら絶対にしない。お前らはする」
「しねーよ!」
「っし、しな、多分しない」
「なんで拭くの?きったないから?」
「きったないって言うなや。傷つくだろ」
「手汗だよ」
「え?ボーカルくん手汗かくじゃん」
「ぎたちゃんに俺の何が分かるんだよ!」
「あいたっ、だってこないだマイクに手形ついてたの自分で笑ってたじゃんかあ!」
さっきまで仲良く笑ってたのにギターくんとボーカルくんがもちゃもちゃ掴み合いの喧嘩を始めた。おろおろしていると、放置を決め込んだらしいドラムくんが再びタブレットを手にとって、口を開いた。
「8万ぐらいの安いのを適当に着てすぐ買い直すか、最低金額で17万のちゃんとしたやつを長く着るか、どっちが良いと思う」
「え、え?なにが?」
「フルオーダー。新しい店探したいんだけど、でも飽きるか……長く着るっつっても……」
「ぇあ、あー、スーツ……」
向けられたタブレットにはスーツがずらっと並んでいて、そういうこと相談してくれるんだ、とちょっと嬉しくなって少しだけ寄った。これとか、こっちは?みたいなの見せられて、こくこく頷きながら話を聞く。
「こっちが安い方。でも生地の種類が少ないから……ベースくんスーツ持ってないの」
「も、持ってる、一応」
「買い直す予定ない?」
「えと、ぇ、いま、今のとこない……」
「この店行ってみて」
「えっ!?ぇ、えぇ……」
「えー。行ってみて。買わなくてもいいんだから、案外楽しいし。採寸とか」
「ぅ、うん……」
「行ったら教えて」
「こんなどらちゃんが嫌だ!ああやって人の善意に漬け込むのは悪いことだって認識する!」
「もうあれ人体実験じゃん」
「いいんだよべーやん!絶対べーやん押し負けて買わされるから!どらちゃん今わっるい顔してたかんね!」
「チッ」
「で、でも、この歳にもなって、ちゃんとしたスーツとか持ってないのも、あの」
「え?ベースくんちゃんとしたスーツ持ってないの?やば」
「ゔ」
引いた顔をドラムくんに向けられて、割とちゃんと落ち込んだ。



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