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日常




「そんでー、後ろ向いたら女の人はもういなくって、えーっと、座ってたとこが濡れてたんだって。乗ってきたのがオバケだったってこと」
「え?全然怖くない」
「うそお」
「……なにしてんだ」
「あ。どらちゃんおかえり」
「おかえりー」
喫煙所に行って戻ってきたら楽屋の電気が消えてた。廊下までは当然ついていたので、停電ではない。入口でスイッチを探って付ければ、なんでつけるんだわざわざ消しているのに分かんないのか鈍感、と非難轟々だったので消した。一瞬付けたので見えたけど、黙ってたから分からなかっただけでベースくんもいたようだ。窓もない部屋なので真っ暗で、ギターくんがスマホのライトをつけたらしく、ぱっとそこだけ明るくなる。ので、そっちに寄って行って椅子を引いて座った。
「なに。暗い」
「ボーカルくんがさあ、俺が怖い話すると怖くないってゆうんだよ」
「だってぎたちゃんの話し方ぜんっぜん怖くないもん。暗くしたけど平気。ね、べーやん」
「ぅ、うん、そう……」
「馬鹿に何語らせても響くわけないだろ。ボーカルくんだってほぼ脊髄反射で喋ってる癖に」
「だからぎたちゃんに怖い話いっぱいしてもらったら俺ホラーだめなの克服できんじゃないかなと思って!」
聞いてないし。そもそもそれ今やることじゃないし。本番前なんですけど。ベースくんに目を向けたが、一応止めはしたようで、何か言いたげな顔でもごもごしてから目を逸らされた。年長者としての意志を強く持ってほしい。馬鹿二匹のリードを俺一人に管理させるな。きらきらした目のボーカルくんに見られて、時計に目を落とす。暗くてよく見えん。まあまだもう少し時間はあるからいいか。ちょいちょいとボーカルくんの肩を叩いて耳に顔を寄せる。
「今日家出る時ちゃんと鍵閉めた?」
「え?なに、閉めたよ」
「冷蔵庫の扉閉めた?」
「し、……閉めたよ……」
「冷凍庫の扉、ちゃんと閉めた?」
「……閉めたと思う……けどお……?」
「ふうん……」
「ねええ!?そういう怖いじゃないから!やめろや怖えな!」
昨日冷食まとめ買いしたんだけど!?と頭を抱えているボーカルくん。巻き添えを食らったらしいベースくんの顔色もとっても暗くなった。満足。
まあ、怖い話と言っても程度があるし、そもそもギターくんにできる怪談噺なんてたかが知れている。さっきのも多分終わり方から推測するに、タクシードライバーが幽霊を乗せた的な怪談だろう。なんでそんなリアリティーのないやつを選んだんだ。
「ぎたちゃん、もういっこして」
「えー。もうないよお」
「お願いお願いお願い」
「うーん」
暗い中でもちゃもちゃダダ捏ねてるボーカルくん、面白いな…と思いながら見ていると、ギターくんも同じだったようで、しばらく引き伸ばした上に半笑いで「じゃあねえ」と話が始まった。もうちょっとやらせといても良かった。具体的に言うと、マネージャーとか誰かがこの部屋の扉を開けるまでぐらい。
「うんと、足音がついてくる話」
「それだけ聞くと怖そう。ぎたちゃんが話してくれるなら平気だけど」
「えーもおー、怖がってくんないと話しがいないよお」
「怖くない方がこっちとしては嬉しいんだって!ねっべーやん」
「えっ、あ、そ、そうだね」
「ベースくんはマゾだから恐怖に怯えたくて仕方がないんだって」
「そっ、そんなこと言ってない!」
「俺が話してやるよ。怖い話だろ」
「えっどらちゃんの怖い話とか……やだ……」
「なんで」
「……性格が悪いから……」
「俺が学生の時の話なんだけど」
「ねえやだってえ!ほんっとに怖いのはやめてよ!?ねえ!」
「自習室にずっといると子どもの声が聞こえるって噂があって」
「じしゅうしつ」
「なにそれ」
「自習も知らんのか?馬鹿どもが」
「自習は知っとるわ!先生がいない時のやつでしょ」
「自由時間ね」
「違う。自分で学習する時間」
「じゃあ知らんわ」
「なに?じしゅうしつ」
「自首の間違いじゃない。どらちゃんだし」
「あー。ね」
話の腰を折るな。黙って聞け、と軽く蹴飛ばせば、はいはい、と気の抜けた返事をされた。というか、怪談噺をしたいのに横槍を入れたらそりゃ怖くもなんともないだろう。まさかとは思うが、さっきまでもあの調子だったのか。怖。相互コミュニケーションが取れない。
「学生の時。自習室に長いこといると子どもの声が聞こえるって噂があって、まあ多分居座られないように誰かが立てた噂なんだろうけど、割と信じられてたんだよな。それ聞いたら死ぬとかいう尾鰭は誰も信じてなかったけど」
「うん」
「それに、確かに子どもの声っぽいのが聞こえることとかもあって。でも近くに公園とかあるから、そのせいなのかなって感じで無視されてた。怖がって使わない人がいるほどじゃない、ぐらいの扱いだったな」
「話しかけられんの?」
「いや?人によってまちまちだった。まあ噂だし」
「そお」
「ボーカルくん怖い?」
「まだ平気」
「俺は、家で勉強するのそんなに捗らなかったし、自習室だとすぐいろいろ調べられるから楽で入学してすぐからよく使ってた。噂云々って言うよりは、後の人がいるからそんなに長い時間使ったことは無かったんだけど、高二ぐらいから結構、夜まで居るようになって」
「待って」
「なに」
「えっ……そんなに勉強すんの……?」
「怖」
「する。するだろ、ベースくん」
「えぁ、ぅ、うん……試験前とか……」
「別の世界の話?」
「勉強を……する……?」
「馬鹿は黙ってろ」
「はい」
「すいません」
「夜になると、確かに子どもの声っぽいのが聞こえるんだなって気づいた。よく考えたら、それまでは静かなのに日が暮れた後にだけ聞こえるのもおかしいんだよな。俺はあんまり気にならなったし、リスニングとかだとイヤホン使うことも多かったから、それに気づいたのは後だったけど」
「どらちゃん。タイム」
「無し」
「怖くなってきた」
「黙れ」
「はい」
「高三になって、俺が一番最後まで残る日がほとんどになって。取りたかった科目のせいもあるんだけど、その辺りでやっとなんか、この声なんなんだろうな?って思ったから、メモ残すことにしたんだよ」
「なんで!?」
「気になったから。最初はそれも忘れてて不規則だったんだけど、一ヶ月ぐらいしたらパターンが分かってきた。ほとんどは笑い声で、言葉っぽいのが数回混ざる感じ。耳が空いてる時しかメモ取れなくて、変わったのに気づいたのは一ヶ月後ぐらいだったかな」
「かわっ……」
「べーやん!反応しちゃダメだ!耳をしっかり塞ぐんだ!どらちゃんのペースに巻き込まれ」
「ボーカルくん静かにして」
「はい」
「言葉っぽい……ていうか、何言ってるか分からない感じだったんだよ。それの時は、ノックされることがあって。けど、壁薄いし、同じような扉が並んでるわけだから、この部屋じゃないかもしれないしって無視してた」
「ほお」
「うえええんぎたちゃんが乗り気になってるぅ……」
「気になったとこでちょうど英語の、なんだったかな……細かいことは忘れたけど、聞き取りが多かったから一週間ぐらいそれに集中してたんだよ。大学入る前だから、入試云々ではなかった気がするけど……あー、忘れた。思い出せん」
「そんなことどうでもいいよ!早く終わってよお!」
「それが片付いて、久しぶりにイヤホン使わなくなったけど、なんかその声のこととかすっかり忘れてて。っていうのも、聞こえなかったから。あれ?そういえば今日笑い声しないな?って思ったのも遅くて、そしたら扉がノックされてさあ。子どもの声で、しつれいします、って」
「ひ……ひい……」
「普通に返事しそうになって、これ返事して平気なやつなのかな、ってちょっと思って。開けるかどうかも正直迷った。一旦保留にしようと思って、でもその5分後ぐらいに今度ちょっと荒い感じで、扉叩かれて。今度は足音と、また」
「失礼しまーす」
「びぎゃあああああ」
「わああああ」
「んははは」
「どうぞー!」
「なんでどうぞとか言うのなんでどらちゃんバカなんでそういうことするのバカバカバカ」
「……え?なん、えっ?」
なんで暗いんですか……?と不思議そうな顔をされて、タイミングよく扉をノックして「失礼します」と声をかけた張本人、事務所から来てる女のスタッフに、軽く手を振って気にしなくていい旨を伝えた。ボーカルくんの大声と俺に隠れるベースくんに、不思議そう、から、訝しげに変わった表情のまま、時間だから声掛けに来たんですけど…と言われて了承した。電気だけつけてもらったけど。そもそも彼女が伝達をしに来る時、楽屋に入る前にノックしてくれって、どうぞって言うまでは入らないでほしいって言ったのはボーカルくんだし、その理由は俺が本番後だと暑すぎて服とか着てられない時があるからなんだけど、俺は見られても特に恥ずかしくないし、あの女も俺が服を脱いでようが着てようが反応が変わらないんだから、そんな気は回さなくていいと思う。ていうかこいつらが叫んだから、ギターくんは笑ってたけど、とにかくでかい声出したから俺まで扉の向こうに聞こえるぐらいの大声出さなきゃいけなかったじゃないか。あとベースくんがずっとしがみついててうざい。
「このぐらいちゃんと現実っぽいやつにしないと。それっぽい嘘って言っても」
「なるほどね」
「嘘!?嘘なの!?嘘なんだよね!?」
「怖がらせようとして喋らなくても勝手に想像してビビってくれんだから」
「んー。今の話おもしろかった」
「だろ」
「ねえ!嘘なら嘘だって言って!今すぐ!どらちゃん早く!早く言って!」




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