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日常




「金、欲しすぎるな……」
「……………」
ハーゲンダッツを食べながら言うセリフではない。絶対。うん…と一人頷いている先輩には悪いが、少なくとも俺はあんなカジュアルにお高いアイスを食べられる財布を持っていないし、世の中の大多数の人はそうなのではないかとすら思う。先輩の方を見もしないヒノキさんが、ぼそりと呟いた。
「働けばいい」
「は?汗水垂らして労働した後で一息ついてアイス食べるのの何が悪いんですか?ヒノキこそ働いてほしい。俺に圧をかけるのは仕事ではない」
「ななせ。ここ合ってないからもう少し早く」
「は、はいっ」
「うめえ〜〜。神の食い物。3食いける」
「腹壊すぞ」
一応、練習中なんだけど。ヒノキさんに色々言われて、キー!ってなって飛び出してった先輩が自分の分だけアイス買って帰ってきて、一人で食べてる。一応、みんなの分あるのかな?と思って先輩が食べ始めた時はちょっとわくわくしたんだけど、当然なかった。なんなら悲しいことに、わくわくしてる俺に誰も気づいていなかった。
先輩が休憩してる間は、なんとなく俺とヒノキさんも休憩になる。いつも割とそう。もう少し早くって言われたところを練習しようかと思ったんだけど、ヒノキさんは俺をちゃんと休ませようとしてくれるので、ペットボトルでぐりぐりされて中断した。優しい。先輩曰く「いやあれはただのリスク管理」だそうだ。髪の毛が邪魔っけになってきたなあ、と思いながらくくっていると、先輩がアイスを食べ終わって口を開いた。
「バイト増やして3食ダッツ食べれるようにするわ」
「どうせすぐ飽きる」
「飽きねえし。フレーバー無限だから」
「そっちじゃない。仕事の方だ」
「そんなんは当たり前だろ。ナナセを見ろ」
「ああ。そうか」
「えっ!?俺、俺別に飽きてバイトやめてないですよ!?」
「は?つまんなくなったらすぐやめるじゃん」
「違います!」
「好きで働くバカいるわけないだろ。嫌々働いてんだから飽きてモチベ下がったら辞めるに決まってる。ナナセみたいに」
「だから!」
全然聞いてもらえなかった。そんなことないのに。ものすごい信用ないみたいで嫌すぎる。確かにバイトはあんまり長続きしないけど、それはそもそも長く続けるつもりでやってないからであって、ちゃんと働こうとすれば働ける。ヒノキさんが最後にぼそっと「まあいづるのモチベーションを維持するよりは断然ななせの飽き性をどうにかする方が対策が立てにくいしな」と吐いたので、えっ嘘…そんなこと思われてたの…?ってなった。俺そんな扱い?先輩よりよっぽど真面目に一生懸命やってるつもりだったのに。落ち込んでる俺のことは全く気にせず、ていうか俺が落ち込んでて気にしてもらったこととかないけど、先輩が何事もなかったかのように話し出した。
「楽して稼ぎたい。なにしようかな」
「目標のために努力しようとか少しは思えないのか」
「ヒノキの言ってる意味がわかんない」
「……口だけは回るんだからそういう仕事をしたらどうだ」
「あー。適当に相槌打ってるだけで目の前の金ヅルが勝手に卵産んでくれる系の仕事」
「そう。天職だろ」
「まあ向いてる自負はある、あ!コールセンターとか!」
「ああ……」
「絶対うまくやれる自信ある。申し訳なさそうな声出して、はい〜って言ってれば金もらえんでしょ?」
「……電話の相手が人間だと認識していない上に、何を言われても生返事で跳ね除けられる図太い精神を持ってるいづるには向いてるだろうな」
タブレットに目を落としたままのヒノキさんが、呆れ返った声で言った。俺もそう思う。だって今まさに俺のこと存在しない扱いしてるもん。天職だよ。
「ていうかお前今の仕事があるだろ」
「なにが?」
「話を聞いて金銭を得る仕事」
「あれは仕事じゃないし。ボランティアだし。お気遣いでほんの少しだけ小遣いを頂いているだけだから」
「……どうしようもないな……お前……」
ヒノキさんがやっと先輩の方を見て、心の底からそう言ったので頷いたが、頷いた後に「でも俺はこの人に適当に働いて飽きたら辞めての繰り返しだと思われてるんだよな…」と思うともやもやして、とりあえずスマホで新しいバイトを探した。長く続きそうなやつがいいな。なんだろう。アパレル系とかちょっと憧れある。ついつい探していると、後ろから見えたらしいヒノキさんに画面を隠された。
「おい。仕事するな、練習しろ」
「……はい……」

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