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日常





「穂村。時間ある?」
「はい。打ち合わせ三時からなので」
「今日中にここの段ボール片付けなきゃなんだけど、俺電話入ってて。あとこれだけ頼んでいいか?」
「大丈夫ですよ」
「悪い!助かる」
二階の倉庫に頼むな、と言い置いて走って行ってしまった先輩の背中に、わかりました、と声をかけた。割と大きめの段ボールが五箱だ。まあ時間はあるし、と箱に手をかけて、持ち上げようとして、一旦離れた。
「……………」
いや、おっも。重いわ。思ったのより五倍ぐらい重い。これを二階の倉庫に?五箱?今から?マジかよ。軽く受けなければよかった。いくらここが一階で運び先が二階といえど流石にエレベーターは使うが、ボタンを押す時点で変な体勢になったら腰をやりそうだ。とりあえず溜息をついて、さーて周りに手伝ってくれそうな人はいないかな〜?と一応見回したけれど、誰もいなかった。事務所、割とこの時間はみんな出払ってるしな。作業をしている他の人に手伝ってもらうのも忍びないし、そもそも女性には厳しい重さだ。俺がやるしかないか。最終手段として、先輩が電話からそのまま外出していなければ呼び戻そう。
現在地としては、玄関付近だ。この段ボールは元々事務室に積まれてた物なので、そこからまず誰かがここに引っ張り出したのだろう。いやもう、そのまま倉庫まで持っていってくれよ。なんで廊下に一回ステイさせたんだよ。若干の憤りを感じたところで、そのままムカつきを力に変えて箱を持ち上げる。くそ!もう!何入ってんだよ重いなあ!書類かな!俺ちゃんと年取ってんだぞ!若い奴がやれよ!
「……ぐう……」
エレベーターのボタン押す時に力が偏るのがつらい。あとこの待ち時間もきつい。でも下ろしたらまた持ち上げるのが嫌だ。早くしてくれ、と階数表示を睨みながら、腕の筋が引き伸ばされるのを感じる。まだ一個目とか嘘だろ。もう四個目ぐらいってことにしてくんないかな。
既にゼエゼエしながら二階倉庫に辿り着いた。が、扉が閉まっていた。最悪だよ。そりゃそうなんだけどさ。もう半ばタックルして開けた。一個目でこれとは先が思いやられる。しかし倉庫の中には恐らく先輩が積んだであろう段ボールが六箱あって、先輩ってもしかしてゴリラだったのかな?と思った。俺は普通に非力寄りだぞ。
「……はーあ……」
とりあえず、ちゃんと時間通りに来るであろう秋さんとか宮本さんが来るまでには終わらせたい。最悪打ち合わせの後でもいいか、と諦めも含みながら戻って、二箱目を持ち上げた。早くもいろんなところが痛い。
「あ。おつかれさまです」
「……なにしてんですか」
「肉体労働です」
「はは。おつかれさまです」
四箱目を持ち上げた時に秋さんとすれ違った。いや早いな全然間に合わねえよ、と思ったが、どうも俺の時間配分が間違えていたらしい。思っているよりも自分は衰えている。悲しいことに。軽く笑って通り過ぎられて、イラッと来たらいいのか、今日は割と機嫌いいなと思ったらいいのか、微妙な感じだった。重い。あと俺が必死に運んでるのになっがい足でスタスタ歩いてエレベーター先に乗っていっちゃわないでほしい。待っててよ。秋さんが乗っていっちゃった分で一回待たなきゃいけなくなった。
「あっ、お、おつかれさまです」
「あ?ああ、はい……おつかれさまです」
「て……手伝……ったり、します、か?」
「大丈夫ですよ。すぐ行きますね」
「ぅ、はい……」
で、エレベーターを待ってる間に、宮本さんが来た。この二人の到着時間は割と同じぐらいなので。早く来い早く来いと念じていたせいで、宮本さんへの挨拶がおざなりになってしまったが、手伝うべきだろうかとオロオロしながら開ボタンを押して二階で下ろしてくれたので、逆に申し訳なくなった。宮本さんに持たせたらその後に響きそうだしな…俺も別に力無いけど、宮本さんも非力なイメージある。やっぱ秋さんに手伝えって言えばよかった。「は?なんで俺がやんなきゃいけないんすか?」って100%言われるけど。嫌そうな顔が想像できるもんな。我妻さんとかなら気軽に「いいよー!どこまで持ってくの?」って受けてくれるかも。来たら頼んでもいいだろうか、と思うくらいには心が折れてきた。後にしよっかな。のろのろ下に降りて、あと一つになった箱の前で背中を伸ばしていたら、声をかけられた。
「んお。なにしてんすか」
「……おつかれさまです。箱を運んでいます」
「ふうん?」
「もう秋さんと宮本さんがいるので……横峯さんが早いの珍しいですね?」
「お腹空いてて買ったけど、食べ損なって早く着いちゃった」
「ああ……」
下げているビニール袋と、手に持っている食べかけの肉まん?あんまん?系のなにかを見て、合点がいった。壁にかかっていた時計を見て、間に合ったー、と頬を緩めた横峯さんにつられて、よかったですね、と笑う。もう時間ないかな。資料の用意もしたいし、流石に無理か。
「飲み物持っていきますよ。なにがいいですか?」
「これ運んでんの?」
「はい。でもあとにするので」
「ん」
「だい、あの、横峯さん?」
かぷりと肉まん(多分)を咥えた横峯さんが、ひょいと箱を持ち上げてしまった。口が塞がっているのでコミュニケーションがとれない。下ろしてください?と言ったのだが、微動だにしなかった。え?なんで?俺の言葉もしかして聞こえてない?
「あの、ありがとうございます、お気持ちだけで」
「……………」
「重たいので大丈夫ですよ。ねっ?下ろしましょ?」
「……………」
「後でドーナツあげますから」
「……………」
通じねえー!なのにちゃんと箱持ってる!でもここで俺が「あ、はい。じゃあこっちです」ってやってるのを他の人に見られていらん噂が立つのも嫌だ!そもそも重い箱を持たせっぱなしで立たせてるのもおかしい!ていうか結構平気そうだけど、内心で「早くどこに運ぶか言えよグズ」と思われてるかもしれない!いや横峯さんはそんなこと思わないけど!思わないんだけど!
「……あ、こっちです……」
「……………」
「ごめんなさい本当に、あの重くなったら下ろしてもらって……」
「……………」
やりにくい。すごく。誰かに見られたら嫌なのでものすごくぺこぺこしながらエレベーターまで案内したし、待ち時間が少ないようにダッシュでボタン押しに行った。で、階段から出てきた後輩にばっちり見られて、はっ……!って顔をされたので、ハンドサインで「後で事情を話す」を必死で伝えた。あと、ずっと横峯さんが肉まんを咥えているので、いつか千切れて落ちるんじゃないかと不安でしょうがない。買って返す、絶対。せめて荷物ぐらいは持ちたいと思ったが、横峯さんは基本手ぶらなので、コンビニのビニール袋くらいしか持ってあげられそうなものがなかったし、手首に引っかかっているから貰いようがなかった。五秒に一回ぐらい謝りながらエレベーターに乗り、廊下を先導し、倉庫の扉を開けてめちゃくちゃ頭を下げた。
「ほんっっっ……とうに、ありがとうございます……!」
「……………」
「あ!ここで!ここでいいです!ここが到着地です!もう下ろしてください!なんでも買ってあげますから!」
「んむ」
抱えていた箱を下ろした横峯さんが、口に咥えていた肉まんをまぐまぐと頬張り切って、飲み込んだ。重かったですよねごめんなさい持たせるつもりはさらさらなかったんです本当です信じてください、と平謝りする俺に、ひらひらと軽く手を振って受け流しながら。
「重たいもの持つの慣れてっから、全然へーきだよ」
「な、慣れ……いやでも……」
「バイトでよくやっててさあ、マネージャーさんの、こー、こういうのが、関さんがきつそうな時に超似てたから手伝っちゃった。ごめんね」
こういう、と背中を伸ばしていた時の真似をされて、確かにきつかったしもう嫌だったし手伝ってもらってものすごく助かったけれどそれらの感情を上回った申し訳なさはどう伝えたらいいいのかと、手を宙で意味もなく動かした。それじゃあ後でね、と倉庫を出ていきそうになるのに、よぼよぼ着いていく。何を勘違いしたのか、きょとんとした横峯さんが、手を打って口を開いた。
「あんねえ。ななめに持つといいよ。あとー、腕だけで持たないで、ぎゅってして一緒に立つといい」
「……重い段ボールを持ち上げるライフハックを聞きたくてついてきてるわけじゃないです……」
「あ、そお?」
「……デザートはいりますか?」
「別にいいってば」
「黙って食べたいものを言いなさい」
「黙るの?言うの?」
「もう!」
「わはは」
じゃあ、と指定されたデザートを近くのコンビニで買って打ち合わせの後に横峯さんに渡したところ、それを秋さんに見られていて「なんでだ」「こいつは話し合いの間寝てたのに」「俺の方が頭を使った」と詰め寄られ、めんどくさかったから他の三人の分も買った。自腹で。


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