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かなちゃんとすーくん



「海行きたい」
「行く?」
「……いや……」
「いいの?」
「……………」
何の気なしに付けていたテレビを見ていたカナちゃんがぼそりと言ったので、行くならバイク出せるけど、の意を込めて返事をしたのだけれど、難しい顔で固まってしまった。もう夕方だけれど、無理な話じゃない。それに、明日午後からだって言ってたじゃない。その代わり地方なんでしょ。だからさっきスーツケースに荷造りしてあげた。カナちゃんはガサツなので、すぐ散らかして服をくしゃくしゃにする。ので、きちんと畳んで整理整頓して、どこに何があるか分からなくならないようにラベルにちゃんと「二日目」とか書くところまでやってあげたのだ。それは自分でやる…とオロオロしていたのを追っ払ってアイスを与えたらそっちに気が向いたのでその間にこなしたのだけれど、戻ってきたカナちゃんが無の顔で「俺はもう一人で暮らすことができない。すーのせいで」と落ち込んでいたから、テレビをつけたらそっちを見始めて、「海行きたい」に戻る。全く、何が不満なんだ。世話を焼きすぎだとか文句言うけど、だったらカナちゃんだって我儘が過ぎる時があるぞ。
「なんかあ……求めたことを……全部されるのが……ダメ人間になる気がして嫌……」
「元々でしょ」
「だってさあ!お前がいたら俺どうなるの!?彼女とか一生できないじゃん!友達もお前以外ほとんど連絡とらなくなっちゃったしさあ!だって全部事足りんだもん!」
「海はどうするのさ……」
「行く」
「準備して」
「はい」

暗い。いくら夏とはいえもう夜なので、当たり前だが。夕暮れの中を運転してここまで来るのはなかなか楽しかったし、カナちゃんがずんずん砂浜の方へ行ってしまったので普通に置いて行かれた。テンション上がりすぎでしょ。
「すー。サンダルが死んだ。もう履いてる意味ない」
「パンパンしな」
「あとタオル忘れた」
「なに準備したわけ……?」
「気持ち」
どうせカナちゃんは何も持ってこないだろうから、タオルと飲み物は持ってきた。いくら日が暮れたとはいえ暑いものは暑いわけだし。遊んでいる人もまばらになった海岸をだらだらと歩いていたら、おしゃれな感じにライトアップされた海の家を発見した。お腹空いたなあ。
「なんか食べようよ」
「焼きそばがいい」
「屋台とか、こういうとこの焼きそばって美味しいよね」
「目玉焼きが乗ってるやつ」
「……目玉焼き?」
「そう。すー食べたことないの」
「普通の焼きそばしかないかな……」
「うまいよ」
そう言われたので、まあ想像だけでもそりゃ美味しそうだなと思って入店したが、残念なことに目玉焼きは乗っていなかった。あたしよりもカナちゃんが残念がっていたので、じゃあ今度焼きそば作ったら目玉焼き乗せてあげるから、と言えば、そうじゃないんだと首を横に振られた。こういうとこで食べる醍醐味みたいなのがあるだろう、と。分からなくもないけれど。
「俺正直こういうおしゃれな店には焼きそば無いと思った。あったわ」
「よかったね」
「うまい」
「うん。おいしい」
「でもこの前すーが作った塩焼きそばも相当うまかった。5本の指に入る」
「なんかそのあと三日ぐらいずっと「今日焼きそば?」って連絡きたもんね……」
「運良く今日花火とかやんねえかな」
「花火なんかあったらもっと人いるでしょ」
「あー、それもそっか」
「花火大会ねえ。あ、月末にあるよ。ここじゃないけど」
「……………」
「行く?」
「……お前で全てが事足りてしまう……」
「カナちゃん行かないならあたし他の人と行くからいいけど……」
「なんでそういうこと言うんだよ!俺今すごい頑張って仕事の都合つけようとして考えてたのに!?すーは俺以外にいくらでも相手がいるから!そうやって!」
「うわ」
「引くなよ泣くぞ!学生時代クラスの端の方にいたオタクの友達居なさ舐めんじゃねえぞ!人見知りとかしないのに周りに人もいない悲しさがお前に分かるか!?花火大会なんか家から一人で見てたわ!」
「わかったわかった」
「今日だって超楽しんでるのに!俺だけ!」
「え。あたしも楽しいよ」
「そ……そう?そっか……」
店に人が少なくて良かった。半分外みたいなものなので、多少騒いでも特に誰も意に解さないし、酔っ払って楽しくなってると思われてると思う。残念なことに一滴も飲酒していない。だって帰りはカナちゃんが運転して帰るからね。
カナちゃんが情緒不安定なのは割といつものことだし、急に狂ったかと思うと落ち着くのもよく見る光景なので、ほっとく。家でスマホ見ながら静かにしてたのに、突然大の字になったりじたばた暴れたりした3分後に真顔で体操座りしてたりするもん。いちいち気にしてたら疲れる。本人も特に気にしないでほしいって言ってたし。曰く、「そういう生き物だから放っておいてくれ」だそうだ。それに、楽しいのは自分だけみたいな言い方には流石にむっときた。あたしだって楽しいもん。あからさまにはしゃいだりはしないけど、カナちゃんといるのそれだけでおもしろいし。
デザートにでっかいかき氷を食べて店を出る。さくさくと砂浜を踏んで来た道を戻る途中、カナちゃんがふと波打ち際の方を見た。ぼおっと立ち止まってしまったので、同じく歩みを止める。
「……………」
「?」
「……………」
「……えっ、入らないでよ?」
「入んねえよ……」
「そのまま走って飛び込んでいきそうだったんだもん」
「俺のこと何歳だと思ってんだよ」
「最近は5歳ぐらい」
「こないだまで4歳だったじゃん。成長」
「どしたの?海になんか思い出でもあるの?」
「んや。ない」
「ふうん?」
「明るい時に来たかったなあと思って」
「来ればいいじゃん。なに、これが最後的な感じ出してるの」
「来るとしたら相手はすーだろ」
「あたしじゃだめなの?」
「水着着てくれる?」
「水に入るのはちょっと……」
「サーフィンしてみたいんだけど」
「体験みたいなのあるんじゃない?初心者向けの、なんか必要なものとか貸してくれるやつ」
「俺がそれしてる間お前何してんの」
「あー……そっか。なるほどね」
「そう」
「一人で来ればいいんじゃない?」
「一緒にやろうってなんでならないんだよ!」
「え、水着やだし……」
「ケチ!楽しいかもしんないだろ!」
「あたしサーフィンしたことある」
「がああああ」
「痛い痛い」
足がじゃりじゃりしたまま家に帰って、行ってらっしゃいをして別れた。花火大会にサーフィン、あと目玉焼きが乗った焼きそば。カナちゃんが帰ってきたら、なにからしようかな。



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