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サウンド




「言われた通りのこともできないのか小指から順番に折るぞ左手出せ」
「ごめんなさいごめんなさいごめんなさい」
「出せ」
「許してください!」
「え?拷問会場?」
片目を眇めて首筋に血管を浮き立たせながら眉根を寄せて左手首を掴まれたので、もうマジでダメだと思って泣きながら謝っていたのだが、ギターくんが扉を開けてくれたからぎりぎりセーフだった。どお?うまくいきそ?と首を傾げられて、普通に怖すぎて涙が止まらないまま首を横に振る。もう無理です。
ドラムくんが曲を作ってくれた。一回出されて聞かせてもらって、うあーすごいってなってから「やっぱやめる」って引っ込められて、また違うのが出てきて、うわーこっちもすごい「やめる」、三度目の正直でこれもまた毛色違くてかっこい「やめる」、と言う感じではあったけれど。途中ブチ切れられた。てめえに合わせている事実に腹が立つので我に帰ると頭の血管が切れそうになる、と。それは本当に申し訳ないし、最初のやつも二番目のやつも三番目のやつもかっこよかったしやってみたかったから、どれでもよかったのに。まあドラムくん的に許せないのだろう。ギターくんはその間、ひまだなあ、って暇そうに溶けてた。
それで曲自体は決まって、どういう風に仕上げていくかっていうか、そういう細かい段階に入ったのだ。ギターくんはいつも丸投げされるので、ここはこうでこうします、とドラムくんに見せればオッケーが出る。その通りにやらないこともあるぐらいだし。そんで俺も、書いてある通りにまずやればいいんだろうなと思ってがんばって、みはしたんだけど、舐めてんのか?ふざけんなよ?学芸会のつもりなら帰れ?とドラムくんに怒られまくって今に至る。最初こそ静かなトーンだったのだが、怒りが勝ってしまったらしく普通に声を荒げられるし頭は引っ叩かれるし蹴られるしクソでかい溜息つかれる。怖い。痛い。
「りっちゃんこわいってー」
「あ″?」
「ドスの効き方がカタギじゃないんよな……」
「ご、ごめ、ごめんなさい、ごめんなさいぃ」
「よしよし」
「甘やかすな」
「こわいねー」
5秒後ぐらいに、はるか年下に縋り付いてることに異常性を感じたので離れた。ドラムくんずっと怒ってるし。ギターくんも別に優しいわけではないので、まあ言うてもやることやれないならもういらないですよね?とポイされるかもしれない。ちゃんとやれてないのは自分一人なので、誰かのせいではない。そもそも、指示されたことができないのなら替えを用意すると最初に条件を提示されていたじゃないか。約束を守れもしないくせに、できないだのなんだのと弱音を吐くのは間違っている。そんな権利が自分にあるはずがないのだから。努力している二人に迷惑をかけるくらいなら、もうやめた方がいい。それが嫌なら、もう無理とかやめたいとかできないとか、二度と思っちゃいけない。それを自覚した途端、急に足元に血が落ちた気になって、耳鳴りを堪えながらヘッドホンを手に取った。呆れ顔で俺を見ていたドラムくんが、荒く溜息を吐く。
「ぁ、あの、ま、まだ頑張る、れる、から」
「腹減った」
「もういっか、えっ!?」
「吐きそうな顔のやつに歌わせてマジで吐かれたら飯食えなくなる。ゲロ見た後普通物食えなくない?」
「いじめすぎてごめんねは?」
「は?俺なんもしてないんすけど」
「やりすぎてごめんね、ご飯食べよ!だって」
「ぇう、ご、ごめんなさい、俺ができないから」
「俺の空腹にお前の無能を巻き込むな気色悪い」
「ひっ、す、すみませんでした」
「あのー、あれあるよね。犬とか猫の鳴き声聞かせると人間語に翻訳してくれるやつ。あれほしくない?」
「まさかとは思うけどお前人間様のこと畜生と同列に扱ってる?目ぇ腐ってんのかよ」
「甘いのとしょっぱいのどっちがいい?」
「甘いの」
そもそも、ギターくんが入ってきたのは、昼ご飯を調達してきたからだったらしい。ご飯買ってきたよー、と入ってくるはずが、ドラムくんが俺の左手指の骨を粉砕しようとしていたので「え?拷問?」になっただけで、ずっと片手にビニール袋をぶら下げていた。ドーナツを三口ぐらいで食べたドラムくんを見ながら、自分もカレーパンの包みを開いたギターくんが口を開いた。
「りっちゃん、距離感変」
「はあ」
「ベースくん正直なんだからさあ。素直に信じちゃうよ」
「馬鹿では?」
「うう」
「焦ってんとちゃう」
「似非方言……」
「んはは。痩せた?」
「は?なに?うるさ」
「ベースくんどっちがいい?甘いのとしょっぱいの」
「ぇ、えぁ、えと」
ちなみにおすすめはこっち、と手渡されたおにぎりを両手で持ちながら、ギターくんはすごいなあ、と思う。人付き合いの能力というか、コミュニケーションを円滑に進める力というか、ドラムくん相手に関しては付き合いの長さもあるのかもしれないが、とにかくそういうものがどうしようもなく自分には足りなくて、余計にすごいと感じてしまうのだ。怒らせてばかり、上手くいかないことばかりの自分とは違う。見習わなければならない。頼ってばっかりはいけない。助けられるくらいにならなければ。
「りっちゃんお腹空いてるとどこまでもイライラするのやめなよ」
「わかった」
「聞き分け良すぎない?怖」
「脳が回ってなかった。糖分不足で」
「ベースくんかわいそう……」
「全部真に受ける方も悪いだろ」
ギターくんを見習って、ドラムくんを怒らせないようにしよう。うん。二人が仲良さげに喋っているのを見ながら一人で頷いた。


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