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サウンド



「この前の話だけど」
三人揃って、まだ座りもしないうちだった。少し前に一回集まって、その時は結局有耶無耶になって流れてしまった話をもう一度しようってことになって、マネージャーさんに連絡もらって事務所に集まった。俺が最初に来て、ドラムくんが割とすぐ来て、ギターくんも待ち合わせの時間より少し早くついて、まだマネージャーさんはいない。俺は会ったけど。早いですね、と目を丸くされて、会議室の鍵をもらった。この部屋は1日とってあるから、と。
ボーカルくんがいなくなって。それから、どうするかの話をしたのだ。しばらくお休みはもらった。充分すぎるぐらいの時間、ゆっくり考えることができた。二人がその間どうしていたかはあんまり聞いていないけど、二人もきっといろんなことを考えてたんだと思う。ただ、考えたってどうにもならないことだから、どうしますか?と聞かれたところでなにも言えないだけで。
それで、何も決まらないままにその時は終わった。ただ、どうして行きたいかの道筋が何個か具体的に上がった。最初が、もう終わりにするか、まだ続けるかの二択。それすら決めきれなくて、けど何も考えていないのに「続けたい」と口にするのは憚られて、必死で口を開いた。帰ってからずっと、聞いててみんな嫌な気持ちだっただろうな、だからしーんとしたんだろうな、と自己嫌悪で死にたくなった。けど、このまんまじゃダメなことぐらい、ダメな俺でも分かったから。
俺が言ったのは、俺がベースもやって歌うから他の人は入れないでほしい、ってこと。それがどれだけ荒唐無稽なのかは自分が一番分かってるし、簡単に受け入れられるとも思ってない。ただ、ボーカルくんがいないことをただの穴として埋めてほしくはなかったし、自分にできることは何でもいいからしたかった。ボーカルくんがいないからって終わりにするのは嫌だ。彼のせいみたいになるのも嫌だし、そもそもお別れするのが嫌だ。じゃあ、それなら別の人を用意して、っていうのも、受け入れられないと思うのだ。知らない人が怖いからとか、そういう理由じゃなくて。それはそうだけど、そんな自分だけのことじゃなくて、ボーカルくんの代わりなんていないから、誰か違う人があの場所に立ったら、もうそれは別の何かになってしまうから。それで、それなら俺が歌うっていうのも、傲慢で周りの気持ちを無視した案だ。だって俺はボーカルくんじゃないし、ボーカルくんにはなれない。結局別物が出来上がることに変わりはない。どうしたらいいのかなんてさっぱり分からないし、俺の話じゃみんなに迷惑しかかからないのなんて知ってるけど、どうしてもこのまま終わりにだけはしたくない、から。
そんなようなことを、全くまとまりもなく支離滅裂なままに口走った。それでその場は解散して、今。ドラムくんが指す「この前の話」はそのことだろう。顔も上げられずに身を固くすると、気づいているのかいないのか、平坦な声色が続いた。
「やれるって言うならやらせてやってもいいけど、出来なかった時には出来ない方を替える。仕事が増えるわけだから」
「……………」
「おい聞いてんの」
「ひ、はひ、っはい」
「まだ頑張れますとかチャンス下さいとかそういうのないから。出来ることと出来ないことがあって当たり前だって分かってるし、出来ないことに不必要な時間を割くのは無駄だろ。それは分かる?」
「……はい……」
一応ドラムくんなりの慈悲がめちゃくちゃ薄っぺらくサンドイッチされてるなあとは思うが、それに対する有り難さより先に恐怖が勝った。掠れた声で漏らした返事に、じゃあいい、とドラムくんが腕を組んで壁に寄りかかる。いい、いいって、やれってこと?こんなあっさり決まっていいものなの?この先を左右するとても大きなことだろうから、マネージャーさんとか、なんならもっと偉い人とかも来て話し合うのかと思ってた。小刻みな手の震えを隠すように背中に隠すと、ギターくんが口を開いた。
「……え?りっちゃんが決めんの?」
「は?お前ら決めないだろ」
「一人でどうこうすることじゃなくない?」
「そうだよ」
「……こう、なんてゆうの?みんなで、どうしたいーって話すもんじゃないの?」
「……その時間に何の意味があんの?」
どうせ碌な意見なんか出ないのに。そう、若干呆れ笑いを含みながら言われて、何も言い返せなかった。前回の話の終わりがそうだったわけだから。黙っている俺を見て、ほら、と顎で指したドラムくんを、ギターくんが指さした。
「りっちゃんが怖い言い方するからじゃん」
「事実だろ」
「もっと言い方ってもんがあるでしょ」
「……小学生の学級会議みたいに優しく誰も傷付かないように話し合って円満に解決したら満足?あるわけねえだろ、そんなん現実に」
「でも、」
「そもそも。反論があるならまともに意見出してから言えば?ベースくんが可哀想的なこと言いたいんだろうけど、今の主題それじゃねえから。こいつが可哀想かどうかじゃなくて、この先どうやってなにをしていくかの場だから、ここ。それ以外のこと言いたいならいらねえ紙の裏にでも書いて作文コンクールにでも出せ」
「ぶん殴っていい?」
「や、やめて……」
真顔で俺を見ながらドラムくんを指さしているギターくんに、首を横に振った。確かに言葉尻は強すぎるかもしれないが、正しいことは言ってる。ドラムくんも俺の話に乗りたくないから怒ってるんだろう。俺も別に、めちゃくちゃやりたいとか、それ以外道がないとかは、思ってない。まっすぐ指さしていた手を下ろしたギターくんが静かにパイプ椅子の背もたれを掴んだので、飛びついて止めた。
「殴んないで!」
「うああ」
「だっ、お、俺が悪かったから、俺が変なこと言ったからごめんなさい、ドラムくんの気に触るようなことをした俺が全部悪いんです謝ります殴らないで!」
「まだ殴ってないでしょお、ちょ、ちょっ、ころぶ、助けてりっちゃん」
「ウケる」
「ウケてないでベースくんはがして!」



「どうしてほっとくとすぐそうなるんですか?」
面白くしろとは言っていませんよ、とマネージャーさんに淡々と言われて、顔から火が出そうになりながら椅子の上で縮こまった。だって椅子で殴ろうとしてるのかと思ったから。
どたばたしてるところにマネージャーさんが飲み物を用意してきてくれて、ギターくんに縋りついている俺と、俺にぶら下がられてバランスが危ないことになっているギターくんと、その様子を見て腹を抱えて笑っているドラムくんを見て、ぽかんとされた。人の介入で若干冷静になりそっと離れたが、起きてしまった事実を既に目撃されていたので、なんの弁明にもならなかった。それで、何があったか聞かれたギターくんがふわふわ説明して、あんまり伝わらなかったのでドラムくんがざっくり概要を伝え、マネージャーさんは頷きながら聞いていた。
「大体わかりました」
「りっちゃんの言い方無いよねえ」
「心無い言い方は以前からじゃないですか。発破をかけたかったんですよね?」
そう聞かれたドラムくんが、ふいと目を逸らした。ん?と不思議そうな声を上げたギターくんに、マネージャーさんが説明する。曰く、前回の話が終わった直後にドラムくんから連絡が来て、「今日の話が具体的に実現できそうかどうかを客観的に会社として判断してくれ」と言われたとか。それでまあ、言われたからには上にも掛け合って、やりたいやりたくないの気持ちは抜きにした、理論的な可否を出した。所属事務所としての判断、というのはまあ正直な話、お金のことも関わってくるからなのだろう。採算が取れないことをやる必要はない。それでマネージャーさんは数日後に「できる」と返事をして、それっきり話は終わった。
「合理的と言えばそれまでですけど。後押しが欲しかったんですよね?要は」
「……………」
「ねえ?」
「うるさい」
「……ベースくん」
「う、ん?」
「マネージャーさんがゆってる意味がわかんないとこがある……」
「……………」
「……………」
「……………」
三人分の沈黙は重い。ボーカルくんがいない意味をこんなところで思い知りたくなかった。まあ確かに難しい言葉っていうか、いや言ってもそんな難しくはなかったけど、くだけた喋り口調には無い単語は出てきた。ていうか話の内容自体が事務的で細かかったから、右から左に抜けてってそう。そういえば敬語は使えなかったなあ、ボーカルくんもギターくんも。しんとした部屋の中で、おっけってこと?と指を丸にしているギターくんに、マネージャーさんが静かに頷いた。そこだけは伝わっていたようでよかった。指を丸にしたままゆっくりこっちを向かれて、ドラムくんの方をそのまま見たけど目を逸らされた。任せないでくれ。
「……えっと……言葉の意味ってこと……?」
「そお」
「……内容がなんとなく分かればいいんじゃないかな……」
「そっかなあ……」
「うん……」
「……………」
「バカ」
「ストレートに言うのをやめなさい」
「脳みそが無い」
「言い返されないからって何を言っても良いわけではないんですよ」
「だって見てくださいこの顔。真面目に考えてるとは到底思えない」
破茶滅茶に失礼なことを宣っているが、ギターくんもギターくんで難しい顔をするわけでもなく、一時停止こそしているものの、どちらかというと効果音的には「ぽけら」って感じなので、ドラムくんが言わんとすることは分からなくもない。ぼーっとしているわけではなく、恐らくはローディング中なのだろうが。しばらく斜め上を見ながら口を半開きにしていたギターくんが、現実に帰ってきて普通に喋り出した。「?」の間、ドラムくんにボロクソ言われてたけどな。
「じゃあベースくんが歌ってー、あえ?なに歌うの?」
「ぇう……」
「そうだよ。お前なに歌うつもりなんだ」
「……………」
「無策。無能」
「……ぅ……」
「宮本さんに合わせてあげるんでしょう?」
「書けるわけねえだろゴミカス」
「やってはみたんですか?えらいですね」
「……………」
ドラムくんからちゃんと睨まれているが、マネージャーさんは気にもならないらしい。俺だったら謝って終わりにしようとするけど、確かによくよくドラムくんの言葉を聞けば、書けるわけない、と言える以上試しはしているんだろうし、間違っていないからあの顔なのだろう。恐怖よりも嬉しさが勝って頬が緩んだ。のをばっちりドラムくんに見られていて、輪ゴムで撃たれた。地味に痛い。
「……………」
「もう一発行くか?」
「……ごめんなさい……」

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