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サウンド




集まれないかと聞かれて、どう返事をしたかは覚えていない。嫌だとは言わなかった気がするが、快諾もしていないと思う。生存確認を兼ねているのだろう、マネージャーから定期的に連絡は来ていた。その延長、くらいにしか思っていない。現実逃避と言われればそれまでかもしれないが、そもそも考えなければならない現実が自分の身に即していないように思えて、何も手につかなかった。この先どうしますか、と聞かれても。どうもこうも、何ができるというのだろう。
風が強かったので車を出した。外に出るの自体が久しぶりな気もする。いや、昨日買い物したっけ。生きていく上で必要な物はごまんとあるわけで、最初は外に出るのも億劫で通販使ったりもしてたけど、買いに行って実物を見たほうが早いことも多いんだなと実体験から学んだ。時間ばかりを持て余しているので、いつもはしないこともした。料理とか。掃除とか。やらないことは難しいのだなという知見は得た。簡単だろうと思い立って作ったカレーはいまいち美味しくなかったし、今まで掃除したことのなかったところを掃除したくなったが道具を揃えるのが面倒になってしまった。ただ、食べなければ生きていけないし、寝なければいつか体は動かなくなるので、それを連続しているだけ。逆に、いつもしていたことはしなくなったかもしれない。一番最後に作ったメロディーを、完成もしないくせに永遠に弄り続けるのは、無意味でしかないから。もとい、これはもう無意味なんだな、と理解した時点で、触れることに拒否感を覚えた。今更思えば、あれは一種の防衛本能だったのだと思う。あのままでは自分で自分の首を絞めるだけだったから。首を。
事務所の駐車場が空いているかが分からなかったから、近くの適当なところに停めて車を降りた。強い風に煽られて、髪がくしゃくしゃになる。ばたばたとはためいた服に、寒い、と自分が上着を忘れたことに気づいた。まあいい。すぐ着く。
「……秋さん?」
事務所に着いてすぐに、後ろからかけられた声に振り向いたら、マネージャーがいた。雑に頭を下げると、もうベースくんが来ていることを教えてもらった。飲み物だけ用意してすぐに戻りますから、と足早に去っていった背中を見ながら、二人きりは面倒だな、と思う。扉の前でなんとなく壁に寄りかかって待っていたら、ギターくんが来て、二人で部屋に入った。そう日が空いたわけでもないと思うのだが、ベースくんの頭は黒くなってたし、ギターくんの髪は少し短くなっていた。気分転換だろうか。
マネージャーがここに三人集めたのは、これからどうしていきたいかを話し合うため。そんなことは分かっているし、それを決めなければならないことも分かっている。分かっているから何なんだ、と思うのも事実だ。まず、終わるか続けるかの二択。続けるのであれば、方法を。例えば?とギターくんが声を上げて、マネージャーが思いつきそうなものをざっと上げた。ただ唯一、他の人間を一人代わりに立てて、俺が見も知らないそいつに曲を書いて歌わせる、っていうのは、継続の条件にはならないとだけ口を挟んだ。それは別物だ。同じように続いていることにはならない。一つ欠けておいて、同じように、が不可能なことも分かっている。ただ自分が、知らない人間に合わせて突然全てを作り変えられるかと聞かれたら、それはできないというだけだ。じゃあその「知らない相手」が「知っている誰か」になるまで交友を重ねれば良いとではないかとも思う。そう言われたらぐうの音も出ない。現にボーカルくんの時だってそうなわけだし。未知の存在だったボーカルくんに、唯一に当てた一人のためだけの曲を作った。いくつもいくつも。それと同じことを、もう一度最初からやればいい。クソ喰らえだが。まあ現時点でそうしろと言われないということは、それすらも望まれていないのだ。ぽつりぽつりと質問が上がるだけで、何一つ進展的な案の出ない部屋の中。どうしたいか、どうしたらいいのかを、この中の誰か一人でも決められるなら、もっと早く動いている。それができないからこうなっている。誰も引き金を引きたくはないのだ。どう転んでも終わってしまうから。今までみたいに時間を重ねることは、もうこの先二度と有り得ないから。不可能になってしまったから。そうであると自認したくないから。誰も何も。
「ぁ、の」
ベースくんが、引っかかった声を上げた。酷く緊張しているのが伝わってくる声だった。目だけ上げてそっちを見ると、よく見る青い顔をして、うろうろと視線を彷徨わせていた。何も言わなければいいのに。無駄に頑張ろうとしなくていい。見ていて憐憫を感じる。
「ど、っドラムくんがゆっ、てることは分かるし、おれも、ボーカルくんの代わりに誰かを入れてっていうのはやりたくない……っんだ、けど、でも、あの、このまま解散、とか?終わりになるのは、もっと嫌で、あゃ、俺の嫌とか嫌じゃないとかでは何も決まらないんだけど、しら、知ってる人ならドラムくんも困らないかなって、俺コーラス入ったことあるし、違、だからってわけじゃなくて、それが理由ではなくてその、やりたい、続けたいって言うなら、何かできることを、探したくて……」
「……んー?」
「ごめ、ごめんね、分かんないよね、意味分かんないよね」
ギターくんの上げた疑問符に、ベースくんがおろおろと小さくなる。ぼそぼそと吐き出される早口は、歯止めを効かせようとしていないから聞き取りにくくて、理解ができなかった。誰も口を挟まなくなった静かな部屋の中、独り言みたいな言葉がどろどろと溢れていく。
「でもあの、俺、俺が歌うから、ベースもやるから、そし、っそしたら、終わらないでもいいかなって、ほんとにちょっとだけ思って……っ現実味ないって分かってる、できっこないんだって、自分でもそう思うし二人が嫌なら絶対しない、けど、おしまいはやだから、ボーカルくんがいないから、いなくなっちゃったから終わりじゃ、それがボーカルくんのせいみたいだって、……そんなこと、ないんだろうけど……おれ、が、歌ったところで、別物になるのは事実だし、ボーカルくんにはなれないし、でも全然関係ない人を連れてくるのは、代わりがあるって言ってるみたいで気に食わないっていうか、気に食わないっていうと違うんだけど、納得いかない……?って、いうか、ドラムくんがそれは違うって思うのもすごいわかるから、だからその、でも俺が歌っても今まで通りではないのなんて分かってるんだけど、なんにもしないで終わりにするのだけは、本当に嫌だ、すごく、絶対に嫌だ、と思ったので、……あの、そういう……はい……」
あ。止まった。徐々に小さくなった声がついに消えて、ベースくんが俯いてしまった。ぐす、と鼻を啜った音を最後にまた静まり返った部屋を割いたのは、ギターくんだった。
「……まだできるってこと?」



気づいたら家にいたし、家に帰ってきたなあ、と思ったのを最後、朝になっていた。一応ベッドには辿り着いていたので、事故を起こさず運転して帰宅した上で眠るならソファーや椅子でなく安眠を得られる寝室まで行こう、と判断できる理性が働いたらしい。腹も減ってるし、服もそのままなので、それ以外のことはなにもしていないのだが。
シャワーを浴びて、適当なものを腹に入れながら、夢だろうか、とぼんやり思う。夢ではないらしい。うまく働かない頭を捻りながら、しばらく考えて、スマホを耳に当てた。
「……あ。マネージャー?」


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