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かなちゃんとすーくん




「カナちゃん!」
「声でっか」
「ゴミちゃんと捨ててって言ったじゃん!なんで捨てないの!虫湧くよ!」
「朝クソ早かったから忘れた」
「もー!ペットボトルと缶ぐらい分けてよ!またゴミ捨て場に置いてかれるよ!」
「いずれ風化するよ」
「そういうこと言ってんじゃないの!」
まずった。今日はうるさい日だ。もう夜遅いのにめちゃくちゃ元気。こんなことなら家出る時に一瞬頭をよぎった「あ。ゴミ」に従っておけばよかった。めんどくせ、と思ってしまったのだ。
もう!と怒りながら長い髪を括って台所に立ったすーに、何のご飯?と聞けば、胡乱な目を向けられた。なんで。
「ゴミ捨てれない人は肉も魚も食べれないんで」
「鬼……」
「生ゴミ出したくないんで。卵もダメか、野菜もダメかな」
「じゃあ何ならいいんだよ」
「ウイダー」
「自分で買ってこれんじゃん……」
「……………」
「……………」
「……ちゃんとゴミ捨てるんだよ」
「うん」
「買ってきたものが勿体無いからだからね!」
わかったあ!?と最後に吠えられて、両手を合わせた。分かった。家に虫が湧くのは確かに勘弁だ。ぺこぺこのお腹を押さえて黙ってただけで懐柔できるすーはちょろいと思う。だからすぐ騙されたり利用されたりするんだな。本人がそう言ってた。
話が合って、仲良くなって、気が置けなくなって、と三段飛ばしぐらいで友人としての階段を駆け上がった。のはいいのだが、会う頻度が上がっていくにつれて、すごく細々したところまで世話を焼いてくれるようになった。元来の性質なのだろうか。あんな見た目で、いや人間を見た目で判断しちゃいけないんだけど、頭がピンクと緑で目の色がコロコロ変わるくせして、すーは超家庭的なのだ。最初に飯行った後うちに送ってくれた時も、俺がシャワー浴びてた時間、精々15分くらいで、キッチン周りをざっくり片付けて、家のすぐ裏のコンビニでパンと卵とハムとか買ってきて、朝飯を拵えていた。これは夢か?と思ったもん。俺は明日死ぬのだろうか…最後に神様がくれたプレゼント…?とか本気で思った。そんなわけはないのだが。
「ねえ。泣ける」
「見たことない」
「泣けます。見よ」
「いいよ」
飯を食い終わって、洗い物も済ませたすーが鞄からパッケージを取り出した。少し古い映画らしい。今日のご飯は海老と木耳の卵綴じと中華スープだった。おいしかった。しっかり準備されてる缶チューハイとつまみを適当に机の上に並べて、再生ボタンを押す。
オフの日を教えると、その前日の仕事終わりだったり、その日の夕方だったり、本人の都合がつく時に飯やらなにやらを持って遊びに来るようになった。俺も予定が狂うことは多々あるので、申し訳ないが帰れない、と伝えたこともある。そしたら「じゃあ家に着いたら教えて」と連絡が来て、なぜ?と思いながら次の日の朝に帰宅の旨を伝えると、三十分後くらいに寝起きっぽいすーがバイクで来て、「昨日の分。夜にでもあっためて食べてね」「こっちは今日の朝ごはん」とタッパーに入ったおかずと、サンドイッチを届けに来たこともあった。仕事が忙しい間は粗末な飯しか食っていなかったので、普通に玄関先で膝をついて、拝んでしまった。ええ!?って言われたけど、そりゃそうなる。正直泣きそうだった。温かいご飯が食べたいのはもちろんだが、物理的なものだけでなく、人が作った温かみも大事なのだ。俺は最近になってそれに気づいた。主にすーのおかげで。
「……………」
「……………」
「……こっちじゃなくて映画見てよお」
「泣くのかなと思って……」
「まだあ」
不満げな目を向けられて、画面に向き直った。まつ毛長いなーと思って。自前じゃないよ、って笑われたことあるけど、そんなん分かんないし。そういうのが分からないから、彼女が長らくいないし振られるのかもしれん。
すーのおかげでうちはかなり綺麗になったし、万年敷いてあった布団も干してふかふかにしてもらったからよく寝れるし、作ってもらえる飯はうまい。洗濯も「すればいいってもんじゃないの」と皺を伸ばされ、シャツから良い匂いがするようになった。あと適当なやつを買って安いのを継ぎ足しながら使ってたシャンプーとかも新しくされてた。詰め替えが揃えられていたので、混ぜるな、ということなのだろうと理解した。なんでそんなに雑なの、とすーには怒られるが、生活していければいいと本気で思う。仕事が忙しいから、というのもあるが、そもそも面倒くさい。面倒見てくれるなら甘えたい。すーも嫌がってないし。
「……………」
「……………」
「……………」
しばらく経って。うん。泣ける。今俺すごいギリギリ。恋する女の子がおまじないの力で片想い相手の近くにいられるようになって、でも本当に結ばれなければおまじないの反動で自分は彼の記憶からも全て消え去ってこの世界を離れなければならなくて、そのことは相手には決して知られてはならない。イメージとしては人魚姫に近いのだが、めちゃくちゃ胸が痛い。結ばれてほしいが、そういうのに限って素直にくっつくはずがないのだ。愛してるを告げて彼の前から泡のように消え去った彼女の笑顔に決壊した涙腺に、隣からティッシュを渡された。ありがとう。
「やばかった……」
「カナちゃん目ぇ真っ赤」
「なんでお前泣いてないの……」
「もう何回も見たし……あとカナちゃんが泣いてるの見てる方が面白かった」
「ばかにして……」
「良かったっしょ」
「良かった。主題歌も良かった」
「わかるー」
ふんにゃりと笑われて、つられて笑う。すーにはオタクがバレているので、というか家を掃除されている時点で隠し事もクソもないので、俺の好きなものをピンポイントに押さえられているし、好みもわりと被る。特別に好きなものとかあんまりないなあ、と本人は不思議そうな顔をするが、そんなことはないと思う。
「すー。来て」
「ん?」
「実家から送ってもらった」
「なに?あ!うわ懐かしっ、CDじゃん!しかも限定盤!」
「今プレミアついてんだって」
「えー中見たい、開けて良い?」
「いいよ」
すーがいろいろ大変そうなのは、なんとなく分かるけど。せめてここでぐらい、取り繕わずに笑っていてほしいなと思う。友人として。

次の日、すーのおかげでゆっくり寝れたのでいつもより軽い足取りで仕事に向かえば、我妻さんに変な顔で指をさされた。
「マネージャーさん彼女できたでしょ……」
「はい?」
「つやつやしてる……」
「できてませんけど」
「嘘!いる!」
「いないっつってるでしょうが」
「だってネクタイがちゃんとしてる!いつもよれよれなのに!あといい匂いする!」
「昨日家の掃除をしたりまとめて洗濯したりしたんです。だまらっしゃい」
「絶対女だよお!」
「やかましい」
「もういいどらちゃんに聞くから!どらちゃーん!女の子の残り香見つけんの得意でしょー!いった!」
「人聞きの悪い」
悪口寄りのことをでかい声で叫びながら行けばそりゃ叩かれる。いい匂いとはなんだ、柔軟剤だろうか、と自分の袖を嗅いでみたが分からなかった。すーはいつもいい匂いがするから、それかな。



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