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人畜無害



「お」
「……………」
「……おかえり?」
「……………」
機嫌悪。なにがあったかは知らないが、音を立てて扉を閉めた上に、ただの挨拶に対して刺すような視線しか返してこない人は、どこからどう見ても機嫌が悪いだろう。触らぬ神に祟りなし、だっけ。そおっとしとこう。
りっちゃんが最初に楽屋から出てって、ベースくんがマネージャーさんに呼ばれて、ボーカルくんが挨拶行ってくるーって行っちゃって、俺はお留守番してた。誰もいなくなるのは流石にちょっと、荷物とかも置いてあるし不用心かなって思ったし、あと特に行きたいところもなかったし、お弁当食べたかったし差し入れのお菓子もおいしそうだったし。一人になって暇だったので、お弁当も食べ終わってデザートにお菓子をつまんでたら機嫌の悪いりっちゃんが帰ってきたのだ。俺なんもしてないもん。出てく時は普通だったし。
テーブルには椅子が四つ入っているので、俺の斜め前に座ったりっちゃんが、こっちを見ずに頬杖をついた。これ以上怒らせないようにしよっと。いくつか種類があった中の、最後にとっといた大きい最中みたいなやつの袋を開ける。ちゃんと一人一個ずつ食べれるように残してあるから、俺の分はこれで最後。パッケージに書いてあるのを見るに、中にお団子が入ってるらしい。おいしそう。袋から取り出して一口かじったら、外のぱりぱりのとこが崩れた。ぼろぼろ零れるのを、なんとか押さえようとしたんだけど無理で、とりあえず口を離してもぐもぐしながら、崩れた最中だらけになってしまった自分の服を見下ろしていると、タオルが飛んできた。
「んお。あんがと」
「……………」
「たいへんだ」
「……………」
ここではたくわけにもいかないから、何とかタオルで取ってみたんだけど、まだこなこなしている。しょうがないな。こんなに崩れると思ってなかったし。膝にタオルを乗せたまま最中を齧っていたら、りっちゃんが話しかけてきた。
「……一口で食えよ。そんぐらい」
「む。んぐ、むりでしょ、水分持ってかれる」
「は?」
「りっちゃんみたいになんでも一口で食べれないし」
「あ?」
一回目の疑問符より二回目の疑問符の方が声色が下がったので、やべえ怒ると思って、なんでもなあい、って誤魔化しておいた。ただでさえなんかしんないけどイライラしてんのに。
そしてお菓子を食べ終わったので、暇になってしまった。りっちゃんなにしてんだろ、と思ってちらって見たら目が合ったので、そのまま逸らしておいた。なんでこっち見てんの。まだなんかついてるんだろうか。確認したけどなんもない。意味なく人のこと見るのやめてほしい。ただでさえ、りっちゃんにまばたき少なくじーって見られると、威圧感強いわけだし。今なんか普段の5割増しだ。ベースくんだったらなんだか分かんない内に謝ってるよ。俺は謝んないぞ。なんもしてないから。
そういえばこないだマネージャーさんが、煙草吸えなくてめっちゃ文句言ってるりっちゃん見ながら、「なんであんなんなのに…」ってぼそって言ってておもしろかったな。「あんなんなのに」。すげえ分かる。多分マネージャーさんは誰にも聞こえてないと思ってるだろうし、俺もその場ではなんも言わなかったから、無かったことになってるけど。いろんな意味を込めた「あんなん」だと思うし、同意ボタンがあるなら何回も押したい。ぷくく、って一人で思ってたら、舌打ちされた。
「こっち見ながらにやにやすんな」
「してないですう」
「してる」
「してない」
「してる。不愉快」
「りっちゃんが先にこっち見てたんじゃん」
「お前がぼろっぼろ零すから哀れみの目を向けてただけだろうが」
「おいしかったよ。はい」
「後で食べる」
「一口で食べちゃだめだよ。味わってよく噛んで食べて」
「うるっさい」
巻き舌気味だった。そんな跳ね除けなくてもいいじゃんか。手渡した袋は一応受け取られて、まあ普通に会話してくれるだけ機嫌直ってきたのかな。そういえば、とさっきからちょっと気になってたことを聞いてみることにした。
「りっちゃん今日なんでそんなかっこなの」
「……なにが?」
「スーツは?」
「このクソ暑いのに着てられるか。死ぬ」
「えー、でもいつもクソ暑そうでもちゃんとしたの着てんじゃん」
「お前に関係ないだろ」
「そだけど」
そう言われてしまうと、りっちゃんに関する全ての物事に俺は関係ないので、もうなにも言えない。別に変とか似合ってないとか言ってるわけじゃないじゃんね。ご機嫌斜めなので基本牙を剥いてくる。基本シャツだったりきっちりしてるのに珍しく、おっきめサイズの真っ白な半袖のカットソーに、ゆるいズボン履いてスニーカーだから、珍しいねーって事実を言っただけなのに。なんなら眼鏡もかけてる。これはなんだっけ、確か、ブルーライト?のあれだった気がする。目が疲れるんだって。りっちゃん目ぇ超良いのにね。黙って見られるのも居心地が悪いので、まだ口を開いていた方がマシかと思って言葉を続ければ、食い気味に被せられた。
「さっきねえ、」
「喋ることないなら黙れ」
「お弁当、……」
「うるさい」
「……………」
「なんだよ」
「……黙ってあげたんでしょ」
「こっち見んな。構うな」
「じゃありっちゃんがどっか行けばいんじゃない」
「そうする」
「あ!逃げた」
「お前がそうしろっつったから言うこと聞いてやってんだろうが」
「なんでそんな怒ってんの?」
「お前に関係あんの?」
「俺に関係ないのに怒られても困るんだけど」
「ごめんなさいすいませんでした」
「らちあかん……」
「ほっといてくれたらそれでいいんですけど」
「目の前でイライラされてるとこっちも嫌な気持ちになるんですけどお」
「だからすいませんでしたって言ったろ」
「謝ってって言ってない」
「……………」
「……………」
「……………」
「いった!ぶった!」
「顔がムカつく」
「心配してあげてんのに……」
「え?いつ頼みましたっけ」
「めんどくさ」
「うるせ」
「……………」
「……………」
「……………」
「は?蹴んなよ」
「先にぶったじゃん」
「暴力に暴力で返すのは良くないって小さい頃に教わらなかったのか?」
「教わらなかった」
「低学歴」
「大学院?だっけ、いいとこ出てても、あのー、宝の持ち腐れ?合ってる?」
「合ってる」
「だぞ!」
「あ?」
「やんのかー」
「良い度胸だ。面貸せ」
「椅子で殴っちゃる」
「は?お前……道具はなしだろ。グーでやれ」
「ちぇっ。机どかそ」
「よし」
「おら!」
「まだ机どかしてるだろうが!」
「喧嘩にルールなんてないんだ!」
「殺してやる」
「いった、いたっ、上から頭抑えんのずるくない!?」
「喧嘩にルールなんかないんだろ」
「いて、マジで痛え!この!」
「ただいギャー喧嘩してる!取っ組み合ってる!べーやん止めて!」
「ヒッ無理っ無理ですごめんなさい」



「喧嘩してないよ」
「してない」
「してたよ……掴み合ってたじゃん……」
「りっちゃんが機嫌悪かったから構ってあげてた」
「構ってもらった。ストレス発散に」
「見て。べーやんがショックでずっとぷるぷるしてんの。どうしてくれんの」
「それはごめん」
「悪かったと思ってる」




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