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かなちゃんとすーくん




「あ」
横峯くんから久し振りに連絡が来た。なんで久しぶりかって、あっちが有名になっちゃったからなんだけど。こないだもテレビで見たし。深夜だったけど、リアルタイムで見たくて頑張った。関さんがこないだスタジオに遊びに来てくれたって言ってたっけ。あたしはちょうど仕事が入っちゃったから会えなかったけど、いいなあと思った。お風呂上がりだったので、かしかしと髪を拭きながらスマホを手に取って、目を通して、置いた。
「……は?」

「……ふ、淵田鈴人です……」
「穂村叶斗です。よろしくお願いします」
誰。何。どうしたらいいの。助けてくれ。
遡ること一時間半前。先日、横峯くんからの連絡に「ちょっとよくわかんない」と返事をしたところ「じゃあ直接説明すんね」と返されて、その直接説明してもらう日がいよいよ今日だったわけだ。ちなみに送られてきた文面は「バンド手伝ってくれる人探してるんだけど、フチタさんにお願いしてもいい?」。いや意味分かんないって。メジャーデビューした人がなに言ってんの。深夜とはいえ地上波でギター弾いてた人がなに言ってんの?ご飯食べ行こーとか、ライブあるよーとか、そういう話ならまだしも、なにのなにを手伝えって。
それで、よくわかってないなりに、まあ久しぶりに横峯くんにも会いたいしなあって思ったのもあって、約束を取り付けた。あたしそんなに忙しくないし、働いてはいるんだけど別に、真面目にお仕事しているかと言われたらそうでもないから。貯蓄は無いがギリ生活できる収入、親に顔は見せられない、って感じなので。うーん、それがバレたら、年上のお兄さんとして横峯くんにも顔が見せられないぞ。あたしの「奢っちゃる」に対して「やったーありがとございます」が横峯くんの返答だったのに、「いや俺の方が稼ぎあるんで…」とか戸惑いながら言われたら、恥ずかしくて二度と会えない。横峯くんは言わないと思うけど。優しいしね。聡いので、多分現実は分かってるだろうけど。
「おまたせしましたあ」
「あ。ううん、今来たところ」
「あ!俺遅刻してんじゃん!ごめんなさい」
「いいのいいの」
「フチタさんお腹空いてます?」
「そんなに……横峯くん空いてるでしょ?」
「んーん。おにぎり食べてきた。どこにします?」
「うーん……」
約束の時間から5分して、横峯くんが来た。バイクで来ちゃったからお酒は飲めない旨を伝えると、行き先は喫茶店になった。うっかりって感じにしたけど、狙ってバイク置いてある。だってお酒飲んじゃって、なんか頼みたいって話が有耶無耶になったら困るし。困っているなら手伝いたいけれど、あたしに出来ることなんて限りがある。しかもかなり範囲が狭いし浅い。だから、ちゃんと聞いて、あたしに出来ないことなら他の人に相談するなり、繋いであげないと。
「なにがいい?」
「えーと。つめたいのがいい」
「あ。これアイス乗ってるよ、一押しおすすめだって」
「アイス」
「これにしよっか。あたしあったかいのにしよー」
わかりやすく目が輝いたので、即決定した。おっきいクリームソーダ。緑と白のそれを美味しそうにもぐもぐする横峯くんを見ながらほっこりしていたら、はっとした顔をされた。
「違う違う。フチタさんにお願いがあってきたんだった」
「うん。なに?」
「あんねえ、今度ツアーやるの」
「おー!おめでとう」
「ありがとー。でもその、初めてツアーやるから、っつっても別に全国とかじゃないんだけどね、そんであのー、ギター弾く人とか調整してくれる人とか持ってきてくれる人とかが足んないくてマネージャーさんたちが困っててね。あと、伝達?会議とかに出れるぐらいちゃんとしてる人、も探してて、なんだっけなー、サポートバンドじゃないんだけどなんかそうゆう人。だったら俺いい人知ってるよーって言ってフチタさんの話したの。できる?」
「うん。うん、待ってね」
「ん?」
横峯くんの、その、あたしからしたらゆるくてかわいいポイントなのだけれど、人からしたら恐らくは「欠点」というレッテルを貼られるであろう、「きちんとした説明が下手」がとにかく全面に出ている。本人なりに真面目に話そうとすればするほどその欠点は浮き彫りになるので、しっかりと話をしたい気持ちはわかる。なんなら気持ちだけならすごく伝わってきた。がしかし、いかんせん内容がふわふわしすぎている。それで頷くほど博打うちではない。
「えと、スタッフが足りないってこと?それならもう事務所所属なんだし、まとめて雇うんじゃない?」
「うん。そう」
「……じゃあ足りてる、よね?」
「ううん。ん?うん」
「……………」
「……………」
「……えと……」
「タイム」
「はい」
手でTを作った横峯くんが、練習してきたんだけど…と頭を抱えている。なんとなく言いたいことは分かるけど、それはあたしに頼む仕事ではなくないか?というのが正直なところだ。あたしの職種は大まかに分けたら「フリーター」なわけで、バイトの一環でスタジオ手伝ったりライブの裏方手伝ったり演奏手伝ったりギター教えたりはしてるけど、それを手に職としているわけではない。だから、もっと他のちゃんとした人たちにお願いした方がいいのではなかろうか、せっかくのツアーなんだし…という心持ちなわけだ。しばらく頭を抱えていた横峯くんが、ぱっと顔を上げた。
「俺がへたくそだからね、」
「ぶっていい?」
「だ、だめ……そんな申し訳なさそうにゆわれても……」
「いくら横峯くんでもちょっと右グーが出そうだった」
「うん……目怖……」
「メンバーとあんまうまく行ってないーとか、そういうお話?」
「うーん、そゆわけじゃない。身内はわかってくれんだけど、俺があんま説明うまくないから知らない人は全然意味不明みたいで」
「ふうん?」
「だったら知ってる人に来てもらったらいっかなって思ってマネージャーさんとかと話したんだけど、でも無理ならいいやあ。ごめんね」
「うん。あたし今無理かどうか判断する土俵に立ってなかったけど」
「そお?」
「うん……」
「……ヘルプ呼んでも良い?」
「お仕事の話ならそうかもね……」
「よし」
そして今現在。遅くなりました、と入ってきたスーツ姿の男に名刺を渡されて、完全にビビりながら固まっている次第である。どこか冷たい印象を受ける、厳しそうな人だなと思った。頭ピンクで緑のインナー入っててピアスバチバチに空いててカラコン入れてて着崩したスウェットパーカーの人間がまともに対面していい相手じゃない。こういう相手が苦手だからまともな職種に就職面接したくないのだ。横峯くんが引っ張ってきたにしちゃ真面目にまとまりすぎている、穂村さん?に目を合わせられずにいると、クリームソーダを飲み切った横峯くんが口を開いた。
「こちらマネージャーさん」
「はい。お話は横峯から聞いています。お世話になっているようで」
「ひえっ、あっ、いえ……」
「フチタさんに俺が説明うまくできなかったから困っています」
「そうだと思いました。最初から同席すればよかったですね」
「いやあ、マネージャーさんこわいもん」
「は?」
「ほらすぐ……今日なんでそんなちゃんとしてるの?」
「会議でした。偉い人と」
「なるほどー」
さて、とコーヒーに口をつけた穂村さんが、こっちを見た。ひい。こんな人と付き合っちゃいけませんとか言われんのかな。せめてもうちょっとちゃんとした格好してきたらよかった。びくびくしていたら、軽く笑われた。
「……別に取って食いやしませんよ」
「マネージャー人食べるの?」
「食べません。食べないって言ってるのにその質問はおかしいでしょう」
「そっか」
「話は聞きましたか?」
「あ、えっと、なんとなく……」
「伝わりましたか?」
「ううん。ぜーんぜん」
「じゃあ説明しますね」
曰く。ツアーがあるのも、スタッフを探しているのも、本当の話。正確に言うと「横峯くんに合わせられる人間を一人確保したい」というところらしい。何故か、というと。横峯くんはまあ天才肌というか、感覚的というか、とにかく上手いのはお墨付きの太鼓判なのだが、周りにそれを共有するだけの力はないのだ。穂村さんの言葉をそのまま使うならば、「そもそも打ち合わせの話なんて二割も聞いていないですし」「暇になるとどこかに消えますし」「それか寝てますし」「メンバーも、基本合わせられていればいい、というスタンスなので自由勝手にやりますし」「突然変更すると周りが合わせられないということを覚えないし」という感じで。延々愚痴られていたが、横峯くんは「いやいやあ」とのんびり笑っているので、恐らく全く意に介していない。大変なのは周囲だけ。まあ、それは確かに分かるけど。
「……あの。あ、おれが知ってる横峯くんは、周りと完璧に合わせてましたけど……」
「決まったことだけをやらせようとすると伸び率が死ぬ、そうです。ドラムが言ってました」
「そうですか……?」
「好き勝手に自由気儘の方が、伸び伸びと良い演奏ができるということなんでしょう。それはいいんですけどね。思いつきで突拍子もないことさえしなければ」
「してないよお」
「しています。サポートバンドの方々や音響班から苦情を受けているのは俺です」
「ええー」
「ですので。首根っこを掴む人間が一人必要なんだなと思って、探していたんです。普段なら一応はメンバー内でまとまっていますけど、こと今回、現在に関してはまとめ役も機能してません。忙しいのでそっちにも人をつけている状態です」
「俺暇だよ?」
「仕事しないからですよ」
「ざーんねん」
全然残念そうじゃない。一番手がかかるバ、ボーカルには自分がついているので、ってさらりと穂村さんは続けたが、絶対「バカ」って言おうとした。そこでようやく、冷たい印象も厳しい表情も、仕事量が多すぎてとんでもなく疲れているからか、と思い至った。よく見るとクマがある。
「秋さんには石川をつけました。女なので言うこと聞くでしょう。……多分……」
「こないだの子?」
「そう。気に入ってました?」
「気にはしてた」
「気に入ってもらいます。宮本さんはこのままだと倒れるので麓田さんにそのままいてもらいます。申し訳ないとか思う暇は与えないでもらって」
「俺はあ?」
「だからこの人の面倒見てくれませんか?初対面で申し訳ないんですけど。会議の伝達から楽器類のサポートまで、細かな仕事内容はこちらで割り振ります。きちんとお給金もお支払いしますし、なんなら短期でうちの事務所所属になってもらっても構いません。とんでもねえ金かかってるのに本人たちがどうしようもないんですよ。助けてください」
「えっあの、は、い」
「はいって言いました?」
「はい……」
「じゃあ連絡先教えてください。明日、……明後日までには雇用関係の書類をお願いします。バイトとかしてます?」
「い、今は切れ目で」
「じゃあ明日から来てください。僕が過労で倒れる前に」
「ひい……」
目がやばい。血走っている。それも怖かったがなによりも、横峯くんが困ってるなら助けてあげたいとかよりも。悲しいことに、初対面の見知らぬ怪しい男に頼らざるを得ないほど追い詰められているこの男を、どうにかして救ってあげなければと思ってしまったのだ。とんだエゴイズムである。

「とんでもないでしょ」
「……………」
「とんでもないって言っていいですよ。はい」
「……ちょっとゆるいなあとは思ってましたけど……」
「言うと楽になりますよ」
「……いえ」
「そうですか」
仕事量が多い。とにかく一言でまとめてしまえばそれに尽きる。合わせて練習する度に誰かから「こっちのがいい」が出て「じゃあそうしよう」が起こって、サポート側が振り回される。それはまだ良いのだけれど、横峯くんが言い出す「これがいい」は周りに練習を必要とするレベルなので、そうぽこぽこと変えられると困るのだ。だから周りの音響隊が死んだ顔をしているのだろう。メンバーが特に気にしていない、プラス一も二もなく頷いてそれを現実にしてしまうから、誰も何も言わないだけ。だってあるじゃない、代打っていうか、予備っていうか、何かあった時用のヘルプ。演出もそうだけど、そっち方面でも戸惑うのだ。あと、マジで話を聞いてない。すぐどっか行く。あたしが知ってる横峯くんはしっかり者の猫をかぶっていたのだな、と思った。それか、誰かの穴を埋める手伝いの時は本当に求められたことしかしなかったから、要は言葉を悪くすれば、適当に手を抜いていた、だけ。
あたしは基本横峯くんにくっついて、「次あれあるよ」「さっきこうやって言ってたよ」「そろそろ起きて」とか言ったり、あとメンバーが突然言い出す変更を関係各所に伝えて白目を剥かれたり、難しい話は理解できないので即入眠してしまう本人に代わって会議室の隅っこでいっぱいメモとってたり、する。合わせられる、というのは演奏面の話も含めていたそうで、そっちも手伝っている。正直忙しい。けど、楽しい。やりがい、っていうか。
しかしまあ、穂村さんは演奏こそしていなかっただろうが、その代わりに雑務と伝達を四人分束ねて、あと細かな調整や打ち合わせを全てこなしていたと思うと、げっそりするのも頷ける話である。納得はいくけれど、そりゃ大変だったろうなと思う。本番が近づくにつれて、みんなやること増えるわけだし。横峯くんにくっついてる途中で、「いい加減にしないと椅子に縛りつけますよ」とスズランテープ片手に我妻さんに詰め寄っているところを見たことがある。あと、宮本さんは基本顔が青いので、めちゃくちゃ優しい事務員のおばちゃんが面倒見てくれてる。麓田さんというのだが、あたしにも優しい。「やだーッ聞いてた話よりかわいいじゃないのお化粧上手ねえ!教えて欲しいぐらいだわ!」とまじまじ顔を見られたので恥ずかしかった。秋さんは、見たことあったけど、知ってる人というには遠いのだが、そっちにも若い女の子が一人ついてる。あんまり喋ったことはないけれど、通しリハ終わりでその辺に服を脱ぎ散らかしてた秋さんに、普通にずんずん近づいてって当然のように話しかけてたから、女の子怖え…と思った。あるじゃん、遠慮とか。本番はもっと脱ぐって聞いたよ。そっちも怖い。
それでまあ、いよいよ佳境なわけで。終電もなくなった時間、みんなはさっき帰って、あたしも帰りたいけど疲れたからとりあえず一休みしてからにしようと思って給湯室でぼおっとしてたら、穂村さんとばったり会った。コーヒーを淹れてあげたら、疲れ果てた笑顔を向けられた。まともにこうやって二人で話したことはそういえばなかったな、と思う。変なやつとか、仕事ができないとか、思われてないと良いけど。そう思いながらちらちらと窺っていれば、ネクタイを緩めた穂村さんと目があった。
「……言う気になりました?」
「えっ、いえ……あの、突然来て、右も左もわからずに、力になれてます……?」
「ありがたい限りです。撮影入ってるっつってんのに別の場所にいるのを発見して首根っこ引っ掴んで連れてきてくれた時なんて危うく抱きしめそうでした」
「はは……」
「一人じゃとにかく手が足りなかった。基本人の言うこと聞きませんしね、あの人たち。助かってます」
うまく体系化できればこんなに人を呼ばなくてもいいんですけど、それか本人たちがしっかりするとか、と穂村さんがぶつぶつ言っている。でも、次があるなら、もっとお金があるならスタッフも潤沢になって、あたしはいらなくなるんだろうな。そんなような話をしているのも小耳に挟んだ。別にあたしがいらないって言われてるわけじゃなくて、正規でちゃんとした人たちをもっとしっかり呼べたらこんなに忙しくないのにねー、って話をしているのを聞いてしまっただけだ。あたしはお手伝いなんだし。
「淵田さん」
「えっ、はいっ」
「ご飯食べました?」
「え、夜……?」
「はい。僕食べてないんですけど」
「……一応食べましたけど」
「お腹空いてません?」
「一人ご飯、苦手なんですか?」
「いや。今一人で飯に行くと、そっちを諦めて睡眠に振りそうなので。でも食べないと死ぬと思うんです。胃が痛いから」
「食べに行きましょう」
「ありがとうございます」
そして、場所を移動して。
「僕たち同い年ですよ。知らなかったんですか?」
「えっ!?」
「なんなら誕生日も1日違いです」
「嘘ぉ!?」
「ほんとう。はい」
深夜営業のファミレス。人もまばらなそこで、渡された運転免許証をまじまじと見る。ほんとじゃん。穂村叶斗。かなと、っていうのかな。あたしの名前は知っているんだろうか、と思って顔を見ると、言葉にしなくても意は伝わったらしく、書類で見ましたよ、と片手を振りながらご飯を頬張っていた。よく食べるなあ。三分の二ぐらい食べ終わったところで、そういえば、と穂村さんがこっちを向いた。
「淵田さん、こないだ10年前のライブTシャツ着てましたよね。物持ちいいですね」
「えっ、知ってるんですか……」
「はい。あのライブ行きました」
「こ、今度また日本でやりますよ、あたし行きますよ」
「は?」
「顔怖ぁ……」
「僕は仕事です」
「いやかなり先じゃないですか……行きます?」
「……………」
「や、2枚あって……誰かに譲るつもりではいたので、あの、本当に無理だったら」
「なにがあっても半休を取ります」
「なにがあっても」
「取れなかったらその場で血を吐きます」
「どうやって!?」
「尖ったものを飲み込むとかすればいけるでしょう」
「物理……」

次の日。すぐ迷子になる横峯くんを連れて事務所を出ようとした時、ばったり会った。
「あ。マネージャーさん」
「おつかれさまです」
「そだ、領収書ー。あれ?どこしまったっけ」
「はい。あたし持ってる」
「ありがとお。はい」
「あ。さっきアンコール変えたいって我妻さんが言ってたの聞きました?」
「……聞いていません」
「直談判しに行ってました。どうなったかは見てないけど」
「……はあ……」
呆れ顔に、でもほんとにそうなるかは分かんないよ、と横峯くんがのんびり言った。そりゃそうかもしんないけど、本人がそうしたいって言ったら周りは応えようとするでしょうよ。それがどんなにギリギリだったとしても。それが分かっているからの「はあ」だろう。それじゃあ、と別れようとした矢先、思い出して声をかけた。
「あ!カナちゃん」
「なに」
「昨日これ、間違えてあたしの鞄に入ってた。はい」
「おお。ありがとう」
「こっちはバイクの鍵。使っていいからね」
「うん。帰るの今日遅くなる」
「何が食べたい?」
「肉」
「はい。いってらっしゃい」
「うん。すーも気をつけて」
「はいはい」
「……えっ?」
「ん?」
「……マネージャー……えっ?フチタさん……と……あれマネージャーさんだよね?あんなに仲良かったの?」
「昨日仲良くなったんだ」
「えっ……?」
横峯くんがめちゃくちゃ動揺しているが、あたしもまさか一晩でこんなことになるとは思っていなかった。別にやましい意味はない。普通にめちゃくちゃ話が合って気も合っただけの話である。あとは、昨日の夜バイクで家まで送ってあげたら家の中がそりゃもう荒れ放題、「飯は外で食べるし帰って寝れればそれで。洗濯だけはしてる」って平然とされて、くらりと来たのは確かだ。このダメ人間め、という意味であって、別にときめいたわけではないし、どちらかというとブラックアウトに近い。とりあえず時間も時間なので、風呂に入ってもらっている間に手近なところを片付けて、水しか入ってない冷蔵庫を見てコンビニに走り、明日の朝食を調達して温めれば食べられるようにし、シャワーだけで出てこようとしたカナちゃんにこの際だから自分でやれと浴槽を掃除させて湯を張らせて、「久しぶりにちゃんとお風呂入った」と湯の中で溶けてるところ申し訳ないがもう帰る、明日の朝ご飯は用意したから食べてくれ、とお風呂場に顔を突っ込んで言えば、「帰るの?」と残念そうな顔で言われたのでそのままさっき飛び込んだコンビニにもう一度走っただけだ。他人の家に泊まるなんてこの歳にもなって無いし、正直めちゃくちゃ楽しかった。二人揃って寝落ちした割に元気なのがいい証拠だ。また掃除にしにくるからな、次散らかしたら飯は作らん、と脅してあるので、あれ以上荒れることはないだろうし。それを全部説明するのも面倒だし、あたしのそんな話別に聞きたくないだろうから、「仲良くなった」に留めたのだが、訝しげな顔の横峯くんが歩きながらあたしの周りをぐるぐる回って、はっとしたように言った。
「つ……つき……つきあってる……!?」
「あたしにも選ぶ権利があるよ」
「あ、そう……?」
「俺にだって選ぶ権利があります。俺は女の子が好き」
「うわ!」
「なあに」
「渡し忘れた。うちの鍵。はい」
「ああ。うん」
「……つき」
「あってない。家も割と近所だったんですよ。住所までよく見てなかったから知らなかったけど」
「早く行きなって」
「うん」
「……そんなことある……?」
「あるみたい」


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