第一章 寄生思念
「本当にこんな所にいるのかよ?」
井上の事を相談に来た友人も呼び出した。彼の問いに桐哉は迷う事無く答えた。
「間違いないよ。この辺りで見たっていう話も聞いた。それに、わりかし事件現場から離れているからね。」
「これで本当に見つかったら、お前すげぇよ。」
2人は中に入る。工事が中止されてから大分経っていて、ほとんど廃墟に近い状態になっている。しかし、つい最近、人が出入りした痕跡があった。
『続いて、今日のスポーツです』
テレビの音声だ。やはり、誰かいるようだ。2人は音が聞こえた方に歩く。
窓際の一室。1人の男が水を飲みながら携帯でテレビを見ていた。回りはコンビニで買ったおにぎり、サンドイッチ、ペットボトルのゴミだらけだった。
「先輩?」
「うぉわぁぁぁぁ!!」
友人が声をかけた途端、男は飛び上がって後ずさりした。
「殺さないでくれぇぇ!!」
「先輩落ち着いてください!自分です!!」
「あ……ああ……お前か。それに円藤も……脅かすな……殺されると思っただろ……」
驚いたのは井上だけじゃない。友人も驚いていた。桐哉は見事、一週間音信不通だった井上を探し当てた。たった一晩で。
「先輩、何があったんすか?皆さんに電話しても、先週亡くなったって聞いて、先輩と連絡とれず……」
「俺は……あいつに見つかったら殺されるんだ……」
なるほど。桐哉は察した。この部屋には、マスクやサングラスにニット帽もあった。顔を隠す、典型的な三点セットだ。近くにはコンビニもあった。ここで隠れ住みながら、先週の事件の犯人が逮捕されるのを待っていたという訳だ。イヤホンでテレビを見ていなかったのは、イヤホンをすると回りの音が聞こえにくくなるからだ。
「先輩は……見たんですね?誰が殺したのかを。」
「殺したのは……得体の知れないバケモノだった……だけど、それはあいつがやらせたんだ!あいつが殺せと言った!だから……」
この状況では、落ち着いて話せそうに無い。
桐哉は井上を事務所に連れて来た。今日は学校が休みなのは好都合だった。たった1日での成果に翔子も感心している。井上は今、心身共に疲れ果てている。事務所の仮眠室に寝かせている。
「まさか1日で連れて来るとはね……お前にも報酬をやらねばならないな。」
「……先輩達は、やはり一ノ瀬美弥音という女子生徒と関わっていました。」
「まあ、学校でも素行の悪い生徒なんだろ?その先輩とやらは。そんな連中が一ノ瀬家の令嬢と関わるなんて……」
「ええ。先輩は、美弥音さんに交際を強要したんです。仕方なしに、先輩と一緒に繁華街に行った。そこには、先輩の仲間が大勢いて……」
「体を売らせたんだな。チッ、反吐が出るような話だ。」
桐哉も、こんな話を口に出したく無い。翔子にもそれは分かっていた。
「先輩は、1ヶ月の間、知り合いを呼び出しては、美弥音さんに片っ端から売春させていたそうです。そして……」
「ん?」
桐哉はしばらくの間、話し始めるのをためらった。しばしの沈黙の後、桐哉は口を開いた。
「事件のあった夜、先輩達はスナッフビデオを撮ろうとしたそうです。」
「スナッフビデオって……殺人ビデオだったよな?チッ……気分が悪くなるな。まさか、本当にそんな事を考える馬鹿が存在していたとはな。死んで当然の連中だな。」
桐哉はそれから黙り込んでしまった。それを案じて、そこから先は翔子が話す。
「大方話が読めた。つまり、そこで逆に一ノ瀬美弥音による殺人が行われても、正当防衛でカタが付く話だったんだ。身の危険を感じた美弥音は、自らの力を解放し、デストロイアに彼らを殺害させたんだ。」
「……翔子さん。これからどうします?」
「どうするだと?決まってる。井上を警察に突き出し、自分達が先に一ノ瀬美弥音を殺そうとした、と自白させるんだ。まずは一ノ瀬美弥音の正当防衛を成立させる。その後で、彼女の力を調べるんだ。正当防衛だったとは言え、「G」を思うままに操る力は興味深い。」
「……正当防衛で行けますでしょうか?」
「どういう事だ?」
「実は、先輩に、美弥音さんの売春行為に付き合った人達全員に連絡を取ってもらったんです。そしたら……」
「そしたら?」
「……ほとんど生きていませんでした。数名を除き、この一週間の内に死んだそうです……」
「何!? そうか……一ノ瀬美弥音は暴走しているな。自分を殺そうとした連中の中心人物は逃がしてしまった。その代わりに、自分を汚した連中を殺めているんだ。そうして、あの男を精神的に追い詰めているんだ。」
「話は聞いた。」
事務所の入り口からの声。そこにいたのは世莉だった。
「理由はともあれ、いずれにせよ一ノ瀬美弥音を止める必要はあるようだな。翔子。」
「彼女の親からも、連れて帰ってくれ、と依頼されている。一ノ瀬美弥音の保護を放棄するつもりは無かったさ。」
「なら話は早い。手分けして一ノ瀬美弥音を探す。翔子、顔写真あるか?」
「ああ。持って行け。」
翔子は世莉と桐哉に一枚ずつ写真を手渡した。その瞬間、桐哉の顔色が変わった。
「ん?どうした?円藤?」
「この子は……」
桐哉は知っていた。一ノ瀬美弥音を。彼女は、昨夜自分の家に泊まったあの少女だった。
「すみません!ちょっと失礼します!」
桐哉は走り出した。そう、昨夜の内に名前を聞いておけば、すぐに話はついていた。自分の配慮の無さを恨む桐哉だった。
「一ノ瀬さん!」
部屋のドアを開けた桐哉。しかし、すでにもぬけの殻。誰もいなかった。
「桐哉!!貴様……!」
鬼のような形相で桐哉の首を絞める世莉。それが、事務所に戻ってきた桐哉を出迎えた光景だった。
「まあ落ち着け世莉。桐哉の配慮が無かったのもそうだが、私が昨日の内に写真を見せなかったのがいけないんだ。桐哉を許してやってくれ。」
「…………」
桐哉の首を放す世莉。
「世莉……ごめん。」
「私も昨日、奴を見つけられなかった。お前1人を責めるのは間違っていたな。」
「しかし、桐哉の家に泊まっていたとは考えなかったな。どんな様子だった?」
「ひどく衰弱していました。体中に痣もできていましたし。けど、僕に対して笑ってくれた。」
「衰弱か……」
「けど、食欲が無かったようには見えませんでした。衰弱している割には、普通の活動ができていたように見えました。」
衰弱、他の存在を操る力、それを結ぶ「G」の存在を、翔子はある可能性と照らし合わせる事ができた。
「なるほど……今回の一連の事件の黒幕がはっきりした。」
「え?」
「円藤。学校の連中に聞き込みして、一ノ瀬美弥音が行きそうな場所を調べてくれ。事は一刻を争う。」
「はい、わかりました。」
桐哉が事務所から出て、世莉と翔子の2人だけになった。
「わざわざ桐哉を事務所から追い出すような事を言って。翔子、何を企んでいる?」
「礼を言ってくれないか?桐哉を事務所から出したかったのはお前だろ?」
「まあ、な。」
世莉は事務所の棚に置いてある自分のグローブを手に取った。そして、靴箱に入っている靴を取り出し、今履いている靴と履き替える。これは、世莉が強いと感じる相手と戦う時の姿だ。結界を張って戦うとは言え、やはりその下にもそれなりの準備を施す世莉。
「大体の居場所の目星はついている。実に生臭い。奴の正体が分かって、尚それが強くなった。桐哉がいると、戦っては駄目だ、とうるさいからな。今回は桐哉がでしゃばるのもこれまでだ。」
「まあな。そんな事だろうと思った。しかし、奴はデストロイアを向かわせて来るかもしれない。援護は?」
「いらない。私1人にやらせてくれ。」
世莉はいつだって1人で戦ってきた。その姿勢を今更崩そうと考えるはずも無かった。
「いいか?もし本体が抵抗してきても、ヤって構わないからな。」
「承知している……お前の標本コレクションに加えるにはあまりに下衆な奴だからな。あれは。」