第一章 寄生思念


「レギオンか。それはまた厄介者だったな。」

 翔子に事の報告をする世莉。夜が明けたばかりで、レギオンの死骸も見つかっている頃だ。事務所のテレビはニュースを映していた。

「先方も満足していた。ご苦労だったな。いつも通り、6:4でな。」
「翔子、依頼人は何を隠していた?それが分からなければスッキリしない。」
「う~ん……私もな、向こうの素性を調べたんだ。するとだ、どうやら依頼人は一ノ瀬家の代理人だったらしい。」

 一ノ瀬家。この街で最も大きく、名高い家だ。会社経営もいくつか行っている、一言で言えば金持ちだ。しかし、特に腹黒い噂がある訳でも無い。逆に、世莉はそんな点が腑に落ちなかった。

「そんな立派な家が、こんな所に依頼を?」
「私も最初は強くこの事実を疑った。しかし、一ノ瀬家にはどうやら、「G」について興味があるらしい。」
「「G」?」
「なあ世莉、面白いと思わないか?」
「さあ……それはもう私の領分じゃない。やるなら勝手にやってくれ。今日は帰る」
「お?珍しい。桐哉に言われたか?学校にいけ、と。」
「違う、アイツは関係ない。ただ、眠りたいだけだ。」

 全然眠たそうな顔をしていない世莉だが、翔子は呼び止めなった。



 朝焼けの中、家路を行く世莉。桐哉には申し訳ないが、授業中に寝る位なら家で寝る方を普通は選ぶ。

「…………」

 まだ世莉が中学生の頃だ。当時から、世莉は人並み外れた力を持っていた。学校ではそれを抑えながら生活していたものの、やはり運動できる生徒としての名前は知られていた。

 四ノ宮の家は、ごく一般的な家庭だ。世莉のような特異体質な子供が生まれる要因などあるはずが無かった。世莉は常日頃から、自分の出生に疑問を抱いていた。

 そんな疑問に解決の糸口を見いだした人間2人ど出会う事となった世莉。1人は翔子だ。そしてもう1人。世莉は中学三年のある雪の日。その男と出会った。


 世莉が力を使ったのは、自分を事故から守る為だった。交差点を歩いている最中、信号を無視して突っ込んで来た車。世莉は無意識の内に、自らに結界を張り、事なきを得た。しかし、相手の車は原型を留められなかった。運転手は即死、世莉はそんな現実を受け入れられなかった。しかし、幸いに目撃者が出ないような路地での出来事。世莉はそんな現実から逃避し、帰路についていた。

 家の雑木林の近くにさしかかった時、正面に人影が見えた。

『なるほど……結界の力を持つ爾落か……』

 そう言いながら寄って来る人影。年齢はよく分からないが、男で、決して若くは無い。黒いコートを羽織っている。そんな男に世莉は無意識下の恐怖を感じた。

『恐れるな、四ノ宮世莉。私もお前と同じ、爾落である。私とお前の起源は同じだ。ならば、我々は同朋である。違うか?』
『何を言っているんだ……お前は……』
『私は爾落の起源を知る者。加島玄奘。四ノ宮世莉。お前の爾、私が貰い受けよう。』
『ふざけるな!』

 そう叫び、結界を張る世莉。世莉の回りを囲む結界に玄奘と名乗った男は自ら足を踏み入れる。

『まだまだ未熟よ。貴様は己の力を自覚して間もない。恒久の時を生きた私に、及ぶはずも無かろう。』

 玄奘は目を閉じた。そして、世莉のいる方を指差した。するとどうだ。世莉の張っていた結界は簡単に打ち破られてしまった。

『読みを誤ったな四ノ宮世莉。私の爾は遠隔。私が思うままの場所に、我が力を注ぐ事ができる。結界などという偽りの壁など、私の前では無意味だぞ。』
『何を……』

 結界を打ち破られた衝撃は大きかった。世莉は目の前の男に間も無く殺されようとしていた。

『その辺にしておけ。』

 また別の誰かだ。世莉が目を向けると、そこには女性が立っていた。

『……ほう?転移の爾か。しかし、爾落では無いな。』
『なるほどな。お前の言う爾落とは、先天的能力者の事を言うらしいな。あいにく、私は後天的だ。生まれてから授かった。』
『お前に用は無い。爾落でない者は立ち去れ。』
『爾落人。「G」の力を持つ者に対する呼び名として用いられているものだ。「G」の落とし子。それが爾落人。そんな爾落人を襲って何になる?』
『私が追い求めている先を話したところで、お前たちに理解できるとは思えぬ。今日は見逃すが、次は無いぞ。四ノ宮世莉、北条翔子。』

 玄奘はその場で姿を消した。体力を失いかけている世莉に、翔子は手をかざした。

『私にできるのは、これくらいだ。勘弁してくれな。』
『お前は…………』
『私か?お前の理解者だと言えばいいかな。』

 これが、翔子との出会いだった。自らを爾落と呼び、消えて行った男、玄奘とはそれ以来会っていない。しかし、世莉は不安だった。いつまた襲って来るかもしれない玄奘に世莉は勝てるのか。たまに、その事ばかり考えてしまう時がある。


「やっぱり、帰ろうとしてたね。世莉。」

 駅に着いた所だった。そこに何故か、桐哉がいた。やられたと思いつつ、桐哉には逆らえないと諦めた世莉。

「夜勤は無事に終わったみたいだね。」
「桐哉……分かるだろ?私は寝たい。」
「世莉、授業中音を立てなければ寝ててもいいから、とりあえず出席だけは取ってくれよ。」
「家で寝たい。」
「しばらく夜勤は無いだろ?ほら。」

 一度言ったら決して引いてくれない。それが桐哉という人間だ。桐哉に見つかった時点で潔く諦めるべきだった。寝ててもいいなら、と、仕方なしに桐哉について行く世莉。

「で?今回の相手はどんなやつだった?」
「群からはぐれた虫だったよ。」
「そうか。」

 世莉は桐哉には何でも話している。桐哉は探求心が強く、いくら隠し通してもすぐに本当の事を突きつけてくる。ある意味、世莉が一番苦手なタイプとも言えよう。

「いいかい?世莉。次の仕事までの間は学校に専念しておくれよ。」
「わかったよ……言う通りにする。」
「翔子さんにも言っておかないとな…………」
「無駄だぜ。翔子に仕事をするなと言うのは。」

 当然と言えば当然。一睡もしていなかった世莉に授業を聞けというのは無理な注文だった。最初の出席だけ取り、後は爆睡。桐哉もそれは承知の上だった。

「よう!桐哉!」

 クラスメイトの1人が、休み時間の間に話しかけてきた。桐哉自身は社交的な人間で、交友関係は多い方だった。

「桐哉!?お前なのか?四ノ宮を引っ張り出したのは。」
「ああ……そうだよ。」

 だるそうに答える桐哉。学校で世莉に関する話題を振られるのを、桐哉自身は嫌っていたからだった。家に世莉が出入りしているのだって、知られるのは絶対に良くない。妙な噂も立てたくなかったのだが、自覚が無いのか、桐哉は学校でも世莉を「世莉」と呼んでいた。

「桐哉って、音信不通の相手と接触するの得意だよな。」
「余計なお世話だよ。世莉は僕が言わないとサボりがちになるからって先生に目を付けられただけなんだ。」
「入学早々四ノ宮に言い寄ったお前から聞く台詞じゃないねぇ。」
「どうだっていいだろ?」
「……なあ?そんなお前の力、借りたいんだけど、いいか?」
「はあ?」

 只事ではない。そんな様子だった。とは言え、世莉は巻き込みたく無い。時間と場所を改めるよう、桐哉は説得して終わった。
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