第一章 寄生思念
「私に付き合って起きる事なんか無いだろ。」
「気にしないでいいよ。僕がそうしたいんだ。そうさせてくれ。」
敵は深夜1時を過ぎないと現れない。それまでは桐哉の家にいる事にしたのだが、後悔した。桐哉に迷惑をかけてしまう事になった。そしてそれをいけない事と認識した。
「寝てていい。怒ったりしない。」
「家の戸締まりの事もあるんだ。世莉が出るまでは寝られないよ。」
「じゃあ出て行く。その方が迷惑にならずに済む。」
桐哉も後悔した。もう少し言葉を選ぶべきだった。思い返してみれば、遠回しに世莉に出て行けと言っているようにも捉えられる。
「すまない、別にそういうつもりじゃなかったんだ。ただ、僕が寝てる間に世莉が出て行くのが不安だったんだ。」
「怒ってない。押しかけたのは私の方だ。桐哉が私に気を使う方がおかしい。」
「いいんだよ。それについては気にしないで。」
「どっちにせよ、もう行った方が良さそうだ。間に合わなくなる。」
「遠いのかい?」
「ああ。」
「そうか。気をつけてね。」
「ああ。」
この時、世莉は安心する。ちゃんと自分の背中を見て、送り出してくれる人物の存在を感じられるのだから。
桐哉の家から離れている繁華街。ここに、狩るべき目標の存在を感じていた。時々声をかけてくる下衆な男もいたが、世莉の眼中に留まる男はいなかった。
ある程度歩いたところで、世莉は地下街に入った。ほとんど店は閉まっていて、誰も入って来ないような場所だった。しかし、それでも何人かの酔っ払いは入り込んでいる。それだけじゃない。連続殺傷事件を知らないホームレスの姿も見える。
地下街は地下鉄の駅にもつながっている。世莉は歩いた。今、そこに今日の獲物はいる。
「うわぁぁ!?」
馬鹿者が!世莉はそう思った。虫のような鳴き声に続いて聞こえた男の悲鳴。今ならまだ間に合う。世莉は走った。
いた。今まさに、虫が駅員を襲おうとしていたところだ。6本足、一つ目の巨大な虫。世莉はそれを知っていた。そして、それに向かって手をかざす。
「粛!滅!破!」
強い衝撃波が虫を吹き飛ばした。その衝撃で駅員も気絶したが、世莉には好都合だ。
「群を成す者<レギオン>か。近くに仲間がいるんだな?でもまずはお前だ。」
対峙するレギオンと世莉。自分より二回り大きい相手を前にしても、世莉は臆さない。
「凌!」
両手両足に結界を張った世莉。これで戦う準備は整った。後はレギオンに向かうだけだ。
「お前は場違いなモノなんだ。存在するだけで周囲を脅かし、恐怖に陥れる。ここでお前を……潰す。」
世莉はレギオンに向かって飛び出し、着地した左足を軸に回り、右足で蹴りを喰らわせた。怯むレギオン。その隙に世莉はレギオンの頭上まで飛び上がった。
動きに一切の無駄も無い。そのままレギオンの体にかかと落としを決める世莉。
世莉の両手両足に張られた結界は、触れるだけで相手を痛めつける事のできる力を持っていた。それが、世莉の力だ。
着地した世莉。そこを狙い、レギオンが爪で斬りつけてきた。ジャンプして回避する世莉。そこにレギオンは突進する。
「くっ!!」
結界を強め、レギオンの突進を受け止める世莉。少女の腕力でレギオンを受け止めるのは少々きつかった。そのままレギオンに押されてしまう。
「チッ!」
いちかばちか、世莉は突進してくるレギオンの目玉を思いっ切り殴った。流石に耐えきれなかったレギオン。突進を止め、その場で悶える。
レギオンはまだ世莉に向かう事を止めなかった。目玉もまだ健在だ。正面の角と目玉の間に電磁波を収束させる。
「そうか……お前……」
レギオンが収束させた電磁波は、熱線になり、世莉に向かって放たれた。世莉は両手を重ねて、それに備えた。
「ぐあっ!」
一瞬、結界が破られた。それと同時に熱線もかき消したが、帯びていた熱で火傷を負ってしまった。
再び結界を張った世莉。レギオンのペースに巻き込まれだした世莉。レギオンは世莉に見え始めた隙を確実に突く。世莉は防戦一方の戦局に追い込まれた。
世莉は考えた。この天井が低い空間で、レギオンは本来の動きは封じられているはず。隙は必ずある、と。
「!!」
見つかった。レギオンが爪を振り上げた瞬間、世莉はその下に入った。そして、爪を左手で押さえ、レギオンの脇腹に蹴りを入れた。
苦しみながら、世莉から離れようとするレギオン。しかし、世莉はレギオンの爪を掴んだままだった。
レギオンを何度も殴りつける世莉。ちょうど世莉がレギオンの爪が当てられない場所にいる為、ただ暴れる事しか、レギオンはできなかった。
世莉は自分が掴んでいる爪の付け根に手をかざした。
「絶!」
その瞬間、レギオンの爪が吹き飛んだ。切り離された傷口からは、何かのガスが噴出している。世莉は切り離したレギオンの爪を手に取った。
「体の中身は只の空洞か……ならっ!」
世莉は爪を構え、レギオンに向かった。そして、レギオンの頭を押さえ、横に向けた。
「っ!!」
レギオンの首に爪を突き刺した。そこからもまた、ガスが吹き出す。ガスが吹き出すほど、レギオンの動きが鈍くなる。
「もうコイツに戦う力は無いな。」
数十秒の時間の後、レギオンは倒れ、動かなくなった。世莉は気絶している駅員のポケットから携帯を取り出した。
「コイツのパターンに反応したのか……この街にはありすぎる。群からはぐれて迷い込んだか。そして、パターンを発する者が少なくなるこの時間に暴れていた、という事か。哀れだな。お前は、自らの生をまっとうしようとしただけだったはずなのにな。場違いな世界に入っただけでこれか。」
コミュニケーション手段としての電磁波がはびこるこの時代。たまたま一匹だけがこの街に迷い込んだが、いつ群で来るかわからない。