第一章 寄生思念
「……ねぇ?」
青年。桐哉はある問題に直面していた。今、自分の目の前にいるのは四ノ宮世莉。「一応」同級生である。そんな同級生の女子生徒が今、1人暮らしをしている桐哉の家に押し入ってきた。これから夕食を取る所だった。このタイミングにやって来るという事が示す意味は只一つ。要はご飯を食べに来たのだ。しかし、桐哉にしたら、これは日常茶飯事とも言える事だった。
「桐哉、早くしてくれないか?これから夜勤なんだ。飯が無くては働けない。」
「だったら、実家で食べればいいじゃないか。まだ家出て無いんだろ?」
「ここの方が近いからいい。」
桐哉は田舎を出て、都内の高校に通っている。だから、高校にほど近いこのアパートに住んでいる。高校自体が都会の中心部にある為、必然的にアパートも街中になる。
「ふぅ……わかったよ。世莉がそう言って聞かなかった事は無いからね……」
「簡単なモノでいいぞ。仕事前はあまりたくさん食べられない。」
「それなら、親子丼だな。すぐにできるから待ってて。」
そう言ってキッチンに立つ桐哉。その間、世莉はただ部屋の中を見渡すだけだった。
「世莉、また最近学校休みがちだけど、ちゃんと来るんだよ。」
「桐哉に指図される筋合いは無いよ。」
「僕じゃない。先生だ。気にしてたよ。世莉の出席日数。」
桐哉は知っている。世莉がよるやっているアルバイト。というより、もう正社員と言えるレベルらしい。何度か事務所にも顔を出し、世莉の為の差し入れをした事もあった。円藤桐哉とはそういう人物だ。
「それで?今日の夜勤って?」
「簡単な仕事だ。桐哉に心配してもらう事じゃない。」
「もしかして、連続殺傷事件の事に関係しているのかい?」
最近、この街で起こっている連続殺傷事件。被害者に共通点は全く無く、事件が起こるのが決まって真夜中である事以外、警察は何も分かっていない。
「けど、そんな仕事の前に肉なんか出して……何か悪かったね。」
「気にするな。もう慣れてる。今更な話だ。」
世莉は女の子にしては、比較的旺盛な食欲の持ち主だ。桐哉よりも早く食べ終わってしまう事もよくある事だった。
「ふぅ……うまかった。ありがとな。」
「あのさ、お節介かもしれないけど、気をつけて。」
「……悪く無いよ。お前のお節介も。」
世莉と北条翔子
事の発端は2日前。世莉が働いている事務所に一件の依頼が舞い込んだ。それは、連続殺傷事件の件数が既に20件を越えた後の事だった。
「もしかして、依頼主はまたあの刑事か?」
「違うね。今回の事件には全く無関係の人間からの依頼だ。どういう事かは私にも分かりかねるが。」
彼女が事務所の所長、北条翔子だ。20代後半であるという事以外の素性は世莉にすら明かして無い。しかし、世莉が感じるに、「自分と同じ場所にいる人間」らしい。
そんな人間が構える事務所だ。まともな仕事をしている訳でもないし、まともな場所に事務所がある訳でも無い。
この事務所が請け負っている仕事は、実に不可思議な事件ばかり。警察や役所に出向いても相手にされないような仕事ばかり。汚れ役をかっているとも言えた。
事務所の場所は、駅近く、線路沿いの路地裏のこぢんまりとしたビルの最上階だ。エレベーターも無いようなビルの四階の事務所へ興味本位で入ろうとする者はまずいない。翔子のような仕事をする身としては、これ以上無い立地条件ではあった。
そんな事務所に事を依頼する人間も、普通では無い事は分かりやすい事だった。
「世間では、猟奇的殺人鬼の仕業だと言われている。しかし、先方はそうは思っていないらしい。」
「「G」か。先方だけじゃない。お前もそう思っているだろ?翔子。」
「ハッ、そうだな。そういう意味では、金になってくれるこの依頼はありがたい。今回の依頼は、犯人が「G」である事を確かめ、可能ならばその「G」を排除してくれ、との事だ。」
「随分とアバウトな内容だな。……依頼主は何をかばっている?」
世莉が感じた。依頼主の言動の不審な場所。そんな事が分かっていない翔子でも無い。互いに感じていた。
「いい所に気が付いたな。流石は世莉だ。聞けるものなら聞いたさ。依頼主はあくまで秘密を守り通している。私も、あれ以上は聞けなかった。」
「まあいい。相手が「G」なら私は何だっていい。」
その為に、世莉はここにいる。そうして、これまで幾多もの「G」を狩ってきた。
「事件現場資料はいるか?」
「いや、今回感じる「G」は強力な自我を持っている。自らの活動とその意味が、生命活動に直結している事が分かっているようだ。そんな奴、感覚だけで探し出せる。」
「そうか。奴は深夜2時の前後1時間しか活動しない。覚えておけ。」