第一章 寄生思念


 帰り道、桐哉と世莉は並んで歩いていた。終始不機嫌そうな世莉。桐哉は、その原因が自分にある事を自覚していた。

「世莉、怒ってる?」
「桐哉、美弥音から交際申し込まれると言って、嬉しがってた。」
「いや、そりゃ気持ちとしては嬉しいじゃん。それに、翔子さんの冗談にそんな過剰に反応しなくてもいいだろ?」
「冗談じゃないかもしれない。」
「冗談だよ。世莉にも個人的お礼をするって言ったろ?それで交際っておかしいだろ?」
「あ…………」

 そのまま黙り込んだ世莉。更に不機嫌にしやしなかったかと桐哉は不安になった。

「世莉?」
「うるさい!もういいだろ!早く帰ろう!今日は桐哉ん家で食べるからな。」
「わかった。けど、買い物しなきゃ食材が無いから、途中寄るよ。」
「ああ……」

 世莉は、感情を出して話すのが苦手だ。だから、ついこんな会話になってしまう。桐哉も、その事がわかりきってしまっていた。

「!?」

 人気の無い道にさしかかった時。世莉は足を止めた。向こう側からやってくる、黒いコートの男。桐哉にはわからないだろうが、世莉には分かった。何年か振りに見る顔だ。

「寄生虫では話にならなかったようだな。四ノ宮世莉。」
「加島……玄奘……」

 世莉は少しずつ前に出た。桐哉に、後ろに下がるように促す手ぶりをしながら、両手両足に結界を張る。

「上手く行けばお前にも寄生すると考えたが、失敗だったか……」
「もしかして、ショッキラスの事か?」
「さよう、実に利用しやすく、都合のよい餌だったが、仕方あるまい。」
「まさか……美弥音にショッキラスを寄生させたのは貴様か?」
「どちらにせよ、寄生虫が倒された時点で私の敗北だ。今回は見逃してやろう。だが、四ノ宮世莉。己に託された運命には、決して逆らえぬ。その秘密が知りたくば、約束の地へ来い。私はどこへも行かぬ。」
「約束の地……」
「それまでさらばだ。四ノ宮世莉……」
「待て玄奘!お前の目的は!?」
「……言うに及ばず……」

 玄奘は闇の中に姿を消してしまった。色々聞き出したかったが、また謎のままになってしまった。

「世莉、今のは!?」
「…………気にするな。またいつかじっくり話してやる。」

 今日は、危害を加えるのが目的では無かったらしい。

「なあ桐哉、人が殺意を持つ時ってどういう時なんだろうな。」
「凄く悔しくて、その原因が他人であり、こいつさえいなければ……と思った時じゃないか?僕はね世莉。今回、先輩に殺意みたいな感情を持ったんだ。」
「桐哉がか?」
「あんたさえいなければ、美弥音さんはこんな目に合わずに済んだ。そう思ったらね。きっと、美弥音さんもそう思ったんだろうね。」
「……感情が、そういう悔しいという気持ちや、恐怖という概念に押し潰されそうになった時に、人は自我を守る行動を起こす。それが殺人という行為というのは?」
「そういう説もありだね。けど、自我が保てるから人を殺さない、保てないから殺す。そういう事だと片付けられたりするんだろうね。」

 桐哉の家。また夕食をご馳走に上がった世莉に、何を食べさせようか、じっくり考えて買い物をした。そして、

「お待たせ。」
「やっぱり、カレーだったか。」
「何か、嬉しい時とか、そういう時に食べるのって大体カレーじゃないか?」
「知らん、桐哉は考え方が一般的すぎるんだ!」
「そういう世莉は、少し乱暴すぎたりしてね。」
「いい!」

 なんだかんだ言いながら、カレーを口にする世莉。桐哉には分かっていた。世莉が大声を上げる時は、彼女の機嫌がいい時である事が。






第一章 完 
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