第一章 寄生思念


「終わった。」
「ご苦労様。もう出ていいぞ!円藤!」

 高らかに叫ぶ翔子の呼び掛けに、桐哉はそっと……かと思いきや、思いっきり車から飛び出し、世莉の元に走った。

「世莉!大丈夫かい?」
「ああ。でも翔子がいなかったら少し危なかった。」
「世莉……」

 世莉の肩を取り、そっと抱き締める桐哉。思いがけない出来事に困惑する世莉。

「桐哉……やめてくれ……恥ずかしい……」
「…………」

 心から、無事で良かった。そう思って抱きしめている。世莉がやめてくれと頼んでも、簡単にやめられる訳が無かった。

「円藤、あっちにも声をかけてやれよ。世莉が上手く処理してくれたおかげで、無事に済んだようだ。」

 翔子に声をかけられ、正気を取り戻した桐哉。そして、世莉と2人で美弥音の元に寄る。

「彼女、無事なのかい?」
「肉体まで寄生されてはいなかった。神経に寄生して、操っていたようだ。だから簡単に排除する事ができた。」

「う……うう……」

 そして、美弥音が目を覚ました。目を開けた美弥音が最初に見たのは、倒れていた自分をそっと抱え上げていた桐哉だった。

「あなたは……」
「大丈夫?立てるかい?」
「はい……」

 昨日の晩と同じ。桐哉の暖かい手が美弥音を包み込む。思わず涙を流した美弥音。

「あなた……昨日の……」
「ああ。」
「……!?体が……軽い?」
「なるほど、ショッキラスから解放され、自由になった証だよ。それは。」
「……もう……苦しまなくていいん……ですね?」
「ああ。そうだよ。」
「彼に声をかけられたのが1ヶ月前。初めは、優しい方だと思っていたのですが……」
「蓋を開けてみれば、人間の屑以下のゴミだった訳だ。」

 言い過ぎにも聞こえない翔子の言葉。美弥音は更に続ける。

「私はそれから3週間、彼らに玩ばれ続けました。怖かったし、すぐに逃げ出したかった。けど、そっちの方がもっと怖かった……」
「性犯罪の被害者は、警察に相談しにくいというのが相場だ。そこに漬け込む輩が当たり前のようにいる。」
「あの夜の前、彼らとは違う男の人と会ったんです。彼は私の頭に触るなり、こう言ったんです。都合のいい餌だ。と。」
「都合のいい餌?」

 話の内容が引っかかった。ショッキラスは美弥音を通じて人の言葉を発していたにすぎない。ならば、その男も寄生されていたのか。あるいは……

「その男の人と話してからです。私に大きな虫が取り憑いて……」
「いいよ。殺人を犯したのは君じゃないが、願ってしまったのは事実だ。けど、元々不安定だった精神にショッキラスが追い討ちをかけただけだ。気にする事は無い。」
「四ノ宮さん、円藤さん、北条さん。本当にありがとうございました。」

 地獄から解放された美弥音。その瞳から流す涙が、彼女の思いを物語っていた。

「さあ、帰ろう。家まで送ろう。」


翌日




「美弥音を無事に連れ帰り、連中からも解放した。先方も大いに喜んでいたよ。」

 学校終わりに、翔子は世莉と桐哉を事務所に呼び出した。事後報告ならいらないと言いそうな世莉だが、仕事絡みとなると話は別らしい。

「無事に美弥音を助け出したという事で、報酬が倍額になった。世莉、今回の報酬だ。」

 これが世莉の目的だ。報酬を貰わなければ、仕事が終わった気にならないらしい。

「それから、円藤。君にも少しだが、受け取ってくれ。」

 世莉より大分少ないが、それでも十分だった。前にもこういう事はあった。だから、別に驚く事でもない。

「それで翔子さん、先輩は……」
「今朝の内に汐見刑事に引き取ってもらった。殺人未遂での立件は難しいが、婦女暴行で送検するそうだ。」
「そうですか……」
「それと、美弥音からの伝言だ。明日からまた学校に戻るらしいが、2人に個人的にお礼をしたいそうだ。」
「個人的に?」
「円藤、交際の申し込みをされるかもしれないぞ?どうする?」
「いや、それは無理でしょう。彼女、男女交際にトラウマを持ったでしょうから。」

 そう答える桐哉を、世莉はじっと見つめていた。
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