本編







「・・・これは邪魔をしろ、と言う方が無理難題ね?」




宿屋内の廊下、紀子の部屋の前。
そこには2人の様子を襖越しにこっそりと窺う、引田の姿があった。
だが、無線機を手に持たぬまま会話を聞く彼女の顔には焦りは無く、むしろ安堵すらうかがわせていた。




「貴女は巫子である前に、1人の女の子なのだから、どうか女の子らしく生きてね・・・紀子さん。」
「・・・だが、そうはいかねぇんだよな、引田。」




と、そこへ2人組・・・蛍を連れて歩いて来た験司は、右手で拳銃を取り出し引田に向けると、そのまま襖の戸に左手を掛ける。
穏やかな表情から一転、引田の顔は緊張に包まれた。




「リーダー・・・!」
「悪ぃな、これ以上あのじゃりん子に部下をたぶらかされるわけにはいかねぇんだ。」




験司は勢い良く襖を開け、拳銃の銃口を中に向ける。
中では、憐太郎が紀子の全身に付いているコードを外している所だった。




「よし、あとはこいつを・・・はっ!」
「験司・・・兄ちゃん・・・!」
「Gnosis内でその言い方は止めろって言った筈だぞ、紀子。」




まずは紀子へ、次に憐太郎に向かって拳銃を突き付ける験司。
憐太郎を捉えるその眼差しは、かつての験司のものでは無かった。




「験司・・・!」
「レン、本当に最後の忠告だ。今すぐここから消えろ。逆らうなら・・・お前を撃つ。」
「能登沢君、お願い。早く逃げてちょうだい!貴方を『G』に巻き込みたくないのは、私も験司も同じなの・・・!」
「レン・・・」
「・・・嫌だ。僕は紀子を連れて帰る。その為に、ここへ来たんだ・・・紀子を取り戻すまで、絶対に帰らない。」




験司の目だけを見ながら、憐太郎は確かな口調でそう言った。
それに対して験司は軽く歯を軋ませ、拳銃の引き金を引くと脅しとばかりに憐太郎の足元を撃つ。




「次は・・・お前の心臓だ・・・!」




・・・が、それでも憐太郎の熱く、固い意志の宿る瞳が逸れる事は微塵も無かった。




「僕は・・・紀子を連れて行く!相手が験司兄ちゃんだろうが関係無い!もう僕は・・・僕は紀子の事を、諦めたくないんだ!!」




銃口を憐太郎の胸に向けたまま、験司は憐太郎を睨むように見続け、紀子と蛍、引田は不安げな表情で彼らを見る。
暫しの沈黙の後、それを破ったのは拳銃が床に落ちる音だった。




「験司・・・兄ちゃん?」
「・・・ったく、6年経ってもほんと頑固な野郎だな、レン・・・なら、勝手にしろ。」
「・・・験司兄ちゃん!」




肘を曲げて両手を広げ、見て分かる「まいった」のポーズをする験司の雰囲気は、既に憐太郎の記憶にある験司のものであった。
緊張に包まれていた4人の顔も、つい綻ぶ。




「験司・・・!」
「こんだけ脅せば引き下がってくれるかって思ったけどよ、やっぱ演技じゃ迫真性に欠けたな。」


――わ、わたしは本気だと思っていたのだけれど・・・


「験司に・・・リーダー、本当にいいの?」
「あぁ。行きたいんなら、何処へでも行け。それと、もう『験司兄ちゃん』でいい。」
「あ・・・ありがとう、験司兄ちゃん・・・!」
「もう!びっくりしたじゃないの、験司!」
「『敵を騙すには、まず味方から』って言うじゃねぇか。お前に言ったら、絶対バラすだろ?」
「そ・・・そうに決まってるじゃない。」
「あの、リーダー。紀子さんへのエキス注入については・・・?」
「あいつらは自由にすると、オレが決めた。あいつらが困った時にだけ、オレ達が協力すればいい。引田、爾落のエキスに対する中毒性は特に無いんだろ?」
「はい。普通に暮らしていれば大丈夫です。それに・・・能登沢さんがいた方が、メンタル面では良いのではないかと。」
「なら、オレ達はあいつらの人生を見守ってやる事にしようぜ。」




6年の月日を経て、本当の間になった事を視線を重ねて確かめ合う憐太郎と紀子を見ながら、験司はそう言った。




「さて、今度は首藤達への連絡を・・・?」




河川公園で別行動を取る首藤達に連絡しようと、験司は無線をズボンのポケットから取り出した、その瞬間に無線機が付いた。
首藤からの連絡だ。




『リ、リーダー!』
「どうした?首藤。」
『大変です!蜘蛛の『G』が、現れましたぁ!」










「うわああああっ!」




岩木川河川公園。
この場所で、再び惨劇が起ころうとしていた。




キャキャァッ・・・




悲鳴の主である自衛隊員を捕らえ、捕食したのは先程突如として川から現れたクモンガであった。
異形の存在に恐怖を覚えながらも、他の自衛隊員はライフルを構え、銃弾をクモンガに浴びせる。
だがどれだけ撃てども、クモンガの固い表皮にライフルの弾丸は全く通用しなかった。




「くっ、効かない!」
「これが、『G』と言う存在なのか・・・!」




複眼にはっきりと自衛隊員を映したクモンガは歩行速度を上げ、自衛隊員へ迫る。




「た、待避ーっ!!」




急いでライフルを捨て、川から離れようと一目散に走る自衛隊員達。
しかし、数名の自衛隊員はクモンガの爪で地面に押さえ付けられてしまう。




「ひっ・・・ひゃあああああっ!!」




1人、また1人とクモンガは恐怖におののく自衛隊員を嬉々と喰らって行く。
彼らの悲鳴が、クモンガの獲物を捕らえ、それを喰うと言う事への満足感を掻き立てていた。




「ぐゃあああっ・・・!」






止めどなく悲鳴が響く中、Gnosis達は川から離れた所から双眼鏡越しにクモンガを見ていた。




「うっ・・・また、1人喰われた・・・」
「耐えられないなら無理に見なくていい、岸田。」
「いや・・・もう見ちゃったんで・・・あぁ、ほんま一週間は肉食われへんわ・・・」
「おい、リーダーと連絡が取れたぞ。」
「リーダーはどうと?」
「可能な限り監視を続けて、危険と感じたら戻って来いってよ。しっかし・・・これ映画でやったら、絶対にR‐18物だよなぁ・・・」






一方、宿屋では験司が河川公園での状況を蛍達に伝えていた。




「とりあえず、首藤達に蜘蛛の『G』の監視をさせた。今はあいつらからの情報を待つぞ。」
「了解しました、リーダー。」
「それにしても、蜘蛛の『G』は目を覚ましたのに、どうして玄武はまだ眠っているのかしら?」
「玄武の巫子である紀子さんは意識を取り戻しているのに・・・他に何か理由が?」
「それこそ紀子にしか分からねぇな。おい、玄武はどうだ?」




無線に出て以来、ずっと不安の顔色をしながら勾玉を握り締めている紀子へ、験司は声を掛けた。
彼女の隣には憐太郎が心配げに寄り添っているが、紀子は相変わらず表情を崩さない。




「・・・駄目。玄武が応えてくれない。」
「ガメラ・・・」
「どうせ自衛隊は戦車や戦闘機を出す気はまだねぇだろうし、玄武が頼みの綱なんだけどよ・・・」
「・・・じゃあ、ガメラの元に行く。」
「えっ?」
「もしかしたら、距離が遠いからかもしれないわ。玄武の近くに行けば、応えてくれるかも・・・」
「でも、蜘蛛の『G』が迫って来るかもしれないのよ?危険だわ!」
「光先生、それでも僕と紀子は行きたいんです。あいつに立ち向かえるのは、ガメラだけ。そしてガメラには、紀子が必要なんです。紀子は僕が、絶対に守ります。だからお願いします!行かせて下さい!」




紀子の手を強く握り、憐太郎は蛍に頭を下げる。
彼のその手には、何があっても紀子を守ってみせると言う決意と意志の現れであった。




「レン・・・」
「蛍、こいつらならきっと大丈夫だと、オレは思うぜ。まだまだじゃりん子の癖に、気持ちだけはそこらの大人より強ぇ。行かせてやれ。」
「・・・もう!先生の言う事は聞くものなのよ、能登沢君!初めて反抗されたと思ったら、こんな事言われるなんて・・・帰って来たら、放課後居残り掃除一週間よ!」
「先生・・・ありがとうございます!」




「決まりだな。じゃあ、行って来い!オレの気が変わらねぇ内にな!」




そう言うと験司は庭側の襖に向かい、両手で勢い良く襖を開けた。
庭では角兄弟に拓斗、透太が片手で服を掴まれ、持ち上げられていた。




「はぁ・・・やっと捕まえたぞ!」
「くそっ、はなせぇ!」
「どんな事をされても、ぼくはレンを裏切らないぞ!」
「そう言っていられるのも・・・あれ?」
「どうした、弟よ。」
「あそこにリーダーがいる・・・」
「あっ!リーダー!この子供が中に入ろうとしてたんで、捕まえて・・・」
「お前ら!そいつらを離してやれ!」
「「えっ?」」




思いもしなかった験司の発言に驚いている間に、験司の後ろから憐太郎と紀子が庭に出て来た。
それを見て角兄弟は何が起こっているのかが更に分からなくなりつつも、言われた通りに2人を離し、互いに顔を見合わせる。




「「・・・どういう事?」」
「レン!」
「拓斗、透太!」
「捕まっちゃった時はどうしようかと思ったけど・・・」
「やったな、レン!」
「うん!」
「拓斗君、透太君・・・ほんとに来てたなんて。」
「へへっ、レンの為ですから。」
「遊樹君!城崎君!」




解放されるやすぐに駆け寄り、無事を確かめ合う4人に向かって突然蛍が叫んだ。
指名された拓斗と透太は慌てて気をつけの体勢をしながら、宿の方に体を向ける。




「「は、はいっ!」」
「・・・能登沢君と紀子ちゃんの事、頼んだわよ!それと、帰って来たら能登沢君と3人で一週間、居残り掃除だからね!」
「光先生・・・はい!」
「望むところです!」




拓斗と透太の知る、いつも優しい笑顔で話し掛けてくれる学校の人気者、「光先生」のままで2人に手を振る蛍。
ようやく戻って来たその姿に、拓斗と透太は満面の笑顔でそう返した。




「じゃあ、次はガメラを助けに行こう。さっき、昨日の蜘蛛の怪獣が現れたらしいんだ。」
「えっ、マジかよ!」
「だから、早くガメラを迎えに行くんだ。あいつを止められるのは、ガメラしかいない。」
「そうだね・・・行こう、レン!」
「うん!」




頷き合い、最後に憐太郎は験司達に向かって手を振る。
そして4人の少年少女は馴染みの者に見守られながら、彼らの元から走り去って行った。
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