本編
宿屋の建物に入った憐太郎はGnosis達に存在を知られてしまう事も忘れ、凄まじい勢いで襖を開けた。
幸いにも部屋には験司達はおらず、和風仕立ての部屋の雰囲気に不釣り合いのパソコンや無数のコードが置かれた部屋の奥のベッドに、紀子が寝ているだけであった。
「・・・紀子・・・!」
そう、彼の探し求めていた存在である紀子がそこにいた。
顔色こそ元に戻り、微かな寝息を立てて眠っているが、彼女の布団の中へ床のコードが繋がっているのが何処か異質であり、顔に残る切り傷が昨日の惨劇を憐太郎に思い出させる。
一瞬立ち止まってしまうも、憐太郎はゆっくりと紀子の隣に座り、優しく彼女の肩を揺する。
「紀子、起きて・・・」
「・・・う、うぅ・・・レ・・・レン!?」
「起きた?大丈夫そうで良かったよ。」
「どうして・・・ここにいるの?」
「君を迎えに来たんだ。拓斗と透太も、協力してくれてる。帰ろう・・・僕達の町に。」
突然現れた憐太郎を見て、驚きと少しの喜びの表情を見せる紀子。
しかし、自分の体と頬の傷を触った紀子は、首を横に振る。
「・・・行けない。」
「やっぱり、そう言うと思ってた・・・けれど、そんなの関係無い。僕は君を連れて行く。」
「行けないの!・・・私をちゃんと見た?この無数の管、全部私に繋がってるのよ?管からは「G」の力を再現したエキスが私の中に流れてる。これが無いと、私は傷を治せない。私はもう・・・普通の人間じゃ無いの!」
「・・・」
「私は後戻り出来ない。貴方も昨日分かったでしょう、レン?私は守田紀子なんかじゃない・・・『G』なの。人からかけ離れた場違いな、化け物みたいな存在。あの頃に戻るのは、もう出来ない・・・だから、帰って。貴方はここにいたらいけない。普通の人の貴方が・・・」
「・・・決めるな・・・」
「えっ・・・?」
「勝手に、決めるな!」
下を向いたまま、憐太郎を冷たく突き放そうとした紀子の言葉を聞いた憐太郎は彼女の肩を掴み、そう叫んだ。
思いもしなかった憐太郎の突然の行動に、紀子はただ驚く。
「勝手に決めるな!『G』がなんだ!使命がなんだ!巫子がなんなんだ!君がいなかった6年間、僕はどんなに君の事を想ってたと思ってるんだ!そんな事で、僕の君へのこの気持ちは抑えられない・・・!僕は、何度でも言う!僕は、君が好きだ!」
「・・・!?」
「僕は君が好きなんだ!どんな姿でも、君は僕の中にいる紀子だ!僕は傷付いて行く君を見ているだけなんて、嫌なんだ!だから紀子、僕にも言ってよ・・・辛い事も、悲しい事も、嬉しい事も!
世界中の人が君を化け物って言っても、君が何度傷ついても!僕は君の傍にいる!僕が、君の事を守る!もう離ればなれになんて、なりたくない!僕は・・・僕は!!
君が好きなんだぁーーーーーーーーっ!!」
紀子がいなくなったこの6年の思いを、紀子に届けられなかった思いを、憐太郎は張り裂けそうな情熱と共に乗せて叫ぶ。
憐太郎の思いの全てを受けた紀子は完全に言葉を失っていたが、何かに気づいたかのように大きく開かれた目と薄赤色に変わった頬が、憐太郎の言葉が体の芯にまで伝わっていた事を物語っていた。
――・・・思い出した。
6年前・・・私がこの町から去った時、レンが言ってくれた事。
だけど・・・私は巫子になる為に知らないふりをした・・・レンと一緒にいた3日間も。
そうしないと、「G」になっていく自分を受け入れられなかった・・・
――・・・第二「G」化、完了。状態としては、能力者レベルです・・・
――・・・あんな外見なのに「G」なんだよな。薄気味わりぃ・・・
――・・・耐えろ、紀子。第三「G」化が終われば、お前は爾落人と同様の存在になる。そうすれば、もう苦しむ事はねぇんだ・・・
――・・・第三「G」化、完了。これで、完全な四神の巫子・・・爾落人レベルとなりました・・・
――でも・・・もう嫌。
私は・・・私は、もう自分に嘘を付きたくない!
私も、私だって!レンの事・・・!
憐太郎の言葉が、紀子の心の中に秘められていた苦しい日々の中にも確かに存在していた、本当の思いを呼び起こしていく。
巫子となる為に、「G」となる辛い訓練を耐える為に閉じ込めた、憐太郎への本当の思い。
しかし、同時にこの思いがあったからこそ、今まで生きてすら来れた。
「・・・レン・・・!」
紀子はいつしか涙を流し、懇願するかのような弱い声で、憐太郎にこう言った。
「・・・行きたい・・・私、レンと行きたい・・・!」
「・・・行こう、紀子。ずっと一緒に。」
「・・・うん・・・!」