本編
それから昼の二時、岩木川付近の宿泊施設の一室。
日本家屋を思わせる、緩やかな雰囲気の佇まいをしたこの施設の一室に、験司と蛍の姿があった。
「しかし、巫子の代償があれ程までとはな・・・」
「文字通りの『一心同体』ね・・・験司、やっぱり紀子ちゃんに巫子をさせるのは・・・」
「言うな。これはあいつが、自分で決めた事だ。あいつが自分の居場所を作るには、こうするしかねぇんだ。」
「・・・この6年、本当なら普通の女の子として過ごしていたい筈なのに・・・あの子、私達より本当に強い心を持っているわ。」
悲しげな表情で蛍は襖(ふすま)の先を見つめ、その先の部屋で眠る紀子を憂う。
常に引田が付きっきりの中、紀子は全身にチューブを付けられた状態でベッドで眠っており、チューブを介して現時点で解析されている「G」の力を疑似再現した「爾落のエキス」を注入されていた。
エキスの効果もあってか紀子の傷は少しながら癒えており、クモンガの毒もほぼ解毒された。
その更に隣の部屋には「爾落のエキス」や紀子の状態を計る機械類が置かれているが、Gnosisの国家権限でこの施設自体が貸し切り状態になっている都合で、それを知る者はGnosis以外に無い。
「だからこそ、オレ達はあいつの為になる事をするまでだ・・・」
験司は蛍の体を右手でそっと自分に抱き寄せ、机に置かれた無線機を取ると、スイッチを入れて何処かと連絡を始めた。
『こちら験司。』
「はい、リーダー。」
験司が連絡した先、それは稲垣村岩木川河川公園にいる他のGnosis達だった。
この河川公園と験司達がいる施設は距離が近く、河川公園にいる首藤・岸田・蓮浦は岩木川に消えたガメラの捜索を任されており、験司・蛍は宿泊施設にて指揮、引田は紀子の体調管理、角兄弟は験司達の護衛と言う形で分かれていた。
『どうだ、何か変化はあったか?』
「現在、岩木川には特に変化はありませんが、正午辺りから自衛隊の部隊が川の監視を始めました。目的は我々と同じかと思われます。」
『そうか・・・余計な事してくれやがって。あんまりそいつらに目付けられないようにしろよ。』
「了解しました。」
無線は切れ、蓮浦が無線をベルトのホルダーにしまうと同時に双眼鏡を持った首藤と岸田がやって来た。
「リーダー、どうだってぇ?」
「引き続き監視してくれ、との事だ。」
「しっかし、自衛隊がマジで邪魔っすよね。出来れば俺達がGnosisってバレたくない分、余計に。」
「そうだなぁ。にしても、災害救助で来たもんだと思ってたらこんな事までするなんて、誰か指示した奴でもいんのかよぉ?」
「もしそうなんだったら、ほんま余計なお世話っすよ。」
「微妙に関西弁になっているぞ、岸田。とにかく、愚痴を言う暇があるなら早く監視に戻るぞ。」
「へいへい・・・」
「りょーかい。」
首藤達が再び監視に戻ってからしばらくして、この公園にまた来訪者が現れた。
「うーん・・・自衛隊の人がいっぱいいる・・・」
「あれじゃあ、川に近づけねぇじゃんか!」
「どうする?拓斗、レン。」
花壇の道から川を覗き込みながらそう言い合う3人組こそがその来訪者、今さっき公園に到着した憐太郎達だった。
「このまま突っ込んでも、絶対止められちゃう。それにガメラと繋がってる紀子を探した方が、僕はいいと思う。」
「いまいちピンとこねぇけど・・・レンがそう言うんなら正解なんだろ?」
「守田さんさえ見つければ、ガメラも見つかるって事だよね。」
「うん。だから今は、紀子を連れ去った仲間の人を探そう。」
――また置き去りにしちゃうけど、すぐに迎えに行くから、もう少し待ってて・・・ガメラ。
一方、彼らの尋ね人の1人である首藤は、双眼鏡越しに彼らを捉えていた。
「・・・あっ!あいつは昨日守田と一緒にいた、あの坊主!」
「首藤さん、そっちはどうですか?」
「岸田、あの花壇の所見てみろよ。」
「花壇?何か珍しいのでも・・・って、ああっ!」
首藤の元に来るや双眼鏡を覗き込んだ岸田もまた、憐太郎の存在に驚く。
「あの子、昨日おった子やん!」
「あぁ。どうも守田を追って来たんだろうな。」
「そうやろな・・・ってあの子、またどっか行くみたいや・・・ですよ?」
2人の双眼鏡のレンズに写る憐太郎一行は花壇を急いで引き返し、公園から去ろうとしていた。
「んっ・・・ほんとだなぁ。まぁ、やっぱり諦めたんだろ。大人ならともかく、坊主ならそれが利口だなぁ。」
「そうっすよね。それにしても・・・あの子、前にもどっかで・・・」
「お前、またそれかよぉ?」
「いや、なんか思い出せそうで思い出せないのって、気持ち悪くないっすか?」
「そりゃあな・・・」
2人がそう言い合う間に、少年達は公園から姿を消していた。
「どうしたのさ、レン!そんなに慌てて!」
「守田さんの仲間の人、探すんじゃねぇのかよ!」
その頃、憐太郎達は公園の外に向かって走っていた。
突然何かを思い出した憐太郎が有無を言わさずに走り出し、拓斗と透太がそれについて行く形ではあるのだが。
「・・・分かったんだ!」
「なっ、何が・・・?」
「あったんだ!ここに来た時から中々思い出せなかったんだけど、あったんだ!」
「だから、何がだよ!」
問答を繰り返す内、3人は公園の駐車場に到着した。
息を切らしながら憐太郎が止まったのは、黒塗りのワゴン車であった。
大人6人は乗れそうな、かなりの大きさだ。
「この車が、どうかしたの・・・?」
「・・・昨日、紀子の仲間の人はこれに乗ってたんだ。」
「マ、マジかよ・・・!」
「見たのは少しの間だけど・・・こんなに大きい車を見間違えるのはないと思う。きっと、この中に手掛かりが・・・」
手掛かりを探し、ワゴン車の窓と言う窓を覗き込もうとする3人。
だが機密漏洩防止の意向からか、窓は全て外から見ると中が分からないようになっていた。
「くそっ、これじゃあ中が分からねぇじゃん!」
「じゃあ、正面の窓は?ここは流石にそんな細工は出来ないと思うよ。」
「正面、正面・・・」
透太の意見を受け、すかさず3人は車の正面に周り込んだ。
しかし、小学生の体躯では普通に見ても窓を伺えない為、背の高い拓斗の肩に憐太郎が乗っての形になり、透太は辺りにGnosisがいないか警戒していた。
「んっと・・・」
「どうだ、レン?」
「・・・あっ、なんかパンフレットみたいなのがある・・・日本の昔の家みたいなのが写ってる、緑色の・・・」
「日本の昔の、家?」
「・・・分かった!分かったよ、ぼく!この近くに日本庭園みたいな宿屋さんがあるんだ!きっとそこだよ!」
「マ、マジか!?」
「透太、一応見てみて!」
拓斗の肩から憐太郎が素早く降り、今度は透太が代わって車の中を見る。
「・・・間違いない。ここだ!」
「よっしゃ!これで出掛かりが掴めたぜ!」
「それにこの車の通った後が、ちょっとだけど雪に残ってる。これを辿ってもいいかも。」
「ほんとにありがとう。拓斗、透太。」
「礼なら、守田さんを助けてから言ってよ・・・っと。」
「それにおれ達、つがる一のマブダチトリオじゃねぇか。マブダチを助けるのに、理由なんていらねぇだろ?」
「・・・僕、良かった。こんな最高の友達がいて。だから、僕は絶対紀子を助け出すよ!」
憐太郎の決意表明に拓斗と透太はサムズアップを決めて返し、憐太郎も同じポーズを取って、3人はその手同士を合わせる。
そして頷き合い、強い友情を確かめ合った3人は再び走り出した。