本編











翌朝、一変したつがる市の上空を、第9師団のヘリコプターが飛んでいた。
ヘリは町内の大きく開いた所に着陸し、中から出て来た自衛隊員達が早速救援活動に入る。
だが隊員の中にライフルを携行する者がいる事が、昨日の逸見の意見が採用された事を物語っていた。




「・・・」




ヘリの往来は止まず、また数機のヘリが列を作り、町を目指して郊外の丘を通り過ぎる。
しかし、その下にはヘリの起こす突風も意に返す事なく座り込み、雪と廃墟だけになった町を見る憐太郎の姿があった。
彼は昨日の事件のショックからまだ立ち直れず、無力感に打ちひしがれていた。




「これが・・・僕達が昨日まで暮らしていた町なんだね・・・」




町を見る憐太郎の目は虚ろであり、元気な少年であった昨日までの憐太郎はもう、ここにいなかった。




――・・・僕は、紀子に何も出来なかった。
支えにもなれない、ただあの子が去るのを見ているだけ。
ガメラにだってそうだ。
あんなに傷付いてまで、紀子と一緒に僕達の町を守ってくれたのに、僕は・・・
あの時と、6年前と同じだ。
6年前と何も変わっちゃいない。
僕は、何も出来ない癖に喜んでいるだけの、ちっぽけな奴なんだ・・・




憐太郎の脳裏に浮かぶ、今と昔の紀子の姿。
それをその時の自分と重ね合わせ、変わらない光景と自分の無力さを比べる事を、この銀世界の中で何度も繰り返していた。






正午になり、丘を去った憐太郎は自宅に帰っていた。
この付近は多少の地震による影響はあったものの、クモンガの直接の破壊活動は免れており、店も大きな影響は無く、明日にも営業が再開出来そうであった。




「あれ、父さんいないや・・・」




「一時休止中」と書かれたシャッターを開け、店内に入った憐太郎は晋の不在に驚きつつ、そのまま玄関から自宅に入り、自分の部屋に行く。
ベッドを背に三角座りをした憐太郎は、昨日の出来事を思い出していた。
ただ、先程と違う点は思い出していたのが父とのやり取りである所だった。



『・・・憐太郎を思う気持ちだけは誰にも負けないと、それだけは胸を張って言える・・・!』




――父さんが、僕の事をあんなにも思ってくれてたなんて、僕は思いもしなかった・・・
そっけない僕の事なんて好きじゃ無いって思ってた・・・
けど、父さんは・・・


「・・・僕って、親不孝者だなぁ・・・」




今まで欠片も気付かなかった、父の自分に対する思いを知った憐太郎は、身勝手な自分を戒める様に小さく呟く。
たった1日の出来事が、彼の「当たり前」を一変させていた。




「・・・んっ?」




バイラス人形を弄りながら、少しの間思いにふけっていた憐太郎はシャッターが二重で叩かれる騒がしい音で我に返った。
人形を元の位置に戻し、部屋を出て入口のシャッターまで向かい、少し慌ててシャッターを開けた憐太郎を待ち受けていたのは・・・




「よっ、レン。」
「どうもなってないよね、レン?」




唯一無二の親友、拓斗と透太だった。




「拓斗、透太・・・」
「昨日、あの後君のお父さんに会って、早く家に帰った方がいいって言われて、帰っちゃったんだ・・・ごめんね。」
「ううん、大丈夫そうでよかったよ。」
「それはこっちの台詞だってぇの。いきなりおれ達の前から姿消しやがって。お前から電話掛かって来るまで、心配してたんだぜ?」
「ご、ごめん・・・」




昨日、晋から無事だったと聞かされながらも内心心配していた憐太郎にとって、目の前の2人が昨日までと変わらなかったのは、どうしようもなく傷付いた心が癒えるような気持ちだった。
その思いは、憐太郎の口から出た笑みと言う形で現れる。




「それで、今日はもう帰るの?やっぱり家の片付けとかあるよね?」
「何言ってんだ、いいから早く岩木川に行くぞ。」
「えっ?」
「助けたいんでしょ、守田さんとガメラ。」
「紀子と、ガメラ?」
「昨日ぼくも見てたけど、ガメラとあのクモみたいな怪獣は岩木川の上流に沈んだんだ。もし守田さんの仲間がガメラの事を探してるなら、岩木川の近くにいるはず。」
「お前の話を聞く限りよ、守田さんはあの『ぐのーなんたら』が連れてったんだろ?だったら守田さんも同じ所にいるに決まってるって、透太が言ったんだ。」
「・・・すごい、そこまで気付くなんて・・・」
「だろ!だったら、早く行こうぜ!」
「・・・でも、僕が行った所で何も変わらない。僕は昨日、それを思い知らされたんだ。この件は僕達がとても関われる事じゃ・・・」
「・・・あーっ!レン!お前はそれでもレンか!」




弱気な発言で返す憐太郎の肩を掴み、拓斗はそう言った。
続けて、透太が憐太郎に語り掛ける。




「レン。君の守田さんへの思いは、ガメラへの愛情は、そんな事で消えちゃうものなの?どっちも大事で、どっちも失いたくないんでしょ?」
「だったら、どっちも取り返すんだよ!男なら、歯を食いしばってでもやり遂げる事があるだろ!」
「男なら・・・」


――・・・そうだ、僕はずっと昔の自分と比べる事ばっかりしてた。
でも、僕は気付いてなかった・・・6年前の僕は紀子に思いを伝えたいって思って、走った。
それなのに、今の僕は走る事を怖がって、スタート地点に立つ事も諦めてる。
今の僕は、きっと昔の僕に・・・ガメラにだって臆病者と笑われる。
事情なんて関係ない、僕はずっと紀子の事を思って来たじゃないか!
僕は・・・それをまだ、あの子に告げてない!
そんなの嫌だ・・・このままさよならだなんて、そんなの嫌だ・・・!


「レン、どうし・・・」
「・・・行こう。」
「レン・・・!」
「行こう!紀子とガメラを、取り戻しに!」




失意の眼差しから、決意の眼差しに変わったその顔は、確かに昨日までの能登沢憐太郎そのものであった。






そして数十分後、近所の手伝いから晋が帰って来た時には、既に憐太郎達の姿は無かった。
今、晋は店の机に置かれた紙を読んでいた。




『父さんへ。
ちょっと紀子を迎えに、岩木川まで行って来ます。
紀子や昨日の出来事についてはもう話したから知ってると思うけど、それでも僕は紀子をあきらめたくありません。
親不孝者な息子で、ごめんなさい。
それから、ありがとう。

レン』





「・・・全く、どこまでも心配を掛ける息子だ。」




そう言いながらも、深い笑みを浮かべる晋。
そっと紙を置き、晋は店の棚から薄オレンジ色の薔薇を取り出した。
この色の薔薇は11月15日の誕生花であり、同時に憐太郎の誕生日の花でもあった。




「女の子を迎えに行くなら、花の一つは必要だぞ。」




そのまま薔薇を手に持ち、店を出た晋は雪道に残った足跡を追った。
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