本編
「おい、あそこにいるのって守田じゃねぇか?」
「確かにそうだな。」
「よし、急停止!」
と、そこに黒塗りのワゴン車が止まり、中から出て来たのはGnosis達だった。
あの後彼らは験司からの連絡を受け、玄武の場所及び紀子の居場所を突き止めたのだった。
「えっ・・・?」
「の、紀子さん!なんて酷い怪我を・・・!」
傷ついた紀子を見るや、すぐに引田は2人の元に掛けよった。
他の面々も、引田の後を追うように到着する。
「・・・42℃!?凄い高熱だわ・・・!」
「紀子は、紀子は大丈夫なんですか!?」
「まだ息はあるから、助かる見込みはあるわ。」
「よっ、よかった・・・それであの、貴方達は?」
「この子の仲間よ。わたし達は、この子を探してここまで来たの。」
「仲間・・・ですか?」
「坊主、お前はこの近くに住んでんのかぁ?」
「は、はい。僕は・・・」
――・・・はっ!
ちょっと待って、この人達が紀子の仲間って事は・・・国家機密組織の、験司兄ちゃんの部下の人達!?
「・・・うーん。」
「どうした、岸田。」
「いや、なんかあの男の子をどっかで見たような・・・」
「そんなん、今はどうでもいいだろ!早く守田を連れてくぞぉ!」
「えっ・・・?」
「わたしの仲間がお世話になったわね。ここまでありがとう。」
「よし、運ぶか。弟よ。」
「分かったよ、兄者。」
Gnosis達に驚くのも束の間、角兄弟は相変わらず動かない紀子の腕を持ち、持ち上げようとした。
「ち、ちょっと待って!」
「「んっ?」」
「何だよ、坊主。もたもたしてる暇はねぇんだが。」
「・・・僕も、一緒に連れて行って下さい。僕はこの子の幼なじみで、彼女がどんな存在で、何をしていたのかも全部見ました。だから・・・」
「・・・だったら、余計分かる筈だろ?こいつが普通の女の子じゃないってよ。お前が来た所で、何が出来るってんだぁ?」
「僕が彼女の支えになります!ずっと離ればなれだったけど、もう離ればなれなんて・・・」
「・・・悪い事は言わない。今すぐ貝の様に口をつぐみ、この事は全て忘れ去るのが賢明だ。もし誰かに告げるような事があれば、自分達は君をこの世から消さなければならないかもしれない。」
「この世・・・から・・・」
「それにこの傷の正体を知っているのなら、何処の病院へ行っても治せないのは分かるわね?この子の為にも・・・ごめんなさい。」
「で、でも・・・」
何とか食い下がる憐太郎の目にふと写る、整わない息を吐きながら衰弱して行く紀子の姿。
その光景は、憐太郎に出来る事など何一つとして無い事を、思い知らせるには十分過ぎた。
「・・・紀子を、頼みます・・・」
「憐太郎!」
暫くして、1人になった憐太郎の元に晋がやって来た。
汗だくになりながら息を切らした彼の様子は、この騒動の最中でも憐太郎達の事を探し続けていたのが分かる。
「父、さん・・・」
「はぁ、はぁ、無事で、良かった・・・ここまで、逃げて来たのか・・・さっき、遊樹君と城崎君と会ってね・・・憐太郎がこっちに行ったって、聞いたから・・・んっ、紀子ちゃんは・・・?」
「・・・紀子は、もういない。もう、帰って来ない・・・」
「ど、どういう事なんだ、それは?」
「なんで・・・なんで今更来たんだ!もっと早く来てくれてたら、紀子は・・・!こんな僕なんて・・・いない方がいい癖に!ずっと母さんの方が好きだった僕なんて、どうでもいいんだろ!だから、だから今更・・・」
「馬鹿野郎っ!」
紀子に何の手も尽くせなかった、行き場の無い悔しさを、胸の中にあった父への不満と共に、半ば八つ当たりの如くぶつける憐太郎。
それに対し、晋は憐太郎の頬を叩く形で返した。
今まで何があっても自分をぶつ事がなかった晋の平手打ちは、憐太郎の心を止めた。
「・・・な、なにするん・・・!」
「私が・・・私がどれだけお前の事を心配したと思っているんだ!それなのに、その台詞は何だ!」
「とう・・・さ・・・」
母と姉がいなくなり、ぽっかりと開きっぱなしであった息子との溝を無理やり閉じるかの様に、晋は叫ぶ。
ずっと胸の中に仕舞われていながらくすぶっていたままだった、息子への思いを。
「子の事を思わない親なんて、いないんだ!お前が母さんっ子だった時も、今も!私から離れて行くお前が心配で仕方なかった!私がはっきりしないからと、お母さんの代わりになれなかったからと、何度でも自分を責めた!だが、憐太郎を思う気持ちだけは誰にも負けないと、それだけは胸を張って言える・・・!」
「・・・父さん・・・!」
溢れる程の父の思いを聞いた憐太郎の、少し腫れた頬を一筋の涙が伝う。
晋は憐太郎をひしと抱き締め、こう言った。
「・・・帰ろう。私達の家に・・・」
彼らの後ろに見えるつがるの町は静寂に包まれ、厚い曇り空からは雪が降り始めていた。
その夜、青森駐屯地の会議室にてつがる市での事件が話し合われていた。
副師団長を中心に第9師団幹部達が席を連ね、中には逸見の姿もある。
「次につがる市への救援部隊派遣の件だが・・・」
「司令官殿!『G』への対策はどうなっているのですか!『G』が姿を消して早や六時間!それなのに、私は何の回答も聞いていない!」
「へ、逸見さん・・・」
「落ち着け、逸見一佐。この事は会議の最後に触れようと思っていたが、そこまで言うなら仕方が無い・・・一時間程前、国防省から『G』に対する対処についての回答があった。」
「それで、答えは?」
「・・・逸見一佐の意見を考慮し、『G』が攻撃行為に及んだ場合にのみ威嚇行動を認めるとの事だ。」
「い、威嚇行動!?攻撃行動は・・・」
「まだ認めないそうだ。政府としても、いきなりミサイルや戦闘機を出すのには消極的なんだろう。」
「そんな・・・あんな存在を放っておけば、いつかは!」
「国内での実例がにわか物なのに加えて、国外でもはっきりと確認された例が少ないのが理由だろう。GnosisかJ.G.R.Cとやらが詳しく調べてくれるのを、期待するしか無いな。」
副師団長の口から語られる日本政府の方向性に、逸見は深い落胆を示す。
が、何かを思いついたのか、すぐに逸見は顔を上げて副師団長へこう言った。
「では・・・つがる市への救援部隊に、『G』の捜索及び威嚇行動を行える『G』捜索隊を入れて頂きたい!」
「つがる市にはGnosisがもう滞在しているとの情報がある。捜索については・・・」
「Gnosisなど国が研究や調査の自由を許しているだけの集団!そんなよく分からない集団に『G』への対策を任せてはおけません!この国の防衛を任された自衛隊こそが、世界の脅威である『G』に立ち向かうべきです!」
逸見の力説に対し、副師団長は回答を考えているのか、ただ黙り込む。
会議室に暫しの静寂が流れ、それを副師団長の言葉が破った。
「・・・分かった。逸見一佐の意見を認めよう。この点を含め、これからつがる市への救援部隊の派遣について話し合う事とする。」
「ははっ!・・・有り難き、幸せ・・・!」
気をつけの体勢をし、副師団長に敬礼する逸見の顔は、とても満足気であった。